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「里山」という物語 / 発信の方向性についてモヤモヤ考える回

今日は、自分の発信の方向性について。

先日書いた「スローライフじゃない話」が、note編集部さんにピックアップしていただけたおかげで、今までで一番読んでいただけて、感謝です!

今回は、今後も発信を続けていくために、あくまで自分の頭の整理のために、モヤモヤ考えていることなので、内容が伝わりにくいかもしれない。

ただ個人的には重要なお話なので、ぜひ皆さんにも、気分転換程度に読んでいただきたいと思っている。

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日々の発信を始めて、3週間ほどが経った。

去年の暮れに、自分の社会的な立ち位置や、これまで溜め込んできたことを見つめ直して、それらを内に留めずに、誰かの役に立つのであれば、共有しようと思い立った。まがいなりにも、「クリエイター」を仕事にしているから、伝える力を鍛えたい、という思いもある。

まだまだ新参者だが、他の発信者の皆さんの熱心な活動を見ながら、もうすでに自分の方向性について悩み、考えを巡らせている。

これまでの数少ない発信では、あまりネタを入念に準備するということもなく、自然と内から湧き出てくることを話してきた。

東京から岐阜への移住前後で感じたことや、里山という存在の魅力と実態、というようなことについての「物語」を、自ずと湧き出てくるままに、あるいはこれまで頭の中に溜め込んできたことをお伝えしてきた。

しかし、ずっと心の中にモヤモヤとした違和感があった。

何のために活動しているのか?

ハッキリ言ってしまえば、その違和感はこうだ。

僕はいわゆる「地方移住」や「里山暮らし」、「田舎暮らし」というようなものについて、それを誰かに勧めたくて、活動や発信をしているわけではないということ。そのことに気がついた。

「地方創生」というワードにしても同様。地方を盛り上げること自体が目的ではない。

誤解がないように伝えておくと、もちろん僕の活動が移住を考えている方の参考になれば嬉しいし、移住仲間が岐阜とは言わずとも、全国的に増えてくれたらそれは素直にありがたい。

今後、地方が活性化することは日本として必須だと思う。

ただ、あくまで僕の活動および発信の目的はなんだったのか?というお話。


そもそも、僕が東京から岐阜に移住したのは、東京での生活に退屈を感じ始めていたから。

もっと自由で、新しくて「本物の世界」がどこかにあるはずだと信じて、飛び出してきた。

岐阜の里山での暮らしの中で、確かにそういう「本物の世界」と、そこにある「物語」は少しずつ、確かに見つかりつつある。

当然まだまだ僕に全てが見えたわけではなく、この里山において、人々が長い歴史の中で繋げてきた地域文化、山や川といった自然環境の深淵、あるいは自分と身の回りの人との繋がりの中には、まだ見ぬ面白さや不思議さ、人智を超えた生態系やリズム、真実が広がっているのだろう。

きっとその旅が終わることはない。

「物語」としての里山

さて、僕は小さい頃から、映画やゲームが大好きだ。

東京にいた頃は、そういった作品の中の非日常的な世界、現実を超えた世界にいつも憧れを抱いていた。そこにある「物語」に思いを馳せ、メッセージに感動し、感化され、現実の暮らしの「糧=生きがい」にしていた。

ここまでのことを踏まえて考えると、つまりこの里山暮らしもまた、僕にとっては映画やゲームと同じように
「ここではない世界」への冒険の延長線上にあるのかもしれない。

移住という行動そのものが、僕にとっての「旅」だった
という事実に気づかざるを得ない。

(ここまでで、今回お伝えしたいことの8割だ。)

だから正直に告白すれば、移住当初の僕にとって、この「里山」というフィールドとそこでの暮らしは、一種の「フィクション」だったということにになる。

そして日々の暮らしを送る中で、それは今や「ノンフィクション」に変わったわけだけど、同時に僕の中では依然としてその暮らしは、客観的に見ている「一つの物語」として存在していることも、否定できないわけだ。

何を求めてここへ来たのか、ということを思い返す。

「現実」と「物語」の間で感じる葛藤

これまでの投稿でも、僕は偉そうに里山というフィールドについて移住者目線で語ってきた。

だけど客観的に見れば、僕はまだこの土地にしっかりと根を下ろせていないのかもしれない。どこか浮き足立っているのかもしれない。

リアルな暮らしをしながら、それを「物語」として見つめる。

このギャップに、時として苦しさを感じることもある。

なぜなら、現実の暮らしは、僕の考え方に関係なく、過去から未来へ、確実に続いていくものだからだ。

確かにそこにある里山

物語として見つめることの意味

でも、現実の暮らしを物語として客観的に見つめることで、そこで新たな発見や価値、気づかなかった感情との出会いがある。

映画やゲームが作り出す世界が、僕にとって新しい視点や価値をもたらしてくれる大切な存在だったのと同じように、それは決して悪いことではないと思う。

毎日続いていく平凡に思えた日々が、面白くなる。
当たり前だった人間関係が、ありがたいものであることに気づく。
まだまだ世界には、自分が知らない未知の側面があることに気づく。

こうして僕らは、明日という新しい、また旅をはじめる。

(「また、旅」=「MATATABI」が僕の屋号の語源なのはナイショ。)

ちなみにゲームについて、皆さんの中には他のメディアと比べて「物語性」を見出しづらい方もいるかもしれないが、僕の年代の幼少期とは全く異なり、今やゲームは、映画と肩を並べて、独自の世界観でプレイヤーをのめり込ませ、現実にも通じるメッセージを届けてくれる、立派なメディアとして成立しつつある。(そういう作品も存在する、という話。)

何なら、その世界の中で自由に手足を動かして、ときに物語を操作する選択肢さえも僕らに与えてくれるものもあるのだから、ゲームはもはや映画と同じ、あるいはそれを超える体験として認識せざるを得ない。

現実を生きることの大切さ

当然、この暮らしが紛れもない現実であることも忘れてはいけない。

日々の暮らしや、人間関係、自然の存在、ときには痛みを感じることで、自分の感情や身体が、この場所に存在していることをしっかりと受け入れることが必要だ。

それこそが「生きる」ということなのだろう。

時には何も考えずに田んぼで作業をしたり、焚き火をしたり、家族と過ごしたりする時間も大切にしていきたい。

間違いなくそこにあって、手放したくない暮らし。

これからの発信の方向性

ここまでの話を踏まえて、自分の発信の話に戻ると、だからといって突然大きくこれまでと内容が変わるというようなことでもない。

ただこれからは、ここまでお話してきたような、現実を客観的に見つめて、物語から何かを得る「物語ドリブン」な生き方を前向きに受け入れていきたい。

映画やゲームのような「フィクション」の世界も、この里山のような「ノンフィクション」の世界も、どちらも大切にしながら、そこから得られる何かを現実の暮らしに活かしていく。

里山というフィールドには、「大切に残すべきもの」ではなく、むしろこれからの時代にこそ必要とされる、新しい価値が眠っている。

そしてそれを、必要とする誰かに届けていく。

だから僕の活動の一番の目的は、田舎暮らしを勧めることではなく、世界中どこに住んでいようと、その誰かの明日が少しでも豊かに新しく、また旅がはじまるような物語を届けていくことだ。

なんせ僕は「映像作家」として名乗っている以上、得たものを何らかの形に表現して、届けるところまでがミッションだから。

映像というメディアそのもの(技術や、機材なども含めて)についても言及していくことになるだろう。

それが活動と発信の主軸になるだろうと思う。

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<プロフィール>
シンディ / Hiroaki Shindo
映像作家・写真家。東京で映像プロダクションに勤めた後、2020年、東京から岐阜に移住。里山をフィールドに自然農の米作り、古民家ゲストハウス、自然体験ガイド、子育てなどを礎に活動を続ける。
個人のテーマとしてこれからの豊かな「人間らしい生き方」を、さらに里山エリアの地域文化や自然環境、共感するプロジェクトにおいて、身の回りのまだ紡がれていない「物語」を探究・表現することで、誰かの人生を少しでも豊かにする体験を提供している。
映像においてはドキュメンタリーでありながら、視聴者をのめり込ませ、感情を揺さぶるシネマティックな表現を追究している。

<映像制作のご依頼>
企業やプロジェクトが持つ、あなたが伝えたい物語を一緒に見つけ、届けるお手伝いをします。下記プロフィールよりご連絡ください。作例あり。

<里山の暮らし・あそびを体験できるお宿>
古民家ゲストハウス 源右衛門 -Gennemon- の詳細・ご予約はこちら。

<その他>
InstagramX では日々のイメージの記録を。
stand.fm で音声配信もはじめました(平日はほぼ毎日放送中)。
noteでは引き続き、日々の活動を文章と写真で綴っていきます。

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シンディ
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