【小説】ある駅のジュース専門店 番外編「道祖神と人喰い怪異」
※Xの「リプ来た台詞でss書く」という企画で「あともう少しですね」という台詞をいただき、執筆させていただいたお話です。
沈みゆく夕日の光に目を細め、辺りに何もいないのを確認すると、私は林を抜けてある場所へ歩き出した。
かってこの辺りは旅人が通っていたので人の行き交いも多く、疫病が侵入しやすかった。さらに、旅人に混じって人でない悪いモノが村に入り込もうとすることもあった。それらを追い返して村を守るのが私の役目だ。今は病気も悪いモノも昔ほど多くは入ってこないが、代わりに得体の知れない妙な奴が住みついてしまった。
町が橙に染まる中、そこだけ空が丸く切り取られ、一足先に暗い夜が訪れている空間がある。この辺りに駅は無いはずなのに、そこにぼんやりと現れている白い駅。思わず睨みつけた。今日こそは彼奴に直接会って、目的を聞いておかなければ。
空間の中に入り、注意深く辺りを見回しながら歩く。まるで現実世界の駅のようによく作り込まれていて、意味不明な文字の書かれた看板と線路側に設置された壊れた改札以外は、違和感を覚えるところがほとんど無い。
駅の構内を進んでいくと、派手な照明が煌々とついた一軒の飲み物屋がある。そこが、今日ぜひとも話をしたい相手の住処だった。
「いらっしゃいませー」
店のカウンターから気怠げな声を出す、黒いマスクをつけた一人の店員。確か、サラセと呼ばれている。
「これはまた……随分と、珍しいお客さんですね。なんか飲みます?」
「私は客として来た訳では無い。飲み物などいらない」
きっぱりと断ると「遠慮しなくても良いんですよ?」と返される。
「いらない。人を喰う化け物なんぞに協力する訳にはいかないからな」
瞬間、サラセの眉間に小さく皺が寄った。
「……へぇ、よく分かりましたね」
「何年ここにいると思っているんだ。お前がこの店に遠方から人を誘き寄せて喰っているのは知っている。もう四、五人は呑んでいるだろう」
ふふ、とサラセはマスクの奥から笑いを痛らす。禍々しい空気が感じられる。
「さすが。やっぱり侮れませんねぇ、神様ってや
つは」
「笑うな。今までは生活に困っているのだろうと思って目を瞑ってきたが、ここで人を喰うならこれ以上見過ごすことは出来ない」
「別に良いじゃないですか。貴方が守る土地の人間を喰ってる訳じゃありませんし」
「確かにその通りだが、人に危害を加える奴は許容できない。ここに空間を作って狩場にされると困る」
「なぜ?」
笑い混じりの小馬鹿にしたような口調。此奴は本当に、相手の神経を逆撫でするのが上手いと思う。
「……このままお前を放っておくと、笠岐とこの空間が一体化してしまう可能性があるからだ。サラセ、お前はいったい……何を企んでいる?」
サラセの目を真正面から見据える。奴はうんざりした様子でため息を吐いた。
「そんなに警戒しないでくれます? 私はただ生き延びたいだけ。居心地が良い場所でずっと暮らしていたいだけ……それに、笠岐の入り口から少し外れたところに空間を作ってるのは、貴方に迷惑を掛けないようにするためです。もしそうじゃなきゃ、今頃町のど真ん中に駅を建てて貴方に追い出されてますよ」
「…………」
嘘は吐いていないようだが、だからといって許すことは出来ない。既に実害も出てしまっているし、今後、笠岐に住む人々にも牙を剥く可能性がある。
注意深く見つめていると、サラセが面倒臭そうに口を開いた。
「まぁ、貴方がどうしても嫌だと言うんなら引っ越しますよ。争い事は嫌いなんで」
「……本当か?」
「ええ。ここで嘘吐いても得なんてありませんし」「そうか。いつまでここに滞在するんだ?」
「そうですね……」
奴の目が糸のように細められる。
「……あともう少し、ですね」
瞬間、辺りが急激に白くぼやけていく。しまった、と思った時にはもう遅く、元の夕方の町に戻されていた。
おそらく、引っ越しの話題は私をあの空間から追い出すために出されたものだろう。ここを「居心地が良い場所」と言っていたから、きっとそう簡単には離れてくれない。相手の言葉を一瞬だけ信用して、うまくペースに乗せられてしまったのが悔しい。
私は長く息を吐きながら林に戻っていった。今後も彼奴の監視を続けることになりそうだ。
〈おしまい〉
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