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最終選考レビュー⑨『日歿堂霊怪日録』
「日歿堂霊怪日録: 遺品整理屋はいわくつき」
著・ 岡本 七緒(宝島社文庫)
遺品整理業という言葉は、最近では珍しい言葉ではなくなった。
高齢化の進んだ現代社会においては明確に存在するニーズで、それは今後も成長を続けていくと思う。実際、ニュース番組においても、よく特集が組まれているのを目にする。
偶然だが自分は前職の時、間接的にこの仕事に触れる機会があり、その時「小説向きの職業だな」と感想を持ったのを覚えている。
といっても、想像していたのは、どちらかと言えば推理小説の方で、もっと踏み込んで言うのであれば「珍しい職業を設定に入れると良い」なんて手引きが謳われてしまっている江戸川乱歩賞の受賞作などを連想していた。
だからこそ、初めて目にしたのがオカルト的要素をふんだんに含んだ小説だったことは正直、意外だったのである。
あらすじを紹介すると、
主人公は、強い霊感を持った大学生・彼岸坂 哉太。
物語は、たった一人の肉親である姉が亡くし、消沈しながらも葬儀を終えたところから始まる。
普通の人間には見えないものが見える彼にとって、姉の死は周りの人間が捉える以上の重い意味を持っていた。
昔から何故か哉太の家には短命な者が多く、自分の家は呪われていると信じていたのだ。祖父・姉と続けざまに失い、いずれは自分も……と諦観していた哉太だったが、そんな彼の元に葬儀の後、謎の美女・玖堂 東雲が訪れる。
姉の知己だという彼女は、仏壇に線香をあげると、哉太に「うちの遺品整理会社で働かないか」と切り出した。
彼女は遺品整理会社を運営する女社長だと言う。
しかも、ただの遺品整理会社ではなく、霊的な問題などを抱えた厄介な遺品整理を担当する特別な会社を運営していると言うのだ。
そして、だからこそ霊的な素養を持った人間しか働けない職場であり、ぜひ哉太のような人材が欲しいのだと。
あまりにも強い求めに、当初は彼女に対する不信感や身内を失ったばかりの虚無感から断る姿勢だった哉太も、まずは試験的に仕事を経験することを約束してしまう。
急な事態の変化に追いつけない哉太ではあったが、不思議な遺品整理の仕事を通して、様々な人や霊などと触れ合うことで……
といった内容になっている。
先に少し書くと、他の選考委員の方も書かれたようにキャラクターの造形や配置については既視感を覚えるのは否めない。
専門的な知識を持った探偵的役割の美女と、進路に迷い門戸を叩く素人のワトソン的青年主人公という配置は、ライト文芸においては、ある意味、王道とも言える設定だ。
だが、遺品整理業とオカルトという組み合わせの新鮮さは、それを補ってあまりあるものだった。
もちろん、題材だけで小説の良し悪しは決まらない、という声があるのも理解しているが、心配無用! と言えるほど質の高い作品になっている。
遺品整理業という、現代を捉えながらも、それだけで物語が成立し得るような意味深い職業設定の上に、さらにオカルト的な要素も組み込み、それでいて「残される人」と「去っていく人」と独立した2つの世界を描くというマシマシ状態。その上で、両面でのドラマをきちんと高いレベルで完成させているのだ。
これだけ要素をてんこ盛りにしたら、普通はごちゃごちゃに散らかりそうなものだ。しかし、この作品は綺麗にバランスをとり、強い安定感で物語を進めていく。
実際、読後に訪れたのは複雑な感情ではなく、純朴な爽やかさと少しの寂しさだ。
なにより個人的に良かったのが「残される側」が「生きている人」でイコールに結ばれていないことだ。オカルト的存在にも去就の寂しさというものがあり、キャラクターの属性的な立ち位置はしっかり線引きされているのに、感情的な立ち位置においては人間も霊的存在も綯い交ぜになっている。
普通、これだけ情報量が多くなると、単純に「こちら側」と「向こう側」の分かりやすい二元軸だけで物語が進みそうだが、易きに流れず多様な視点を提供してくれる物語となった。
きちんと一人ひとり(?)のキャラクター物語を描くことで、それぞれの物語が成立し、全体として文量以上に厚みのあるストーリーになっている。
徹頭徹尾、謎だったのは執事的ポジションのニコライ・杷野・アレクサンドロヴィチさんくらいじゃないだろうか。
自分の先入観を告白すると、遺品整理業というものは、「生きている人のためにする仕事」だと捉えていた。だからこそ、あまりオカルトという考えが浮かんでこなかったのかもしれない。
もう一つの立ち位置を足すだけで、これだけ違った意味を持つのだから感慨深い。
物語は、続きを予感させたまま終幕を迎える。
もし続編が出るのであれば、(サブタイからして杞憂だとは思うが)ぜひ遺品整理業の設定を大切にしたまま物語が続いてほしい。
そう思ってしまうくらい、とびきり素敵な舞台でキャラクターたちが演じぬいた小説作品だった。
読者による文学賞における「日歿堂霊怪日録: 遺品整理屋はいわくつき」
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