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はじめての円満退職

2024.12.25(水)

3年ほど携わっていたメディアが封鎖されることになり、それに伴いそのメディアの運営元である会社との業務契約も終了になった。今日は、最後の挨拶をしにオフィスへ伺う日だ。

まずはお世話になった編集長と面談。この人は、今まで私が「職場」という環境で出会った人の中でいちばん穏やかで優しい人だ。出会った当初、その物腰の柔らかさ、人柄の良さに違和感を覚えたほどだ。「こんなに優しい上司が存在するわけがない」と、しばらくは信じられずにいた。こんな人とはもう二度と出会えないだろう。

一緒にメディアを運営してきた思い出も、伝えたいこともたくさんあるのに、なぜか私は「私は全然寂しくありませんから。仕事が終わっただけですから」みたいな顔をしている。少し涙ぐんで声がひしゃげている編集長を前にしても、本心が言えない。前からうすうす気付いてはいたものの、ずっと放置していた問題だった。私は上下関係が発生する場において、自分の感情を伝えることができない。もうこれは向き合わなければならない。

最後に送別会のような時間を設けていただき、関連事業部チームの方々に囲まれながら最後の挨拶をする。人前で感謝を述べる、思い出を語る、未来への抱負を語る……これらが苦手ではないのは、建前を言うことに抵抗がないからなのかもしれない。一対一の嘘が吐けない場になるとまるでダメだが。

中毒を起こしかねない優しさと花束をもらって退散。ところがセキュリティの問題で、誰かに1階フロアまで送ってもらわなければならない事態に。するとなぜか一度も話したことのない、別メディアチームの女性社員が送ってくれることになった。ほぼ初対面の、しかも外部の人間である私をわざわざ送ってくれるなんて、優しい人だ。その女性も退勤するとのことで、一緒にオフィスを出て駅まで歩く。

前職のこと、今の仕事のことなど、とりとめのない話をする。話の流れで女性社員と私の地元が同じであること、そして現在の住まいが近いことが判明し、ちょっとした縁を感じた。今日で終わりだというのに、どうしてこんな素敵な人が出現するんだろう。もっと早くに仲良くなりたかった、と思いながらそれを口にできず、世間話を続けるしかなかった。

「もしかすると、街ですれ違うかもしれませんね」
駅のホームで、私は言う。そうかもしれませんね、と女性は答えてくれた気がする。女性が乗った車両のドアが閉まり、手を振って見送った。お互い連絡先は聞かなかった。こういう縁もあるだろう。そんなクリスマスだった。

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