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柔術の綴り方問題:jiu-jitsu, ju-jutsu, or zyu-zyutsu?

柔術をローマ字(ヘボン式)で書くとjujutsuなのですが、ブラジリアン柔術ではjiu-jitsu と書きます。なお、ヨーロッパでju-jitsuという表記を見ることもあります。こちらは、古流の柔術やそれをヨーロッパで発展させたものを指すことが多いようです。なぜ、柔術にはいくつかの綴り方があるのでしょうか?

jiu-jitsuの初出は?

jiu-jitsuの表記が確認されたのは19世紀末です。けっこう古い。明治初期に来日したお雇い外国人の理科教師、ウイリアム・グリフィスの書籍 "The Mikado’s Empire : a history of Japan from the age of gods to the Meiji Era (660 BC-AD 1872)"にjiu-jitsuの文字を確認できます。この書籍は、1876年にアメリカで出版されました。日本では「皇国」あるいは「グリフィスの日本通史」と呼ばれます(注1)。

また、小泉八雲として知られるラフカディオ・ハーンは1895年に「Jiujitsu」という短編を発表しています。ニューヨークタイムスの書評でもとりあげられており、当時は注目を浴びた作品だったことがうかがえます。ハーンは小説家、著述家であるとともに、帝国大学(後の東京大学)や早稲田大学で教鞭を取った文学研究者でもありました。「耳なし芳一」を含むハーンの作品「怪談」は今でも書店で手に取ることができます。

おそらく、グリフィスやハーンのような最初期のお雇い外国人が、はじめにjiu-jitsu という単語を耳にし、日本の文化を紹介する過程で記録したと考えられます。アメリカでjiu-jitsuは20世紀初頭には広く使われる言葉になっており、新聞記事を検索すると1905年にはおよそ9000件の記事にjiu-jitsuという言葉が登場しました(藪,2021)。

jiu-jitsu?  ju-jutsu?

グリフィスやハーンが、jiu-jitsu という綴りを使った時代には、まだ、ローマ字表記が一般化していませんでした。現在、広く使われるヘボン式ローマ字は、1868年にヘボンが世界初の和英辞典である「和英語林集成」で紹介したものですが、それが拡がるまでには時間がかかりました。そのため、グリフィスやハーンは、自分の耳で聞いた音をアルファベットに当てはめていたのだろうと推測されます。

ちなみに、ローマ字の普及が進んだのは柔道の始祖でもある嘉納治五郎を中心とする「ローマ字ひろめ会 」の活動によるものでした。ちなみにこの会の設立は1905年でした。その頃は表記も統一していなかったと考えられます。なお、「ローマ字ひろめ会 」設立以後も、日本式や訓令式などを普及させようとする動きもあり、完全に統一はされていません。ローマ字表記の統一前に柔術が世界に広まったため、jiu-jitsu という表記になったと考えられます

引用文献

藪耕太郎 (2021).柔術狂時代:20世紀初頭アメリカにおける柔術ブームとその周辺.朝日新聞出版

注1)日本では、第一部が『ミカド 日本の内なる力』亀井俊介訳、岩波書店岩波文庫〉第二部が『明治日本体験記』山下英一訳、平凡社平凡社東洋文庫 430〉として出版されています。


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