いつか届くといいな
学生・生徒の皆さんへ
先生があなたの行動を制限するような事を言ってきた場合、それはたいてい信じ込んではならない「嘘」だよ。「妬み」と言ってもいいのかな。
どうして「坊主頭にしないと甲子園行けないぞ」に違和感持てる人達が、「友だちと遊んでなんかいたら合格しないぞ」って言われたら従わなきゃって思っちゃうのかな。本来そういう場合には、「おしゃれもいいけど毎日集中して4時間練習しろ」とか、「毎日14時間勉強しろ」と言うもの。べつにおしゃれにも友達との時間にも罪はないよね。これが「嘘」。
ならば何故そう言うのかな。その先生がおしゃれや友達を捨ててきたからだろうね。僕は本当は嫌だったのにそうしちゃったから、そうしない奴らに甲子園に行かれたり合格されたら自分の過去まで否定されることになって迷惑なのです。これ、「認知的不協和」って言葉がついてるくらいに一般的なことだよ。まあ「妬み」に近いね、「僕は捨てなきゃならなかったのにお前が捨てずに手に入れるのはズルい」って思考につながるので。
先生はそう言ってるけど、ホントかな?何故そんな事言ってるんだろ、本質はどこにあるんだ?って考えることを「批判的思考」って言うよ。別に批判しろ、っていう意味ではなくて、情報を鵜呑みにせずに咀嚼して考えようね、ってこと。
君たちは、自分で「何をしないべきか」じゃなくて、「何するべきか」を自分の意志で決めたらいいよ。そこで「大切じゃないもの」からひとつひとつ削っていったらいい。会社を経営していると、「予算を削れ」と言われた時に最初に見るのは、「削ると大きく削減できる大きな費用」じゃなくて「あってもなくても大して変わらない少額の費用」だよ。前者はたいがい熟考の上で理由があって存在してるから、削ることが大切な理念を損ねることになったり、大きな支障をきたすことのほうが多いんだ。むしろ後者は「このくらいなら」って使われてることが多いんだけど、まとめるとそれなりの金額になったりする。俺の仕事の先生のそのまた先生が教えてくれたこと。
それからもう一つ。上下関係、師弟関係、そんな圧力のもとにプレッシャーかけられて、自分の自信をとことん否定されることがこの先あるでしょう。そんな時にそんな立場にいる相手は君たちよりもずっと狡猾だから、ところどころで上手に君のことを褒めてくれます。そうするとどうなるか。「この人に褒められたい」「この人に認められたい」から「この人に怒られないように、満足してもらえるように」がゴールになってくるよ。いつの間にやら、自分がもともとそれを始めた理由を何処かに置き忘れてしまうようになるんだ。これ、マインドコントロールかかっちゃってる状態だからね。自分では気付きづらいことだから、時々友達と話しつつ頭を整理して、論理的に客観視してみるといい。でもおっかないのは、そういう人達こそが「友達なんかと馴れ合ってる場合じゃないぞ」とか「我々の行っていることの価値や苦しみは我々にしかわからない」って特別感を匂わせながら、外とのコミュニケーションを遮断させようとするよ。これ、典型的なマルチやDVの手口で、こういう事を無意識下で行う人が世の中には結構な数存在してるんだ。だから友達との連絡は絶対に絶たないで。
教育者の皆さんへ
上記のようなことは普通に大人になって社会人として経験を積んでゆけば解ることなのに、そこそこ偉くて発言力や権力を握る立場の人がその過程を経ずに教育的な立場につくことがごく稀にあるようですね。もしかしたらあなたもそんな先人達の下に修業をする事があったのかもしれません。で、その偉い人から言われるそういうことは、「絶対に」あなたの代で終わらせてください。
気の弱い人が圧を受けたり、ちょっと思考能力が低下している時に「盲信」してしまうことはあると思いますが、そうすることによって成功体験を得てしまったらそれが「教祖様の言う通り」に変化するんですね。するんです。だから、そんな馬鹿げた伝統が脈々と続くのですよ。
でもそれっていたずらに次の世代になにか大切なものを捨てさせたり、あるいは捨てなきゃいけないなら無理だ、ってむやみにハードル上げることにしかならないのですよ。教育界、学術界、ひいては社会のために大きな損害です。やめてください。もうこれ以上壊されたり傷つけられたりするのを見たくないのです。「狭き門を尋常ではない努力でくぐり抜けてきた」って言葉は、今際の際に自分が一人で振り返り、ひっそり自分を褒めてから旅立つ時に使う言葉です。続く世代へのプレッシャーにしないでください。
社会で働く大人の皆さんへ
なにか気に食わないことがあるのであれば、それはコミュニケーションで解決しようね。言葉であるとなお良いし、最悪感情や腕っぷしでもまだマシでしょう。無視したり、その対象が存在しなかったことにする、ってのは、相手に与える傷が一番大きな立派な暴力です。相手を選んで「あいつは怖いから無視できない、こいつだったらやり返してこないからシカトしよーぜ」という行為は、普段なら善悪語れる人間でも効率化とか必要悪とかの大義名分ぶら下げて、あるいは気付くことすら出来ずに行ってしまうことがあるのですよ。でも気づきましょ。直接自分の手を汚すこと無く相手を排除する最も卑劣な暴力だってことに。これは、「私は絶対にイジメは許さない!」って言ってる人が絶対にやっちゃいけないイジメだ。あなたはそれを気付かせてあげられる側でありますように。
どんな手段を使ってでも伝えときたかったのはほぼこれだったんだ。