【小説】ある駅のジュース専門店 第21話「連結③」
次の日、俺は大学で井田と落ち合った。
「ほんとだ、アカウントの名前文字化けしてるね」
「深夜に友達に追加されましたって通知来てて、誰だろって開いたらこれだよ……怖すぎるだろ」
「確かに……」
「でさ、ちょっと気になるのがこのアイコンなんだけど」
「花の写真? 絵かな……あっ」
「なんか、この赤い花……前にも見たこと無いか?」
「ある。確か……サラセニアだよ、この花」
井田はスマホを操作し、画面を見せる。そこには俺を友達に追加したアカウントのアイコンと同じ花の画像が表示されていた。
「前に『ある駅のジュース専門店』の噂を確かめるために電車乗って、ほんとに行けたことあったでしょ? あの時、ジュース屋の壁に絵が掛かってたと思うんだけど……その絵がこの花だったんだよ。こっちに戻ってきた時、調べた覚えがある。それできっと覚えてるんだ」
「あぁ、確か花の名前分かったってメッセージ送ってくれたよな。そうか、だから見覚えあったのか……サラセニア……食虫植物の名前だっけ?」
「うん」
昨夜から花の名前が思い出せず、もやもやしていた気分が晴れる。
「……そういえば、あのジュース屋の店員、ネットで『サラセさん』って名前付いてたな……なんか関係あんのかな」
「うーん、偶然だと思うよ。髪がサラサラでセクシーだからっていうのが由来だって、掲示板に書いてあったから」
「そうか……やっぱ怪異の名前ってテキトーなのが多いな」
「怪異の特徴から名付けた方が分かりやすいからね。『口裂け女』も『赤マント』も、『アクロバティックサラサラ』だってそうだし」
「ま、まぁ、言われてみればそうかもな……」
その時、ぶーっ、とスマホが震えた。液晶画面を見ると、「貂。雋ォ螳嶺ケ」の文字。
「うわ、さっそくサラセニアのアイコンの奴からメッセージ来てる」
「え、ほんと? ちょっと見せて」
恐る恐る通話アプリを開く。メッセージの内容も文字化けや見知らぬ言語だったらどうしよう。トーク欄をタップし、来たばかりのメッセージを小さく読み上げる。
「……『興味を持ってくださりありがとうございます』……」
良かった、普通の日本語だ。安心すると同時に、微かに背中が冷たくなった。敬語の文の奥に、これを書いた何者かの暗くほくそ笑む表情が見えた気がする。以前あのジュース屋を訪れた時、店員と接した際に感じた、頭の中をずっと覗き見られているような気味の悪い感覚が湧き上がってくる。
「……気づかれてる」
「えっ?」
井田が不思議そうに声を上げる。
「気づかれてるんだ……サラセさんに……俺たちが、『ある駅のジュース専門店』のこと調べてるって」
「サラセさんに?」
「うん。なんか、そう感じて……」
本能が告げるまま、なんとなく感じたことを口に出してしまった。根拠など全く無い。
「ご、ごめんな、訳分かんないこと言って。今のは忘れてくれ」
そう言うと、井田は何かを考え込んでいる様子を見せた。
「いや……僕もそうなんじゃないかって思うよ。僕たちが『ある駅のジュース専門店』に『興味を持って』ることは、八坂さんしか知らないはずだし。もし悪意を持った誰かがハッキングして僕たちの検索履歴を覗いてたとしても、わざわざアカウントを作ってメッセージを送ってくる理由が無いからね」
「井田……」
彼のような親友を持てて幸せだと感じた。
「それで、話ちょっと変わっちゃうんだけど……この文字化けしてる名前、もともとはなんて書いてあったんだろう」
「え? これ……戻せんの?」
「戻せるよ。やってみようか」
「あ、ああ……頼むわ」
井田はしばらくスマホを操作し、再び画面を見せてくれた。どうやら文字化けを読めるように変換してくれるサイトがあるらしく、既に「貂。雋ォ螳嶺ケ」と入力されている。
「じゃあ、いくよ」
井田の指が変換ボタンを押す。「貂。雋ォ螳嶺ケ」の下に、漢字が四つ、表示された。
「渡貫宗也」
俺たちはしばらく黙り込んでいた。どうして渡貫さんの名前が文字化けしているのだろう。どうして渡貫さんの名前が付いたアカウントが俺を友達に追加し、メッセージを送ってきたのだろう。頭の中で考えを巡らせていると、井田が顔をこちらに向ける。
「渡貫さん……もしかして、乗っ取られちゃったんじゃないかな。通話アプリのアカウントも、SNSのアカウントも」
「だ、誰に? サラセさんに……?」
「怪異ってそんなこと出来るんだっけ……いや、出来るか。最近ネットの普及でパソコンとかスマホの画面に出てくるお婆さんの噂が出てきてるし……」
「そ、そんな噂生まれてんの?」
「うん。だから、今時アカウントを乗っ取ってくる怪異がいてもおかしくないよ」
瞬間、手の中のスマホが震えてびくりとする。見ると、文字化けした渡貫さんのアカウントから、再びメッセージが送られてきていた。
「……え」
「どうしたの?」
俺は無言でスマホの画面を見せた。
「貴方のお友達、結構賢いんですね」
メッセージを読んだ井田が険しい表情になり、素早く辺りを見回した。俺も周囲に目を向ける。周りには談笑している学生たちや、廊下を通り過ぎて行く先生たちしかいない。再びスマホが震え、恐る恐る通話アプリを開く。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ」
どこかでくすくすと嘲笑われている気がする。渡貫さんのアカウントを勝手に乗っ取って困らせておいて、俺たちを観察しているなんて。渡貫さんが大学に来ていない理由は分からないが、きっとその原因はサラセさんにあるのだろう。苛立ちに身を任せて文字を打つ。
「渡貫さんに何をした?」
送信しようとすると、井田に腕を掴まれた。
「ダメだよ。こっちが落ち着かないとつけ込まれる」
「で、でも……!」
彼はゆっくりと首を横に振る。
「あっちは今、僕たちの反応を面白がってるだけ。からかいたいんだよ。渡貫さんに何があったのかは分かんないけど……もし仮にあっちに突っかかって怒らせでもしたら、今度は僕たちに何か悪いことが起こるかもしれない」
「…………」
俺はぐっと奥歯を噛み締め、打ち込んだメッセージを消した。
その後は何もメッセージは送られて来なかったが、井田と話している時も、自宅へ帰る時も、ずっとどこからかねっとりと絡みつくような視線を感じてとても気味が悪かった。
〈おしまい〉