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【小説】ある駅のジュース専門店 第41話「いわくつけ」

 期末テストを二週間後に控えたある日。私は親友の千晴ちはると高校に残り、放課後の教室でテスト勉強をしていた。
「ダメだぁ、頭パンクした! ねぇもえ、休憩しない?」
「そっか、もう一時間ぐらい経ってるね。ちょっと休もっか」
「よっしゃ! クッキーつまも〜」
 千晴はスクールバッグの中からクッキーの箱を取り出した。
「お、美味しそう! 私も食べてもいい?」
「良いよー! 一緒に食べよ」
「やった! いただきまーす」
 ビニールの包装を破き、クッキーを一口かじる。疲れた身体にほんのり甘い味がよく沁みる。
「美味しい……」
「これだよこれ。やっぱ疲れた時は甘いもんだわ」
 千晴も幸せそうな笑顔を浮かべた。
「そういえば、前に面白い噂聞いたんだけど」
「噂?」
「うん。『ある駅のジュース専門店』ってやつ」
「あ、なんか聞いたことある。きさらぎ駅みたいなやつだったよね」
「そうそう。この世に無いはずの『異界駅』ってやつ。私最近知ったんだけどさ、めちゃくちゃ面白くてハマってるんだ。だってさ、イケメン店員のいる異界駅とか初めてじゃない? 今まで異界駅って聞くと怖いイメージしかなかったんだけど、駅の中のお店で美味しいジュース飲めて、しかもイケメンに会えるっていうんならそりゃ行きたくなるわぁ」
 千晴の瞳にハートマークが見えた気がした。
「そっか、千晴の推しみんなイケメンだもんね」
「そう。私そういうのに弱いんよ……噂に出てくる店員はマスクしてるから顔全部見えないのがちょっと残念なんだけど。でも喋り方とかマジで好みすぎる。それで完全にハマっちゃったんだよね」
「新しい沼にハマっちゃったか」
「ハマっちゃった。噂の考察とかしちゃってるもん」
「考察?」
「うん」
 千晴は頷いて、スマホの液晶画面を見せてくれた。そこには千晴がSNSに投稿したと思われる、都市伝説「ある駅のジュース専門店」を考察した文章が表示されている。一日前に投稿されたものだが、既に多くの人に拡散されている。
「その異界駅ね、笠岐かさきっていう場所にあるっていわれてるんだけど……なんか二年前に、そこに実際に駅を建てる計画があって。結局、立地の問題とかで計画が中止になっちゃったんだって」
「へぇ……じゃあ、今そこにはまだ駅は建ってないの?」
「うん。だから、その計画で建てられるはずだった駅が、自分を完成させなかった人間に恨みを持って、異界駅として実体化したんじゃないかって思ってるんだよね」
「ん? ま、待って待って。その、建てられるはずだった駅が、意思を持って、今噂になってる異界駅になったってこと?」
「そうそう。ほら、なんか昔からよく言うじゃん。物にも魂宿るって。付喪神つくもがみとかさ」
「でも、それって長く使われた結果魂が宿ったみたいなものでしょ? その駅は結局完成しなかったのに、魂が宿ったってこと……?」
「たぶん……あれだよ。物にも水子みたいなもんがあるんだよ、きっと。建てられるはずだった駅からしたらさ、今まで大勢の人がたくさん話し合って自分を建てようとしてくれてたのに、いきなり中止ってなって生まれて来られなくなったら納得いかないじゃん。だから人間に恨みを持って、異界駅になって、人間を迷い込ませてるんだよ」
「な、なるほど……」
「今流行ってる噂でも、駅に迷い込んだ人が怖い目に遭う話が多いし。駅が人間に対して恨みを持ってるっていう風に考えたら、説明つくんじゃないかなぁって思ってさ」
「そっか……」
 私は千晴の熱量にただただ気圧されていた。千晴は自信たっぷりに目を輝かせていた。
「あ、もう二十分ぐらい経ってた……そろそろ勉強再開しよっか」
「えー、私もう集中力無い!」
「このままじゃ数学の点数ヤバいから、できるだけやっとこ」
「そ、そうだね……頑張る!」
 その後、私と千晴は午後七時まで残り、途中まで同じバスに乗って帰宅した。

 翌日、千晴の席はずっと空いていた。
 先生が出席をとる際も彼女の元気な声はしなかったし、休み時間に彼女が私のもとに駆け寄ってくることもなかった。
「千晴ちゃん、どうしたんだろうね」
「めったに風邪引かないイメージあるんだけどねぇ……」
「もしかして、インフル?」
「いや、インフルはまだ早いんじゃね?」
 周りの生徒もいつも以上にざわめいている。
「萌ちゃん、なんか知ってる?」
「ううん……知らない。昨日一緒にテスト勉強してたけど、いつも通り元気そうだったし……」
 答えながら、昨日の目を輝かせる千晴の姿を思い返す。彼女が語っていた、「ある駅のジュース専門店」の考察のことも。
 その時。がらがら、と教室の扉が開いて、職員室にいた先生が戻ってきた。
「みんな、ちょっといい? さっき谷山たにやまさんの親御さんから連絡があったんですが……」
 先生は顔に焦りを浮かべて言った。

「谷山さん、昨日の夜から自宅に帰っていないらしいんです」

 教室中のざわめきが大きくなった。そのざわめきを押しのけるように、先生の声が聞こえてきた。
「今、先生たちが事情を調べていますので、みんなは慌てずに、いつも通り授業を受けてください。最近は日が落ちるのが早いので、変な人がうろついてる可能性もあります。みんなも帰る時は気をつけて、決して一人にならないようにしてくださいね……じゃあ、引き続き休んでてね。失礼しましたー」
 がらがら、と音を立てて扉が閉められる。私たちは顔を見合わせた。
「……千晴ちゃん、大丈夫かな……」
 周りのざわめきを聞きながら、私は千晴の失踪と「ある駅のジュース専門店」とを結びつけ、嫌な想像をしてしまっていた。

 家に帰ると、私は通話アプリを開いて千晴にメッセージを二、三通送った。しかし、どのメッセージも未読のままだった。
 SNSを開き、千晴の投稿を見返して反応したり、ダイレクトメッセージを送ってみたりもした。しかし、結果は同じだった。
 ただ、彼女が二日前に残した考察の文章が、ものすごい勢いで拡散され続けているだけだった。

                〈おしまい〉

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