ブックレビュー:『論語』がわかれば日本がわかる
編集・ライター養成講座の課題で取り組んだ「新社会人に薦めたい『本』のレビュー記事」です。1200文字程度と結構長めです。
以下、レビュータイトルより始めます。
(こういうのを、同じ本について800字ver.、400字ver.とか書き分けるのも練習になるんだろうな…そのうちやってみよう…)
会社も自分も、論語の思想でできている。
新卒社員の皆さんが入社して早4ヶ月。しかし、コロナ禍によってテレワーク中心の環境では、会社の組織構造や周りの仕事の進め方なども見えづらく、未だに分からないことばかりという方も多いのではないだろうか。本書は日本企業もとい、そこで働く私たち自身を無意識に縛る価値観を理解するのにもってこいの一冊だ。
論語は、世界四大聖人の一人である孔子の教えを弟子たちが纏めたものだ。春秋時代という戦乱の世にあって、その教えの中核は「平和な秩序の構築と維持」「過去の良きものを手本とする保守主義」「礼にもとづく上下関係のなかでの和」の3点。しかし、記述が簡略であるがために解釈の幅が広く、派生思想として朱子学や陽明学に代表される儒教が誕生したり、ときの為政者に都合良く利用されたりしてきた歴史がある。
日本へは3世紀から5世紀頃、仏教とほぼ同時に入ってきたが、初めて政治に利用したのは徳川幕府だ。戦国時代の動乱を経て、平和で安定的な世を築くにあたり、論語や儒教の価値観に着目した。士農工商の固定的な身分制度や庶民への教育を通じて、論語的価値観は広く浸透してゆくこととなる。驚くのは、江戸末期に討幕派がその拠り所としたのも、同根の朱子学に基づく革命思想だということ。その後も、明治期の急速な近代化・改革の混乱を抑えるタイミングで再び論語が援用されるなど、江戸時代以降、日本の歴史と論語は分けては語れない関係となった。
日本企業と論語との関わりは明治30年代に遡る。職工の定着や労組の安定化を図ろうと、企業経営においても論語が利用され始めた。「温情主義」「家族主義」的経営がなされ、ここで築かれた労使の親密な関係が、やがて第二次大戦中に国家総動員法の下での滅私奉公と、それに報いる形での終身雇用・年功賃金・企業別組合という、今日に続く日本型雇用制度を生み出す。
本書の特筆すべき点は、戦後教育の記述にある。論語的価値観がどう採り入れられ、その教育が日本人、あるいはその集団組織である日本企業にどのような影響をもたらしたのか、米国をはじめ諸外国との対比も交えつつ、非常に分かりやすく説明されている。
著者は教育関係者への調査を基に、「日本の教育の大前提」を「努力・精神主義」「集団への帰属」「気持ち主義」だと主張する。結果、才能を伸ばすよりも欠点を埋める横並び意識、集団からはみ出ない没個性化、相手の言動の裏読みや忖度、といった日本人的な(ともすると外国との対比でマイナス視されがちな)特徴が育まれた。また、日本企業に散見される現場努力への依存、タテマエ主義や不祥事の隠蔽、変革への抵抗といった問題点についても、日本企業の「論語濃度」の高さが生んだ弊害として解き明かしていく。
いわゆる伝統的な会社に就職した新入社員の中には、列挙されている日本企業の組織構造や仕事の進め方に、暗澹たる思いを抱くかもしれない。しかし今、日本は社会全体がコロナ禍に直面し、その外圧によって不可逆的に変わりつつある状況だ。まずは本書を通して現状を理解し、その上でこれからどう変化すべきかを考え、仕事の中で少しずつ実践に移してもらいたい。
「『論語』がわかれば日本がわかる」 守屋 淳 著 880円+税 ちくま新書
(ライター・まつざわ)