夜桜道中

 四月のある夜、遅くまで仕事をした帰りに桜に出会った。桜はたっぷりとした花を揺らしタコのように根を這わせて街を歩いていた。

「そこのお方どちらまで?」

 とタクシーの運転手のようなことを言う。僕は住んでいるところを答えた。

「それはよかった。散歩の連れができました」

 街頭の光を浴びながら歩く桜は美しかった。楽しそうに鼻唄を歌っている。僕も適当に声をあわせて歌った。この桜もどこかの帰りだろうか。お互い忙しいよなこの時期は、のんびり花見をする余裕もないくらい。

「ありがとう。楽しかった」僕は言った。

「こちらこそ。またどこかで」

 桜は枝を差し出した。花のついた枝はポキリと折れて僕の手に残った。桜は枝をふりふり夜道を歩いていった。

 水を入れたグラスに桜の枝を挿して部屋の窓辺に置いた。椅子に座って眺めながら、次の休みはきっと桜を見に出かけようと思った。

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