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【小説】ある駅のジュース専門店 第20話「連結②」

 俺と親友の井田いだは同級生の八坂やさかさんと知り合い、彼の友人である渡貫宗也わたぬきそうやさんのSNSアカウントと、通話アプリのメッセージがおかしくなった原因を調べて欲しいと頼まれた。この一件にはどうやら、巷で囁かれている「ある駅のジュース専門店」という都市伝説が関係しているらしい。
 八坂さんから相談を受けた日の翌日、夕方。俺たちは大学のコンピュータールームに行き、パソコンで渡貫さんのSNSに上がっていたという動画を観てみることにした。現在の渡貫さんのアカウント名は「ジュース専門店【⬛︎ヶ2乃#:】」。渡貫さんが八坂さんに送った「動画がなぜか削除出来ずアカウント名も変えられている」という内容のメッセージから、何者かによってアカウント名が変えられたと推測できた。
 メディア欄から日付を遡り、今から約一ヶ月前に上げられた動画を探し当てる。
「じゃあ、流すよ」
 再生ボタンをクリックすると、ぶーーーーん、という換気扇の低い音が聞こえ始めた。シャッターの奥からは敬語を使う気怠げな低めの声と、子供のような高めの声が会話しているのが聞こえてくる。
「別に良いじゃないですか。貴方の守る土地には手をつけてませんし」
「いつか手をつけるつもりなんだろう? そして笠岐かさきまでこの空間に取り込んで、迷い込む客を増やすつもりなんだろう」
「そんな面倒なことしませんよ。私はただ……ここでお客さんにジュースを提供して、ここの存在をより多くの方に知ってもらって……食べるものに困らなくなれば、それで良い」
「……強欲な奴め」
「ええ、食欲は人一倍旺盛でして。ところで……話は変わるんですけど、最近、店の改装をしてるんですよ」
「改装?」
「はい。改装工事のため、店を閉めさせてもらってます。だからね、今来てもらっても対応できないんです。すみません。一週間ほどしたら終わると思うんで、また遊びに来てください。お待ちしてます」
 そこから子供の声が消え、換気扇の音の他は何も聞こえなくなる。五秒ほど経つと、気怠げな声が静寂を破った。
「今の話、しっかり伝えといてくださいね。そこのお客さん」
 動画はここで終わっていた。
「……今の動画の、低めの声ってさ……あのジュース屋の店員の声だよな。ネットで『サラセさん』って名前付けられてた」
「うん……そうだと思う。こんな感じの声だった」
 以前、俺たちは「ある駅のジュース専門店」の噂の真偽を確かめようと電車に乗って出かけ、異界駅に辿り着いてしまったことがある。その時に構内のジュース屋で接客してくれた店員の声が、動画に入っている声とよく似ているのだ。
「……じゃあ、もう一人の声って、いったい誰なんだろう。サラセさんを問い詰めてるみたいな感じだったけど……」
「女の子の声だったな」
「あの子について、何かネットに書いてないかな」
「うーん、調べてみるか」
 俺たちはインターネットの検索窓に「ある駅のジュース専門店」と入力し、都市伝説をまとめたサイトを閲覧した。そこには俺が書いたものも含め、「ある駅のジュース専門店」に関する十八件ほどの体験談が上がっている。
「あ、この『広告塔』ってやつ、八坂さんの体験談じゃないか?」
「そうみたいだね。友達と一緒にジュース屋のある異界駅に行けるか試してみて、駅には着けたけど、お店のシャッターが閉まってる……八坂さんが話してたことと一緒だ」
「渡貫さん、今どうしてるんだろうな……いきなり自分のアカウント名変えられて、普通のメッセージも送れなくなって。きっと、すげぇ怖かったと思う」
「うん。誰にも見せるつもりが無かった動画もいつの間にかアップされてて、多くの人に注目されちゃってるからね。削除しようとしてもなぜか出来ないってことは、やっぱり怪現象的なものが起こってるのかも」
 井田の言葉を聞きながら『広告塔』のページを閉じ、体験談が一覧で表示されたページに戻ると、ひとつの体験談のタイトルが目に留まった。
「……『おさえさま』? 何だこれ」
「新しい怪異……? 八尺様みたいな感じなのかな」
 タイトルからは内容が全く想像出来ないが、この話が「ある駅のジュース専門店」の噂を構成する話として掲載されているということは、きっと何らかの繋がりがあるのだろう。『おさえさま』のページを、そっとクリックしてみる。
「なんか、急に具体的な地名が出てきたな。笠岐かさき……どこらへんだっけ」
白淵しらぶちから結構近かったと思うよ」
 話しながら体験談を読み進めていく。まだ笠岐という地域が村だった頃、村の子供たちが「おかっぱ頭で苔色の着物を着た女の子」と共に遊んだが、実はその子の正体は村を守る神様だったという内容だ。どうやら「おさえさま」というのは、その女の子の姿の神様を指しているらしい。
「怪異じゃなくて、神様だったんだ……」
「体験談を読むと新しい発見がいっぱいあるね。他の話も読んでみよう」
 今度は『おさえさま』の下に表示された『頼み事』という体験談をクリックする。駅巡りが好きな女性が異界駅に迷い込み、「おかっぱ頭で、濃い抹茶のような渋い緑の着物を着ている女の子」に「次の電車に乗って帰れ」と言われ、その通りにすると無事に元の世界に帰れたという内容だった。
「……ここにも、おさえさまが出てきてないか?」
「そうだね。おかっぱ頭で、緑の着物っていうところが一緒だから……きっと、この話に出てきた女の子もおさえさまなんだろうね」
「じゃあ……『ある駅のジュース専門店』は、笠岐にあるってことで良いんだよな? もし笠岐じゃなかったら、笠岐を守ってるおさえさまが迷い込んだ人を帰そうとする理由が無いから……」
「うん、笠岐にあるってことで良いと思う……あっ」
 突然、井田が何かを閃いたような声を出した。
「どうした?」
「ねぇ、さっきの動画、もう一回観ても良い?」
「え? い、良いけど……なんか思いついたのか?」
「うん」
 井田が体験談の一覧のページを閉じ、渡貫さんのSNSアカウントのメディア欄を表示させる。日付を遡り、動画の再生ボタンを押す。再び流れ出す、ブレーカーの低い音。
「別に良いじゃないですか。貴方の守る土地には手をつけてませんし」
「いつか手をつけるつもりなんだろう? そして笠岐までこの空間に取り込んで、迷い込む客を増やすつもりなんだろう」
 井田はそこで動画の再生を止めた。
「やっぱり笠岐って言ってる。もしこの女の子の声がおさえさまのものだとすると、これはおさえさまがサラセさんを問い詰めてる場面ってことになるよね」
「ほんとだ、ガッツリ言ってるじゃん……でも、なんで問い詰めてるんだろう」
「たぶん、この動画の中で言ってることがヒントになると思うよ。『手をつける』……『笠岐までこの空間に取り込んで、迷い込む客を増やす』……」
「空間? ……もしかして、あの無人駅は笠岐とは『別の空間』にある……とか?」
「詳しいことは分かんないけど、動画の中で言われてたことをそのまま捉えると、そういうことなんじゃないかな。笠岐と同じ場所に無人駅が建ってる空間があって、おさえさまはいつかその空間が笠岐を『取り込んで』、もっとたくさんの人が異界駅に迷い込んじゃうんじゃないかって心配してるんだと思う」
「そうか……」
 こうして井田と一緒に考察していると、今まで霧がかかったようにぼんやりとしていた「ある駅のジュース専門店」の都市伝説の全容が、微かに見えてきたような気がする。
「でも、まだよく分かんないことが多いから、他の話も読んでいかなきゃいけないよね」
「そうだな。おさえさまの話読まなかったら、この動画に入ってる声がおさえさまのかもしれないって分からなかったし。ここに上がってる体験談が手掛かりになるかもな……」
 言いながら、窓の外を見てはっとした。もう辺りが暗くなり始めている。
「やべ、もう帰らないと……」
「僕も。じゃあ、明日もまたここで調べてみようね」
 俺たちはパソコンをシャットダウンし、コンピュータールームの電気を消して帰った。夜のコンピュータールームは昼間や夕方とは全く表情が異なり、重く冷たい雰囲気がどんよりと漂っていた。

 その日の夜。何気なくスマホを起動させると通話アプリから通知が来ていた。どうやら誰かが俺のアカウントを友達に追加したらしい。通知をタップしてアプリのページに飛ぶ。
 俺を友達に追加したアカウントは、俯くように咲く赤い花の画像がアイコンに設定されている。そこに表示されたアカウント名は、文字化けしていて全く読むことが出来ない。
「貂。雋ォ螳嶺ケ」
 やめてくれ、こんな夜中に。趣味の悪い悪戯か何かだろうか。不気味に思いブロックしようとしたが、ふと、アイコンの画像に見覚えがあるような気がしてまじまじと見つめる。だが、既視感の正体は分からない。俺はもやもやした気持ちのまま眠りに就いた。

                〈おしまい〉

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