インプット中毒
何気なく閲覧するInstagram、消費される時間はかかり知れない
最近、気づいたらInstagramを開いているという状況によく遭遇する。タイムラインをスクロールすると、即興ピアノや犬猫のおもしろシーン、スポーツのフェアプレイ集が無尽蔵に湧き出る。
Instagramを閉じるものの、満たされていないからか、スマホを無意識にいじり続け、再びInstagramを開いているなんてことが今週で二回経験した。
スクロールしても果てがやってこない。無限の中に投げ出された感じで訳が分からなくなる。
スマホを開いてアイコンをタップするだけという容易なタスクについつい逃避していると客観的に評価できる。
大量のニュースであふれるSNS、興味のない内容も入って来る
ニュースを取り入れようと思い、アカウントをフォローする。新聞社のアカウント、ニュース速報アカウント、地域のオフィシャルアカウント。アカウントのそれぞれが、大量のニュースを提供してくれる。
そうして充実したタイムラインを追うことで知識欲を満たせるというメリットがある一方、興味のないものに対して、ストレスを感じることもある。
全てのニュースが自分の関心に一致するものではない。情報のパーソナライズには限界がある。嫌なニュースに敏感になり、それしか見えなくなってしまう可能性だってある。
自分はその部類に入ると思う。大量のニュースの中の興味のないものが目に入り、他の全てのニュースがおクソな内容なんじゃないか、、、という具合に。
無気力に過ごす時間
インプットだけしていると、何かが死ぬ感じがする。自分の本来の欲求が新たな入力によって意識の端に追いやられ、次第に薄まっていく。
欲求を忘れ、何も達成できず、達成感のない無気力な時間が続く。
SNSに求めるものはない
SNSは目的を達成する道具である。
目的は自分の中にある。目的なくSNSを閲覧するのは時間を無駄にすること、自分の魂を商業社会に明け渡すことである。
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