借家の立退料の内容と借家権の鑑定評価

1 立退料の法的位置づけ

建物の賃貸借契約では、(定期建物賃貸借契約や一時使用目的の賃貸借契約の場合を除き)更新拒絶や解約申入れにより賃貸借契約を終了させるにあたっては正当事由が必要になります。正当事由の有無は、賃貸人と賃借人それぞれにおける建物使用の必要性の他、賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況、建物の現況、財産上の給付の申出を総合的に考慮して判断されます(借地借家法28条)。
上記の要素のうち「財産上の給付」が一般に立退料と言われるものであり、立退料は、それ以外の要素では正当事由が不足する場合に、正当事由を補完するものです。そして、実際には、更新拒絶や解約申入れにより賃貸借契約を終了させるに際しては、ほとんどの場合、立退料が支払われています。 

2 立退料の内容

⑴ 立退料の構成要素

立退料の構成要素や算定方法について規定する法令はなく、これらをどのように判断するかは、裁判所の裁量によりますが、学説には、立退料は以下のものに分けられるとするものがあり(鈴木禄弥「いわゆる立退料について」損害賠償責任の研究(上)479頁)、多くの裁判例において、これらの全部又は一部が立退料の内容とされています。
① 立退きにより賃借人が直接支払わなければならない費用の補償
移転費用の補償であり、具体的には、引越費用、移転通知費用、移転先の探索のための費用、仲介手数料などがあります。
② 明渡しを実行するために賃借人が事実上失う利益の補償
工作物補償営業補償であり、主として店舗の立退きの際に考慮されるものです。
・工作物補償
=賃借人が付加した内装、設備等の造作のうち、移設ができないものについての補償です(移設できるものは、移転費用の補償の中で考慮されます)。
・営業補償
=営業補償は、賃借人が移転先でも営業を行うことができるかに応じて、営業廃止補償(営業の継続が不可能となる場合の補償)となる場合と、営業休止補償(営業を一時休止する場合の補償)となる場合があります。
③ 明渡しによって消滅する利用権の補償
借家権価格の補償です。
 
なお、事案によっては、上記①~③に加え、開発利益(賃借人から返還された建物やその敷地を従前によりも有効に活用することにより賃貸人が得る利益)の一部も立退料の内容とされることがあります。 

⑵ 立退料の算定方法

ア 上記①、②の各項目
立退料の構成要素のうち、上記①、②の各項目(移転費用の補償、工作物の補償、営業補償)は、基本的には、中央用地対策連絡協議会による「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」、「公共用地の取得に伴う損失補償基準」、「公共用地の取得に伴う損失補償基準細則」(以下、併せて「損失補償基準等」といいます。)に基づいて算定されます(事案によっては、損失補償基準等の算定の枠組みに踏まえつつ、案件の特性を踏まえた調整がなされます)。
中央用地対策連絡協議会は、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」が閣議決定されることに伴い、同要綱の統一的な運用等を図るための連絡・調整を目的として、中央省庁、公団・公社等の関係機関により昭和36年12月1日に発足されたものであり、用対連基準等は、公共用地の取得の際の補償を念頭においたものです。そのため、民間の賃貸借契約での立退料の算定にあたって必ずしも用対連基準等に従う必要はありませんが、立退料の算定方法等に関する法令がないことから、立退料の算定にあたっても用対連基準等によることが一般的です。
イ 上記③の項目
不動産鑑定評価基準において、借家権(借地借家法(廃止前の借家法を含む)が適用される建物の賃借権)も鑑定評価の対象とされており、立退料の構成要素のうち、上記③の項目(借家権価格)は、不動産鑑定評価基準に記載された手法に従って、鑑定評価により算定されます。

3 立退料と借家権の鑑定評価の関係

上記のとおり、鑑定評価の対象となる借家権は、立退料の構成要素のうちの一部分についてのものであり、借家権価格=相当な立退料の額ではありません。この点については誤解もみられるところですので留意が必要です。賃貸人としては、訴訟等において借家権の鑑定評価額を上回る金額が立退料の額として認定されることがあることを認識しておくべきであり、賃借人としては、借家権の額のみを立退料として明渡しを求められている場合には、移転費用の補償、工作物補償、営業補償について考慮されるべきことを指摘する必要があります。
また、交渉や訴訟の場面において、「借家権価格」という言葉が、鑑定評価の対象となる「借家権」の価格のみを意味する趣旨で使用されている場合と、鑑定評価の対象となる「借家権」の価格の他に移転補償、工作物補償、営業補償等を含む趣旨で使用されている場合がありますので、どちらの趣旨かについてよく確認する必要があります。


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