ラーメンたべたら
北海道を訪れたのは実に二十六年ぶりだった。
その日の札幌は、四月にもかかわらずまだ微かに雪がちらついていて、すすきのから中島公園方面に向かって歩を進めれば進めるほど、人影はまばらになっていった。途中「キリンビール園」という建物を目にしたときには、先入観から「キリンビール園?」と思わず二度見してしまったが、周囲からやや浮いたその佇まいは、ビジターである僕と連れの姿に、そのまま重なって見えた。
目当ての店に到着し中に入ると、ストーブがじんじんと焚かれていて、そのむんとした暖かさはあっという間に僕らを包み込んだ。席が空くのを待つ間、店内に飾られた著名人のサインをひとつひとつつぶさに眺めていると、その中に僕が昔よく聴いていた女性ミュージシャンのサインもあった。それを見つけた僕は、この店は初訪問ながら「もう絶対うまい」と、食べる前から妙に嬉しくなった。
もうもうと湯気の立つ味噌ラーメンが目の前に置かれた。いよいよそれを口にすると、生姜とにんにくのエッジが効いたスープの中に、他の味噌ラーメンでは味わったことのない微かにトロリとした感覚があった。口の中で程よくその存在を感じさせるまろやかなそれは、崩れてほぼ原形はないが、どうやらじゃがいものようだ。これが想像以上にうまかった。いつもならスープは一口程度で泣く泣く失礼してしまうのだが、その生活習慣上の掟を破ってでも、これは最後まで味わいたいと思った。
ここで、ふと、
という歌詞の一節を思い出した。
二十六年ぶりに訪れたここ札幌で、幸いにも出会えたこのラーメン。これからの人生でまたこの味に出会えるとは限らない。だから僕は、その汁の最後の一滴まで味わうという「責任」を、今この瞬間に全うせねばならないのだ、と。
まあちょっと無理筋だけど、とにかく僕は免罪符を得た気分で、年甲斐もなくぐいぐいとスープを飲み干した。そしてほんのりと浮かび上がっていた額の汗を拭った。
店を出て、ゆるい寒風の漂う札幌の町を巡りながら、試合の行われるドームへと向かった。時折胃のあたりをさすりつつも、後悔はなかった。頭の中ではあの歌が、口内に残る至福の余韻とともに、心地よく響いていた。
(2017年4月)
【Travel anywhere to taste AWAY DAYS】より抜粋