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【小説】ある駅のジュース専門店 第29話「ひろちゃん」

 その日、私は友達と遊園地まで出かけ、たくさん遊んで帰りの電車に乗っていた。
「楽しかったねー」
「ねー」
 大きな紙袋を友達と一つずつ持ち、顔を見合わせて笑い合う。紙袋の中にはクッキーやキーホルダーなど、遊園地で買ったお土産がたくさん詰まっていた。
「このバッグ、普段使い出来そうで良いよね。これにキーホルダー付けて使おうっと」
「お、良いね! 私も後でバッグに付けるわ」
 車内を見回すと、同じ紙袋を持った人を五人ほど見かける。あの人たちも遊園地に行ってきたようだ。
「見て! 夕焼け綺麗!」
「本当だ、真っ赤じゃん!」
 窓から見える景色に思わずはしゃいでいると、後ろから「あの、すみません」と話しかけられた。
 座席の前に立っていたのは、小学生くらいの男の子。可愛らしい電車のイラストがプリントされたTシャツを着て、まんまるの瞳でこちらを見ている。
 男の子はたどたどしい口調で尋ねてきた。
「つぎは、なんていう駅ですか?」
「え? えーっと……」
 答える前に、アナウンスが響き渡った。
「ご乗車ありがとうございます。次は、⬛︎⬛︎……⬛︎⬛︎です」
「な、何これ?」
「今なんて?」
 車内がざわついた。アナウンスに激しいノイズが重なって、駅名が全く聞こえなかったのだ。
「ごめん、分かんないや……」
 目の前に佇む男の子にそう言うと、「そうですか……」と少し残念そうな顔で俯く。
 窓の外はもう真っ暗だった。明かり一つない闇の中、前方にぼんやりと白い駅舎とホームが見える。急に空気が重くなり、得体の知れない不気味さを感じた。
「何ここ、知らない駅……君はここで降りるの?」
「つぎで降りるつもりだったんです。でも……ここでは、降りない方がいいかも。危ないから」
「え?」
 振り向いた時にはもう、男の子の姿は無かった。
「あれ? あの子……」
 辺りを見回しても男の子はいない。親のところに戻ったのかと思ったが、親らしき人も見当たらなかった。
「あの子、どこ行っちゃったんだろ」
「……もしかして」
 友達はパッと目を輝かせた。
「ひろちゃんかも……!」
「ひろちゃん?」
「本で読んだことある。電車が好きな男の子のお化けだよ」
「え……お化け?」
「うん。電車に乗ってる他の人に、『つぎは、なんていう駅ですか』って聞いて回るんだって」
「えっ、それって……」
 先程聞かれたことと同じだ。思わずぞくりとした。
「でも悪いお化けじゃないし、きっと大丈夫でしょ。あー可愛かったなーひろちゃん!」
 友達の笑顔を見ているうちに、ふと、先程まで重かった空気が軽くなっていることに気付いた。あの不気味な駅を既に通り過ぎたからだろうか。
 もしかしたらあの男の子は、私達があの駅で降りないように守ってくれたのかもしれない。心の中がじんわりと温かくなるのを感じながら、私は電車に揺られていた。

                〈おしまい〉

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