
大切な人と生きたい
どうも、まっちです。
今回は交友関係の変化についてです!
転職をきっかけに、言葉遣いと気持ちの面が少しずつ変わってくるにしたがって、交友関係も変化していきました。
これまでは、八方美人が良いことだと考えて、みんなに良い顔をしてきました。
そのため表面上は仲良くなれても、本音を言い合えるような関係にはなかなかなれませんでした。人付き合いは好きではあるもののかなりストレスを伴うものであり、帰ってくると気疲れでぐったり何てことが多くありました。
自然体で一緒にいられる人をもっと増やさなきゃ!となぜか責め立てられるような感覚で無理にいろんな人に会って、無理やり話を広げることを頑張っていました。
この感覚が敬語をベースにするようになってから変わってきました。
まず大きかったのは、自然体で一緒にいられる友人は少なくていい、何なら一人でもいいと思えるようになったことです。
グループとして集まる場でも、みんなと分け隔てなく仲良くしなくても良くて、一緒にいたい人といたら良い。
この変化は私にとって重たい鎧がはがれるようなとても大きな変化でした。
なぜこのように思えるようになったのか、正直正確なことは分かりませんが、自立心が育ってきたことが大きかったのではないかと思います。
他人にとやかく言われても別に〇ぬわけじゃないし、「自分の時間は有限なのだから大切な人のために使うのが一番だなぁ」と思えるようになったのです。
これは言われれば当然のようで、ただ実践するのはとても難しいというジレンマみたいな話だと感じます。(笑)
大切な人のために時間を優先したいと思いながらも、ご近所さんだからとか会社でいつも会う人だから、親戚だからなんて理由で断れない頼み事や行事って結構ありますよね。
結構時間を取られたりして、結局何が大切なのか見えなくなってしまいます。
そこも私は、行きたくないものはなるべく行かないし、気が乗らなくなったら「気が乗らない」という理由で行かないという選択が取れるようになりました。
迷惑が掛かることもあるのかもしれませんが、不機嫌なままいられるのも嫌でしょうし、何より気が乗らない言葉にならない理由があって、結局行かなくて良かったと思うことが多かったので、今のところこのスタンスは継続の予定です。
何事もがちがちにルールを決めると苦しくなるので、なるべくそうしたいなというゆるいスタンスで、それでもやはり大切にしたいと思える人を優先する生き方をしていきたいなと思います。
次は私の中の暗黒面について書きたいと思います!
ぜひ読んでくださいね。
そしてスキとコメントとフォローをよろしくお願いします!
大切な人と生きたい
ここまで読んでくれてありがとうございます!
また見てくださいね!