ギター製作に至るまで vol.4
さて、もう少し私の昔話にお付き合いを。とっても弾きにくいMARUHAをっ一人で部屋で弾く日々が続いたのですが、やっぱりテレビでプロが弾いてるMartinとか、友達が持っているMartinレプリカのギターと比べると、私のMARUHAは「どう見てもフォークギターではないよなあ」と思い始めました。
もし当時、憂歌団に興味を持っていれば、私の中でのMARUHAの評価も変わっていたのでしょうが、大阪とか都会の子ならともかく、三重県でインターネットなどまだまだ無く(ようやくベーシックでプログラム組むマニアが出てくるか来ないかの頃)ザ・ベストテンとか深夜のMTV(もちろんアンプラグドより遥か以前)ぐらいしか情報源の無い田舎の子どもには、「これはギターじゃない何かだ」という感想しか持てなかった訳です。
で、次にようやくフォークギターらしいギター、「YAMAHA FG350D」を手に入れます。当時は、地方にはギター専門店などあるはずもなく、レコード店に置かれていた数本のギターの中から「予算内の一番高いギター」という基準で選んだギターがFG350Dでした。
カタログ集めて情報収集なんていうのも、都会の子ならできますが、地方のレコード店ではそんなこともできず、「初心者のための YUMIN フォーク・ギター教室」という本に載っていたギターカタログ(二光通販のギター広告が載っていたかどうかは記憶にない)だけが頼りで、マホガニーとローズウッドの違いは勿論(ちなみにFG350Dはウォルナットの合板)、単板と合板の違いすらよくわからない始末。MartinだろうがYAMAHAだろうが、TOMSONだろうがたいした違いは無く、基準は予算(お年玉で買える範囲)だけでフォークギターを華麗に演奏する自分を妄想していました。
今でいえば「情弱」ということになるんでしょけど、ギターだけとっても、都会と田舎の格差はひどく、若者は妄信的に都会に憧れる時代だった訳です。そうそう子どもの頃「リングにかけろ」の影響で「上野駅」でうろうろしてると、田舎者を狙った人攫い(?)がたくさんいて、東京は怖いところだと真剣に思っていました。
そういう大人の情報操作(宣伝ともいう)に騙されて、人は大人になっていくのです。