脳死と植物状態の違い
日本では、移植医療(特に死体からの臓器移植)が海外と比べて非常に遅れている。その一因として、脳死の理解が進んでいないことが挙げられる。筆者も脳神経や救急医療の専門家ではない(物理学専攻)ため、正直理解できていない。
そこで、この記事では、「脳死というのはいったいどのような状態を指すのか?」「その状態は死といえるのか?」について書いた。非専門家が1から疑問点を調べて解消していって書いたからこそ、素人目線の疑問に答える記事になっていると思う。なお、この記事については、医学の専門家のレビューはもらっているので、基本的な知識の間違いはないはずだ。
この記事は「脳死」について書いたシリーズのVol.2である。
脳死シリーズのイントロ記事はコチラ↓
脳死はどのように定義できるか?
まずは脳死の定義を確かめてみよう。
一言で書くと、「脳機能の全面的かつ不可逆的喪失」ということになるだろう。
しかし、この定義はいささか抽象的すぎる。脳死というのは、死亡判定に用いられる概念なので、もう少し具体的でないと実用的ではない。そこで筆者なりにこれを具体化してみると以下のようになる(注1)。
現在観測可能な脳機能のセットが、全て喪失している。
喪失状態から回復しない。
そして、この定義を満たす状態(=脳死状態)を、間違いなしに判定できるような基準が「脳死判定基準」でなくてはならない。現在の「法的脳死判定基準」がそれを満たしいるかどうかは別記事に書くことにする。
過去の医療技術では、脳の活動がすべて停止すると、人体の他の臓器もすぐさま機能停止していたため、脳死という概念はなかった。しかし、人工呼吸器や投薬などの医療技術の発展によって呼吸や心拍を一時的に維持することができるようになったことで脳死という概念が生まれてきた。
詳しくは↓の記事を参照。
現在観測可能な脳機能のセットとは何か?
脳の研究により、脳の機能とそれを司る脳の部位がかなり明らかになってきている。そこで、脳機能と大まかな部位を以下に列挙する。より詳しくは(参照1、2)を見てほしい。
大脳
大脳は認知、記憶、思考、感覚の機能を担っている。
・知覚情報を統合して痛み、触感、温度といった感覚を生み出す
・言語や知覚を認識する
・感情を生み出す
・記憶を生み出して加工する
・随意行動(意識的な行動)の開始
・考えたり話したりといった複雑な知的過程をコントロールする
・複数の運動を協調する
脳幹
脳幹は生命維持と意識覚醒の機能を担っている。
・呼吸、嚥下、血圧、心拍などの自動調節
・意識と覚醒のレベル調節
小脳
小脳は運動の機能を担っている。
・体の各部の動きの協調
・平衡感覚の制御
・習得された運動記憶の保存
いったんこれらの研究結果が正しいとして、「現在観測可能な脳の全機能が喪失する」「そしてそれが回復しない」ということは、上に挙げた機能全てが失われて回復しない状態に陥った、ということである。
脳死に至るプロセス
脳死状態と植物状態
脳死がどのような状態であるのかわかったところで、脳死と植物状態の違いについてもまとめておく。
脳死状態
脳死状態は、すでに述べたように、大脳・脳幹・小脳すべての機能が喪失した状態である。その場合は、先に挙げた機能が全て失われている状態である。
そのような状態になった場合、その人は生きていると言えるだろうか?
筆者としては、それは死であるように思える。特に認知や感覚といった大脳の機能が失われ、かつ意識と覚醒という脳幹の機能も失われた意識のない状態で、生命維持装置に繋がれているのは生きているとは到底思えない。
と、口で言うのは簡単だが、これは実際の脳死患者の映像を見てどう思うか、各々が感じていただきたい。以下の英語で検索したら映像がヒットした(2021/12/28時点)。
「caloric reflex test(耳の中に冷たい水を入れるテスト)」「Lazarus sign(ラザロ徴候)」
※ ラザロ徴候とは、脳死患者に見られる脊髄反射のこと。
植物状態
植物状態というのは、大脳の機能が失われているが、脳幹の機能が残っている状態である。脳幹は覚醒レベル(目を覚ましているかどうか)を制御しているため、目を空けたり、自発呼吸をしたりできる。また、大きな音や明るい光に反応したりする。しかし、大脳の機能が失われているため、認知や感覚がない。
ある程度の認識能力がある患者は、植物状態ではなく最小意識状態であると言われる(注2)。
植物状態の患者は、まれに回復するケースがある。このことが、脳死状態との大きな違いである。約3%の人が意思疎通と理解の能力を回復する。しかし、自立して生活できることはほとんどなく、正常な機能を取り戻せる人はいない(注3)。
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