【怪談】歌う人々【奇談】
8月のことである。
その夜、私は銭湯でサウナに入って、帰路に就いていた。
蒸し暑い夏の夜、サウナ後の水風呂でクールダウンした体を早く冷房の効いた部屋に収めたかった。
そこで早足気味に銭湯の建っている路地を抜け、自宅マンションのある大通りに入った。路地から右に曲がって通りに入る際、通りの後方から3人ほどの集団がやってくるのが横目に見えた。つまり私が3人集団の前を歩く形になる。
周辺視野で軽く見ただけだが、10代か20代くらいの若い3人組であろうとあたりがついた。大通りで往来も多いし、夏休みで若い人も目立つ時期だ。しかし、その3人の前を歩き始めてすぐ、おかしなことに気づいた。
後ろから、ぼそぼそとした声が聞こえてくるのだ。
深夜だし、酔っぱらって歌でも歌っているのかなと思っていたが、どうもおかしい。
まず、あまりに抑揚がない。酔ってハイテンションになったにしては辛気臭すぎる。そして、ずっと同じ節を繰り返している。あえて近い節回しを挙げるなら、お経のような感じだ。
なんかおかしな奴らだなと思ったが、ワイヤレスイヤホンで音楽を聴きながら歩いていたのではっきりとは聞こえず、変な人たちもいる土地柄なので、まだそこまで警戒しなかった。
しかし少し経つと、もう一つ妙なことに気づいた。
後ろの声が小さくならないのだ。
自分は結構歩くのが早いほうだ、そして気持ち早足にしていた。さらに集団というのは往々にして1人よりも歩くのが遅くなるはずだ。
にもかかわらず、その3人から聞こえてくる音声がまったく小さくならない。流石におかしいと思い始めた。
大通りを横切る信号がちょうど目の前で変わったのをいいことに横断歩道を渡ったのだが、後ろからの声はついてくる。
さらに足を速めても同様で、一定のペースでこちらに歩調を合わせているようだった。
おかしい、が怖いに変わりつつあった。不良に絡まれるのは嫌だが、まだ状況は理解できる。しかし後ろの詳細不明の経の読み手たちはいったい何なのか。
怖いは怖いが、正体を知りたい。
意を決して歩きながらイヤホンを外し、ポロシャツの胸ポケットに入れて後ろに耳を澄ませた。すると、抑揚のない声の歌詞がはっきりと聞こえた。
「ドンドンドン ドンキ
ドン・キホーテ」
「ドンドンドン ドンキ
ドン・キホーテ」
ペンギンのキャラクターでおなじみ、驚安の殿堂のテーマソングのサビの部分。そこだけをずっと3人で抑揚なく歌い続けていたのである。
それに気づいた瞬間、汗をかくくらいのペースで急いでいた肌が粟立った。そして悪いことに、自分の自宅マンションはもうすぐそこだ。
ヤバい3人組に自宅を知られるのはあまりにもハイリスクだ。最悪ついて入ってこられたら?
いっそ走って捲いてしまおうかと思った矢先、大通りのわき道に歌声が入って行ったのが聞こえた。
立ち止まって声がだんだん小さくなるのを確認し、ダッシュで帰った。せっかくサウナと水風呂でさっぱりした体に大汗をかいていた。
豊島区って怖い。改めてそう思った。