【9/22追記】ある温泉旅館と、東京最熱の温泉銭湯の閉業
※公開後、本記事に取り上げた銭湯「六龍鉱泉」が閉業したため、タイトルを変更し本文を追記・修正しました。また、カバー写真を六龍鉱泉の銭湯お遍路スタンプに変更しました(2020年9月22日深夜)
====================
東京は台東区、根津。
(これは、ネズミ)
谷中、千駄木とともに「谷根千」と称され、昔ながらの家屋や、小規模だが特色ある飲食店が並ぶ。
隣接する上野公園とともに国内外の観光客でにぎわうエリアだが、ここに小ぢんまりとした温泉地があったことは意外と知られていないのではないか。
今日は、そんな温泉にまつわる思い出の話。
■ 鴎外旧居を擁する温泉旅館:水月ホテル鴎外荘
上野駅から上野公園に至り、公園と不忍池の間に走る「動物園通り」を根津方面にしばらく歩くと、住宅街に出る。
区画整理などとは無縁の、無数の路地に住宅、それに飲食店・小売店・小さなオフィスなどがぽつりぽつりと並ぶ一帯。
そこに、一軒の旅館がある。
いや、あった。
今年の5月末、緊急事態宣言下でひっそりと営業を終了した「水月ホテル鴎外荘」。都内第1号に認定された天然温泉を持つ、1943年創業の老舗旅館である。
「鴎外荘」の名前は明治の文豪、森鴎外の旧居を敷地内に持つことに由来する。鴎外が最初の妻と住み、国語の教科書でもおなじみの「舞姫」をはじめとする初期の代表作のいくつかがここで執筆された。
新型コロナウィルスの影響で予約キャンセルが相次ぎ、「余力があるうちに」と営業継続を断念。鴎外旧居は移築を諦め現在の場所での存続を検討しているが、いまだ目途は立っていない。
筆者はこの辺りを散歩することが多く、よく玄関前を通りがかっていたものの、入る機会を逃し続けてきた。行きたいところにはすぐさま行っておかなければならないと、今でも悔しく思う。
■□━━━━━━━━━━━━━━━━━・・・・・
■ 路地裏の温泉銭湯:六龍鉱泉
鴎外荘から通りを根津寄りに進み、脇の路地裏に入ると、昔ながらの銭湯がある。場所を知らなければ偶然辿り着くことはないであろう場所だが、意外なほど賑やかだ。
年寄りたちや家族連れなど、長らくここを愛してきたであろう地元の人たちがひっきりなしに訪れる。
宮造りの構えの「六龍鉱泉」。創業者が、六匹の龍が出てくる泉の夢を見て温泉を掘り当てたという逸話が残る天然温泉だ。
湯質は東京から神奈川の東部に多く見られる黒湯だ。溶け込んだ植物質による独特の黒い色味が特徴だが、こと特筆すべきは、色ではなくその熱さである。
東京下町は熱めの湯を提供する銭湯が多いが、それでも精々41~43℃程度だ。しかし、六龍鉱泉のあつ湯は、確実に46℃はあると思う。
以前とあるTV番組で「東京3大熱い銭湯」として大田区の蒲田温泉、台東区の燕湯、荒川区の帝国湯が取り上げられたのだが、その蒲田温泉(46.1℃)と同程度の体感温度だったためだ。
湯温が45℃を超えると皮膚にビリビリとした刺激が走り、落ち着いて入ることが難しくなる。「熱いなりに気持ちよい」ではなく、どれだけ入っていられるか、と言う我慢大会の様相を呈してくるのだ。
六龍鉱泉でもあつ湯に浸かるのは常連の年寄りたちばかりで、お父さんに連れられた小さい子どもたちははじめ黒いお湯に興味津々なのだが、あまりの熱さに手足を浸けては飛び上がって、近づこうとしなかった。
温かみのある建物に、地獄のように熱い黒湯。絶妙なコントラストが生む非日常性が癖になる。
烏の行水を済ませて根津側へ。右手側の細い路地には社がある。風呂上がりの年寄りたちがそこに手を合わせては行きかう。そんな光景も含めて、この地の温泉としてずっと残ってほしいものだと思う。
(以下、9/22追記)
極めて残念ながら六龍鉱泉は、2020年8月15日に突如閉業を発表した。筆者が最後に同地を訪れた1か月後、本記事の公開後わずか5日後のことであった。
廃業理由は下記公式Twitterのつぶやきにあるように、「鉱泉が出なくな」ったことによるものである。
ある銭湯が愛されるかどうかは、立地や接客よりも、一義的には風呂のクオリティにかかっている。それが天然温泉となれば猶更だ。温泉が出る・出ないというのはまさしく生命線だ。
このツイート以前に閉鎖を予告するものはなく、鉱泉の湧出がストップしたというのは突発的な事象であったと推察する。天然の資源に依存するからこそ、誰も責められない。オーナーの悔しさ、歯がゆさは察するに余りある。
Googleマップ上でも、すでに「閉鎖」「閉業」と表示されている。1か月前に筆者が厚顔にも「ずっと残ってほしい」などと書いた風景は、もう戻ることはない。夢で六匹の龍に導かれた創業者が掘り当てた名泉は、いまや幻となってしまった。
■□━━━━━━━━━━━━━━━━━・・・・・
■ おわりに:六龍鉱泉の閉業によせて
筆者は銭湯巡りを始めたころに六龍鉱泉と出会い、最初は温泉であることの有難さや、常連の方が温かく新参者を迎えてくれる雰囲気の有難さにも気づかずにいました。その後場数を踏んで、六龍鉱泉がどれほどユニークで素晴らしい場所であったか、訪れるたびに実感しています。
台東区に山ほどある銭湯の中でも黒湯はここだけという泉質、長風呂を決して許さないストロングスタイルな湯温、上野動物園に一番近い立地、和風PGでも通用するイカした命名センス、どこを取っても唯一無二の存在でした。
そんなユニークさと裏腹に堅実かつ温かい接客や、古き良き銭湯を通じたコミュニケーションを実感できるフレンドリーな雰囲気づくりに、常に新鮮さと癒しを与えられてきました。本当にありがとうございました。オーナーはじめ関係者の皆様のご心痛は余りあると拝察します。まずは一刻も早く安寧を取り戻されることを心よりお祈り申し上げます。
■□━━━━━━━━━━━━━━━━━・・・・・
ここまでお読みくださりありがとうございました!