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霧の朝、三連休最終日、脳梗塞から22カ月目

◇概要◇

10月初日の今日の休み、三連休の最終日。
嫁に頼まれ、朝から嫁の義姉を空港までピックアップした。自宅療養していた義父の容態が急変で急遽帰省してきたのだ。今宵は実家で嫁とその姉妹と義父母の家族の時間。

ワレンベルグ症候群という脳梗塞の一種を突然発症したのは、2022年末の大晦日、緊急搬送だった。そのまま年が明け2023年初から寝たきり状態、少しずつ回復し4月に退院。療養し一年後2024年4月から再就職、社会復帰もぼちぼちと。

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4月より役所の出先機関(とある施設)でのパート事務職員(公務員扱い、一年契約)となった自分。
2022年大晦日の脳梗塞発症、そこから1年と9ヶ月目の今
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はてなブログ・・「脳梗塞 ワレンベルグな日々」は、日々感じたこと
ワレンベルグのパート生活(脳梗塞の狂想曲)」は、この4月から始まったパート就職後の変化を綴っている。
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◇霧の朝に空港までピックアップ◇

9月末の日月曜の休みのあと、10月初日の今日の休み、三連休。朝はグッと冷え込み21度、この秋初めて深い霧の朝になった。
嫁に頼まれて、今日最終日は、朝から嫁の義姉を空港までピックアップし実家まで無事届けた。自宅療養していた義父の容態が急変しているために愛知から急遽帰省してきたのだ。片道1時間半弱の空港からの道中、たわいもない会話をしつつ、実家へ。義母と義妹が出迎えた。嫁は今日は仕事だ。
義父は、自宅の介護ベッドの中にいた。朝から熱がある様で見回りの医師が投薬したとのことだが、辛そうな様子だった。確かに1週間ほど前に会った時はソファに座ってテレビを見ていた。その時からは、だいぶやつれている。食べれていないようだ。
少し休んだ後、実家を後にした。

◇三連休は特にすることもなく過ぎ◇

巷の三連休は、ほぼ出勤で、ようやくの平日ベースの自分だけの連休だった、が、結局、何もせずに過ぎていった。別に特に計画した予定があったわけでもなく、状況が状況だけに、仕方ない。

ヒゲ先生の動画に従って、脳を意識した運動をやり始めたら、確かにふらつきが小さくなる気がする。やはり脳に学習させるのが優先だ。特に眠った後の起きがけは、脳がリセットしているので効いている感じがする。感覚・運動経験だ。
https://youtu.be/zWfabT_0-Pc?si=Tgy-0C7kaf4oyoHV

休みに入る前に本は借りていた。・・ドビュッシーを読み始めた。

中山七里さんの小説は初めてだ。大怪我をし入院、リハビリする孤独な主人公に感情移入

下の2冊は、この頃色々考えることの関連だ。まぁ要約すれば、日々の暮らしの中で、世の中に急かされ、動かされるのではなく、円熟した年相応、自分相応のモノを吟味していくとか、二つのこと(いろんな「恐怖」や「寂しさ」)とうまく付き合いながら、節約しつつも、そこそこ楽しく生きていきたいということだ。
例えば、マイ通話用携帯のiPhone SE初代のosは15.83で止まっているが、今の所、電話をかけたり、嫁にメッセージしたりできるし、本体は中古のお古の2台目だが、バッテリは変えてあるので2日くらいは持つ。もう一つの所有のスマホiphone Xsがこの10月にアップデートし、OS18になったが、私には何が変わったかわからない。
カメラがいいとか外出時のweb閲覧用だが、そもそも月末で余ったギガでしかアップデート出来ないというデータ貧乏節約指向な暮らしになっている。
そのXsですら使いこなせずにいる自分、時代遅れも甚だしく、AI搭載のiPhone16が発売される時代だ、またさらに巷から遅れを取るが、気にしない。

三連休最後の夕食も独りメシ、代わり映えせずお決まりのスパイスカレー、自分好みのトマトチキンを作ってみた。
アサリは今回は入れず、玉ねぎの炒めを念入りにし、トマトは逆に酸味を敢えて飛ばしきらない方向で、少し原点に戻った。
嫁は、昨日は有給で、今日は仕事を終えて夕方から実家に直行して、今夜は姉妹と義父母、家族の時間を過ごしているだろう、最後になるかもしれない夜が続くかもしれない。
たまには、独りもいい。三連休もこうして過ぎていく。

トマトの酸味が残してあるのが自分は好き。

続く

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