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行動するための「勇気」の正体はなにか? 


心理学が解き明かす行動のメカニズム

行動するのに勇気は必要ないという。
例えば子供の頃に1人で電車に乗れるようになったのは勇気を出したからではなく、電車に乗る為の手順を知ったからだ。

多くの場合、新しいことに取り組むときに必要なのはポジティブシンキングだと語られやすいが、じつはそうではなく、本当に必要なのはロジカルシンキングの方かもしれない。

この視点は、一見すると行動のハードルを下げるように感じられる。
確かに、未知への不安や恐怖を乗り越えて行動を起こすには、闇雲なポジティブシンキングよりも、状況を冷静に分析し、的確な手順や合理的な解決策を見出すロジカルシンキングが有効な場合が多いと感じるからだ。

しかし、心理学の視点から見ると、人間の行動はもっと複雑で多様な要因が絡み合っていることも確かだ。

単に「知識」や「論理」だけで説明できない心の動き、すなわち「情動」や「認知」といった要素が、私たちの行動を大きく左右する。

1. 行動を阻む「恐怖」のメカニズム

扁桃体と前頭前皮質のせめぎ合い

人の脳には、危険を察知し、恐怖を感じる働きを受け持つ「扁桃体」と呼ばれる部位がある。扁桃体は、過去の経験や学習に基づいて、潜在的な脅威に対して瞬時に反応し、身体を「闘争」または「逃走」の状態に備えさせる。

例えば、子供の頃に一人で電車に乗れなかったのは、未知の環境や人混みに対する不安、迷子になるかもしれないという恐怖心が、扁桃体を活性化させ、行動を抑制していた可能性は否めない。

一方、前頭前皮質という部位がある。この前頭前皮質は、思考、計画、意思決定など、高度な認知機能を担う脳の領域である。前頭前皮質は、扁桃体からの信号を受け取り、状況を論理的に分析し、適切な行動を選択する役割を担っている。

電車の乗り方を覚えることで、前頭前皮質は「1人で電車に乗る」という行為を安全でコントロール可能なものとして認識し、扁桃体の活動を抑制していく。つまり新しい行動へのブレーキを解除する。

2. 学習と経験がもたらす「自己効力感」

行動変容の鍵

今ではよく耳にするようになった「自己効力感」という概念を提唱した、心理学者のアルバート・バンデューラは、「自己効力感とは、自分は何かできるという感覚、つまり、目標達成に必要な行動を完了させられるという自信のこと」だと説明している。

自己効力感は、過去の成功体験や他者の成功事例 、周囲からの励まし、感情や身体的状態といった要因によって形成されているとされている。

子供の頃、切符の購入方法を理解し、電車の乗り方を覚え、実際に1人で乗車できた経験は、成功体験として自己効力感を高め、「自分は1人でも大人のように電車に乗れる」という自己信頼につながっていく。

さらに、周りの大人から「1人で乗れるなんてすごいじゃないか!」と褒められたり、友達が一人で電車に乗っているのを見たりすること、つまり、第三者からのフィードバックを得ることで、自己効力感はさらに充実されていくのだ。

このように、自己効力感は、行動を起こすための原動力となり、新たな取り組みを促す重要な要素となる。

3. ポジティブシンキングとロジカルシンキング

相乗効果で行動を促進

ポジティブシンキングは、先行きに対する不確定なマイナス要素の予知推測に対し、あくまでも可能性の1つであると捉え、行動の選択、決断が困難な状況にあってもそれを解決する要素や方向性を見出す思考法といえる。

これで分かるように、ポジティブシンキングは、不必要な予知不安を軽減するので、結果としてストレスは少なくて済む。また、精神的な安定をもたらす効果も期待できるので、主体的行動意欲を高める上で役立つ。

しかし、根拠となる情報やデータのない憶測の域を超えないポジティブシンキングは、現実を直視することを妨げ、問題解決を遅らせる可能性も孕んでいる。

そしてロジカルシンキングは、物事を論理的に分析し、客観的な視点で判断する思考法である。ロジカルシンキングは、問題の本質を見抜き、効率的な解決策を導き出すために不可欠である。

行動を起こす際には、ポジティブシンキングとロジカルシンキングをバランス良く活用することが初動時の効果を高める。

例えば、新しい仕事に挑戦する際に、「状況から判断してきっとうまくいく」とポジティブに考えつつも、冷静にリスクを分析し、計画的に準備を進めることで、行動完了の可能性を高めることができる。

4. 行動変容を促す「動機づけ」

内的動機づけと外的動機づけ

人の行動を促す要因の1つに「動機づけ」がある。動機づけには、大きく分けて「内的動機づけ」と「外的動機づけ」の二つがあることはすでにご承知のことだろう。

内的動機づけとは、行動そのものに興味や関心を持ち、楽しみや満足感を得るために自発的に行動することである。これに対して外的動機づけとは、報酬や評価、罰など、外部からの刺激によって行動することを指す。

電車の乗り方を覚えるという行動は、最初は「1人で目的地に行きたい」「大好きな車両に好きなときに乗りたい」といった外的動機づけによって促されるかもしれない。

しかし、電車に乗ること自体が楽しくなったり、新しい場所へ行くことに喜びを感じたりすることで、内的動機づけへと変化していく可能性がある。持続的な行動変容を促す上で 内的動機づけは非常に重要である。

「I Have a Dream」という外的動機づけ

話は少し外れるが、故マーチンルーサーキング牧師がリンカーンの奴隷解放宣言100年を記念した集会の中で「I Have a Dream(私には夢がある)」と語り始める部分がある。

彼はその演説で自分が進める活動の先にある社会の姿を語った。あらゆる民族、あらゆる出身 のすべての人々に自由と民主主義を求めるかれの演説は、それを聴いた人々にとっての「外的動機づけ」となり、その強烈な理想のイメージを各々の聴衆が想像しイメージ化し、その中に自分の姿を描いたことで、「内的動機づけ」へと変容し時代を動かす大きな原動力となっていったのではないかと考える。

最初は外的動機づけであったとしても、それを取り込み内的動機づけの種にしてしまうと人は行動する事への欲求が高まるのだ。

5. 社会心理学から見る「社会的影響」

周りの人が行動を左右する

人の行動は、周囲の人々や社会環境からも大きな影響を受けることは書くまでもない。社会心理学では、これを「社会的影響」と呼んでいる。

例えば、「みんながやっているから」「周りの人に勧められたから」といった理由で行動を起こすことはよくあることだ。また、権威のある人物や集団の意見に従ってしまうことも、社会的な影響の一例である。

子供の頃、1人で電車に乗れなかった子供が、友達が1人で乗っているのを見て、「自分もやってみよう」と思うのは、社会的影響によるものといえる。

このように、周りの人の行動や意見は、私たちの行動を促したり、抑制したりする力を持っている。だからこそ自分事としてよく吟味し、外的動機づけに流されていないかを考える冷静さは必要だろう。

まとめ

行動を促すのは「勇気」だけではない

「行動するのに勇気は必要でない」という言い回しは、行動の心理的な側面を軽視していると言えなくもない。確かに、知識や論理は行動の重要な要素だが、人間の行動は、情動、認知、動機づけ、社会的影響など、様々な心理的要因が複雑に絡み合って生まれていくからだ。

しかし、そうした自分の中に混沌と詰まっているもの同士の連動的な働きを「勇気」と銘打ってもいい気もする。

どちらにしても、行動を起こし、完了させるためには、「勇気」という言葉で片付けるのではなく、自身の心の状態を理解し、適切な方法で行動を促していく主体的な動機作りが重要になるのではないだろうか。

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