わたしの誕生日
佐藤ユリカは八月に死んだ。
その一ヶ月くらい前に、担任の女の先生が
「佐藤さんが早く元気になるように、みんなの思いを届けましょう」
と手を叩いて、とてもいいことを思いついたみたいに言った。
それぞれ好きな便箋と封筒を持ち寄って手紙を書いた。私は何も書かなかった。何を書けばいいのかわからなかった。
佐藤ユリカがもうすぐ死ぬということを、先生もクラスメイトも私も知っているのに手紙を書く意味がわからない。元気をだして、なんて、呪いの言葉みたいだ。
横線だけの白い便箋を封筒に入れて、先生が集める三十人ぶんの封筒に何くわぬ顔でしのびこませた。
放課後、みんなでお見舞いに行ったときユリカは笑っていたけれどもう生きていない人みたいに見えた。
ユリカは骨が浮き出た白い手で手紙を受け取り、静かに読んだ。私の手紙も。何も書いていないのに、何かが書いてあるような顔でじっと見つめていた。そして、私の顔を見て、ありがとう。とうれしそうに言った。
ユリカのベッドにはおびただしい数のぬいぐるみがあった。たぶん一人のときさみしくならないように。だれかの優しさが毎日ベッドをいっぱいにして、そのうち息ができなくなりそうだった。
またみんなに会えたらいいな。とユリカは笑って言った。それが最後に見た生きているユリカの姿だった。
机のなかに手紙が入っていた。丸っこいうさぎの絵が描いてある。夜の十時三十分に学校に来てね。とそこには書いてあった。どうして夜の十時半なのかはわからない。
差出人は、八月に死んだ佐藤ユリカだった。いたずらとは思わなかった。それと同じレターセットが、ユリカの病室の机に置いてあったから。
だからこれは、ユリカからの手紙だ。
教室のドアを開けるとユリカがじぶんの席に座っていた。ユリカの机に置いてあった花がなくなっていて、かわりに白い箱があった。
だって花なんて置いたら死んだひとみたいじゃない。とユリカは笑った。
薄い口紅をさした白い顔は、葬式の日に見た、花とぬいぐるみに囲まれて眠っていたユリカそのものだった。
昨夜、十時三十分に、佐藤ユリカさんは息を引き取りました。泣きながら先生が言った言葉を思い出す。
誕生日パーティーをしようよ。とユリカが楽しそうに言った。明日は私の誕生日だった。
ユリカが箱からケーキを取り出す。大きなイチゴが乗ったショートケーキだった。そして真ん中に、大きなピンク色のロウソクを一本立てた。
火、つけれないね。ユリカが困ったように言って、私はスカートのポケットからライターをだして火をつけた。
いっせーの、で息を吹きかけた。
ロウソクだけがぼんやり灯る暗い教室で、こんなのしたの久しぶり。とユリカが笑った。
ぬいぐるみも花もいらない。わたしがほしいのはもっと別のものだ。ユリカは口についたクリームを舌ですくうように舐める。
さみしいなんて思うのは、明日もその先も今日と同じ日が続くと信じているからだ。いつ命が終わるかもわからない毎日の中でさみしいなんて考えている暇はなかった。わたしが本当にほしいものは、何にも侵されていない健康な女の子の体だ。できることならわたしのことを好きでも嫌いでもない、何の関心も抱いていない女の子がいい。
何も書いていない手紙をもらったとき、この子だ、と思った。わたしが生きていても死んでいてもどちらでもいい、そんな顔をしていた。
宿題がめんどうで、雨の日は学校に行きたくなくて、みんなでいるとたまに疲れるけれどひとりだと退屈で猫の動画をみたりする、将来の夢ははっきりとは言えないけれどなんとなくどこかの会社にはいって働いているのだろうと考えている、どこにでもいるふつうの女の子。わたしが絶対に手に入れられないものを当たり前に持っているのに、持っていることすら気づいていない女の子。
たから、ありがとう、て言ったの。
ユリカの手がゆっくりと伸びてきて、私を抱きしめた。
長い夢がようやく終わる。
今日がわたしの誕生日。新しいわたしの第一歩。
ずっと一緒にいよう、ね。
私の中で、ユリカがそっとささやいた。