言葉に抗う
ふと言われた言葉が引っかかり続けています。
普段は忘れていても帰り道にぼけっと歩いていた時に、もやっと心を曇らせます。
「一人は楽でいいよね」
私の悩みへの確信がたった一行に込められているのです。
小さい頃から一人でいる時の開放感が好きでした。
でもずっとひとりぼっちで過ごしているのではなく、やりたい時には鬼ごっこに混ざりゲームをしたり。
それは今でも同じで、基本は一人で過ごすけれど、必要な時にはちょっと人と話しお酒を誰かと飲みたい時には誘ってご飯会を開きます。
数ヶ月に一回のグループでの飲み会も嫌いじゃないんです。
でも一日中誰かと過ごして、時間を共にすることは苦手です。
そこには自分の気持ちへの妥協や我慢が必要だからです。
誰かとテーマパークに行ったとしましょう。
その時に友人はジェットコースターに乗りたくて私はなんとなくショーが観たい。本当にやりたかったのは友人とテーマパークに来る事だからジェットコースターに乗るのはいいのだけれど気になっていたショーはみれなくなってしまう、私が一人で来ていたらこんな悩みは生まれないのです。
私は誰かとライブやテーマパークに行って泣いたことが2度あります。(恥ずかしながら)
その時にはなぜ泣いたのかしっかりと理解しているわけではないのですが、その根底にはいつも「一緒に時間を過ごしたい」と「すべてが思い通りにいくわけではない」の葛藤があります。
誰かと何かを楽しいままで成し得る事は私にはとても難しいことです。
ひとりで大体なんでもできてしまう人間になったのにはきっとこうした背景もあるのでしょう。
ささいな日常にたまに登場するゲスト的誰かが現れ、スッと消えていき、またどこかで出会った時には楽しく過ごし、そんな生き方はとても楽です。
本当に「ひとりは楽でいいよね」なんです。
なんだけれども、いつもどこかでこの生き方の限界を感じています。
大体なんとかひとりでできるけれど、もちろんできないこともあります。
今はできないことはできないままでやり過ごしていけるけれど、この先逃げ続けることはできるのでしょうか。
端的に言うと「楽しいだけはない、誰かと生きていくことができるのか」ということです。
だからこそ私はこの言葉がずっと引っかかり続けます。
人生の中でこの答えが出るのを待っています。
もしかしたらひとりで生き続けるかもしれないし
誰かと支え合って生きるかもしれない。
はたまた別の選択肢が生まれるのかもわかりません。
皆さんはどうやって生きていきたいと考えているのでしょうか。
私にはそれさえもわからないのです。
悩みは熟成されてこそのカタルシス。
そう考えて今日も静かに過ごしています。
かれこそ数年悩んでいるんです笑
こちらの記事にも似たようなことが笑
良い夜をお過ごしください。
松澤
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