【小説】ある駅のジュース専門店 番外編「サラセニアの後悔」
私の生い立ち……? どうしてそんな事、急に?
気になったから? 私の生い立ちなんて、聞いたって何も面白くないですよ。
まぁでも、今まであまり自分の経歴を人に話すということは無かったですし、お客さんも何度も来てくれてますからね。少し、長くなると思いますが……お時間大丈夫ですか? ......そうですか。
なら、話しますね。
私を育ててくれた人は、少し変わり者でした。
周りから呆れられるくらい、熱心に世話を焼いてくれて。雨の日も雪の日も私の様子を見に来て、私の背が数センチ伸びる度に、「大きくなったなぁ」って嬉しそうに言うんですよ。自分が何か賞を取ったみたいに喜ぶんです。そして、病気になってないか、水は汚れてないかって細かく確認した後に私を上から下までじっと眺めて、こう言うんです。
「綺麗だなぁ。いっそもうこの温室に住んで、お前のことずっと見ていたいよ」
変わってますよね。温室に住まれても困るし、息子いるんだからまずそっち優先して育てろよって思いました。
あぁ、その人、息子いるんですよ。その子も私の面倒をよく見てくれてましたね。私の背が伸びていくと、なんか怖がってあまり来なくなりましたけど。
あの家の温室で過ごすのは楽しかったです。虫もよく寄って来ますし。
でも……急に、離れたくなったんですよね。
きっかけは……五月の初めでしたかね。家族全員で旅行に行くことになったらしくて、三日間家を空けたんで、その間ずっと留守番してたんです。
二日目の正午ぐらいだったと思いますが……温室に誰かが入って来たんで、帰って来たのかと思って見たら、全然知らない男だったんですよ。たぶん空き巣ってやつでしょうね。他の植木鉢をじろじろ見ながら、こっちに近付いて来るんです。明らかに金目の物探してる目つきで。
ここには何もねぇよ、と思いながら男の様子を見てたんですけど、そしたらそいつ、こっちを見て目を見開いて、じっと見てくるんですよ。私、身長デカいから目立つんでしょうね。他に背の高い奴なんていないし、私が一番金になりそうだと考えたんでしょう。
そいつは、何かあった時のために持ってきていた斧を振り上げて、私の葉を切り落とそうとしてきたんです。せっかく今まで伸ばしてきた葉を。栄養を蓄えていた身体を。もう、腹が立って仕方ありませんでしたよ。勝手に侵入してきた全く知らない奴の金儲けのために今までの人生が崩されるなんて、冗談じゃないでしょう。
だから、喰いました。
葉の中に放り込んだそいつは、虫とはまた違うタンパク質の味がしました。美味しかったですよ。こう、何とも形容し難い、コクのある味で。あぁ、味のことは話さない方が良いですか? はは、そうですよね。すみません。つい気分が良くなって。
とにかくその時から、初めて知ったその味が忘れられなかったんですよ。だから、そいつ一人ではどうしても満足出来なくて。旅行から帰ってきて様子を見に来てくれた育ての親も、喰っちゃったんです。
今となっては少し後悔してますよ。あの人は何も悪いことなんてして無かったし、私をここまで育ててくれた人だし。でも、当時の私はきっと腹が減って仕方なかったんだと思います。まだ身長を伸ばせる若い時期でしたからね。まぁ、この考え方でも後悔は完全には消せませんが。
すみません、長々と語っちゃって。これで少しは生い立ちを話せたことになりますかね。
〈おしまい〉
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