【小説】『テオ』第4話
しばらくして、インターホンの音が響いた。
「はーい」
竹村が玄関に向かう。そして戻ってきた彼の後ろには、一人の女性の姿があった。
黒い髪を肩の辺りで切り揃え、白い半袖のブラウスにベージュのスカートを身につけたその女性は、居間を見回して目を輝かせていた。
「うわぁ、凄いねここ! 雰囲気あるなぁ……あ、どーもどーも。お邪魔しまーす」
女性は俺たちにぺこりと一礼した。
「こちら、急遽来ていただいた伊藤先輩。こっちは俺の友達で、霧島と井田っていいます」
「霧島くんと井田くんね、よろしく!」
「よろしくお願いします」
「伊藤先輩、こちらにどうぞ」
「あ、席用意してくれてる! ありがとう……急に押しかけちゃってごめんね」
「いえいえ。今お茶とアイスご用意しますね」
井田は伊藤先輩に食べたいアイスの種類を聞き、麦茶とイチゴ味のアイスを出した。
「んー、やっぱイチゴ美味ーい!」
先輩は幸せそうにアイスを頬張っている。怪談好きと聞いていたので、もっと静かな人かと思っていたが、どうやらとても明るい人のようだ。
「日本家屋で麦茶とアイス。これぞ夏って感じだよねぇ……この流れで百物語とかやっちゃう?」
「百物語! 良いですね!」
先輩の言葉に井田が食いつき始めた。何かを悟った俺は必死に話を戻した。
「せ、先輩……百物語はまた次の機会にしましょう! まずはテオのことを……」
「あぁ、そうだった。ごめんごめん」
謝る先輩の隣で、竹村がほっとしたように頭を垂れた。
アイスを食べ終わると、先輩は髪を片方の耳に掛け、低めの声で話しかけた。
「さてと……じゃあさっそく、テオくんについて詳しく聞かせてくれる? 竹村くんからのメッセージでだいたいのことは分かってるんだけど、もう少し詳しく聞きたいんだ。テオくんと出会った時のこととか、覚えてたら話して欲しいな」
「はい、分かりました」
俺たちはテオの正体を解き明かすためにも、覚えているだけの思い出を細かく振り返ってみることにした。
「俺たちがテオと知り合ったのは……」
俺たちがテオと知り合ったのは、小学六年生の夏休み。遊ぶ約束をして校門の前に集まると、いきなり声を掛けられた。
「ねぇ、みんなで何してるの?」
振り向くと、見慣れない少年が立っていた。灰色のキャスケットに白いシャツ、サスペンダー付きの黒いズボンを身につけたその姿は、まるで外国の子どものようなお洒落な印象だった。
「え? な、何って……今から遊びに行くんだよ」
「遊びに行くの? じゃあ、良かったら僕も一緒に混ぜて」
「君、お友達いないの?」
「いっぱいいるけど、みんな大きくなっちゃって、遊ぶ時間が無いんだって。だから、新しい友達が出来たらいいなって」
俺たちは顔を見合わせ、少し話し合った。少年の言っていることはよく分からなかったが、俺たちも新しい友達が出来るのは嬉しかった。俺たちはその少年と一緒に遊びに行くことにした。
「お前、名前は?」
「テオ」
「テオ? 変わった名前だなぁ」
「でも、お洒落で良い名前だね」
「そ、そう? ありがとう」テオは少し照れ臭そうに笑った。
「ええと、君たちのお名前は……」
「俺は霧島皓。こいつは竹村勇輝。そしてこいつが井田晴人」
「そっか。うーん……コウちゃん、ユウちゃん、ハルちゃんって呼んでいい?」
「いいよ」
それから俺たちは小学校の近くの公園で遊び、「かわせ文具店」でノートを買った。テオも興味深そうにペンの試し書きをして、きらきらと目を輝かせていた。思い返せばそれはまるで、初めての経験に胸を躍らせるような表情だった。
「……それがきっかけで、テオくんと君たちは仲良くなったんだね」
「はい。夏休みの間は何度も一緒に遊んでました」
「でも、彼の家や電話番号はずっと分からなかった?」
「はい。聞いてもはぐらかすような感じで……教えてくれませんでした」
俺が答えると、伊藤先輩は少し考え込んで、質問を続けた。
「……その子と最後に会ったのは、いつ?」
「えっと……夏休みの最後の日、だったような」
「じゃあ、夏休みが終わってからは会わなかったんだね」
「はい」
先輩は再び考え込み、メモ帳にペンを走らせた。今まで伝えた情報を整理してくれている。
「あの、先輩。何か分かりそうですか……?」
「うーん、詳しいことは分からないけど、幽霊じゃなさそうだよねぇ……長袖のシャツ着てたけど、君たち全員に見えてるし。あと、他にもテオくんと会った人が……ん?」
突然、ペン先が止まった。先輩は顔を上げた。
「ちょっとごめん。そこのアルバム見ても良い?」
「え? は、はい。どうぞ」
井田がアルバムを渡すと、先輩はページをぱらぱらとめくり始めた。
「えーと、確か……あ、あった」
開かれたのは、あの「本校のあゆみ」のページだった。そのページを見ながら、先輩はスマートフォンで何かを調べ始める。
「……実はね、今思い出したんだけど……露原小学校には、ある噂があったんだよ」
「う、噂?」俺は尋ねた。
「うん。七不思議みたいな感じでね。しかも、それがまた変わった噂で……」
先輩はそこから声をひそめた。
「……『図工室の横に飾られている絵の中の人物が、ときどき絵から抜け出して遊びに来ている。そして、その人物に会った人は幸せになる』。こんな噂、聞いたことない?」
「うーん……すみません、あんまり覚えてないです」
「そっか。小学校の頃だし、当時その噂を知ってた人もあんまりいなかったからねぇ……結構珍しい噂だったけど……」
確かに、巷によくある学校の怪談とは少し違っているような気がする。危害を加えられることもなく、不思議だけど優しい噂だ。
「でも、その噂とテオくんがどう関係しているんですか?」
井田が尋ねると、先輩は静かな口調で言った。
「さっき、もうひとつ思い出したことがあってね……私の知り合いに、その絵の中の人物に会ったっていう人がいたんだ」
「え?」
先輩の口調はあまりにも真面目だった。
「一緒に怖い話クラブに入ってたから、その話を直接聞いててね。簡単に言うと……夏休みの間に知り合った家も電話番号も知らない子が、学校始まったら絵の中にいたって話なんだけど」
「え? ちょ、ちょっと」
「その話って……」
「そう、君たちの体験と似てるんだよね……あり得ないって思うでしょ? でもねぇ、今このアルバムに書いてあった絵を調べてみたら……」
先輩は俺たちに、スマートフォンの画面を見せた。
「こんな絵が、出てきたんだ」
一番上の検索窓に、「我伊野照生 露原小学校 絵」という文字が入力されていた。我伊野照生。アルバムにあった、ニ〇〇五年に絵を寄贈した画家の名前だ。そしてその下に、検索して出てきた画像があった。
俺は思わず、息を呑んだ。
〈つづく〉
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