花咲か爺さんへの道
下関の実家には、鯉が泳ぐ池や、松や梅の樹々と庭石で造形された庭園があった。父が自分で設計し、石や灯篭を置き、木を植え、鯉を少しずつ増やし、根気よく築いていった庭。濡れ縁から眺めると、ちょっとした古刹の和風庭園なような趣があった。山茶花の枝に百舌(もず)が早贄(はやにえ)し、鯉を目当てに白鷺が飛来、時には近隣の森からイタチも顔を出すこともあった。今はもう池には鯉はいなく、水面を覆うように枝を拡げていた松や、寒空に映えた椿も伐採された。「私ひとりじゃ、鯉や高い枝は世話しきらんよ。もう切るね」父が亡くなってしばらくした頃、母は電話でそう告げた。
いつからか、母はその庭にいろんな花を植え始めた。やがて静かな常盤の趣の和風庭園はいつの間にか季節ごとの彩が楽しめる「花の庭」となった。一日の大半を庭で過ごす母。その母を慕うようにたくさんの花が庭を覆い、縁側には様々な仕立ての菊鉢が並び、池には水蓮が浮かんだ。一晩しか咲かないといわれる月下美人(A Queen of a night)をきれいに咲かせた夜にはその画像が翌朝の新聞紙面を飾ったこともあった。
私が横浜に家を建てた時に、クリスマスローズやムスカリ、姫ヒオウギ、チリアヤメの株や種子を母からもらって、坪庭に植えた。それらは少しずつ大きくなり、増えてゆき、今では狭い庭がとても賑やかになってきた。
「雑草や野草だってちゃんと生きてる。悪いことはなんもせんのよ」が母の持論。だから、なるべく雑草を抜かないのが彼女流のガーデニング。どうしても背丈が伸びた雑草が他の植物の光を遮ったり、木々の枝が小径をじゃまする時には「ごめんね。ごめんね」と呟きながら草を抜き、木の枝を切る。
苔生した庭石や灯篭、父が遺した鎮石がそんな母を見守っている。
「師匠、いつまでも元気でいてください。庭いっぱいの花を咲かせてね」自宅のベランダから西の空を見上げて春の空気を吸い、今日も小さく独りごつ。
【2020年(令和2年)5月2日】
GWが始まりましたが、新型コロナウイルスのおかげで、まったく行楽や旅行とは無縁の休日となりました。緊急事態宣言も発出当初は5月迄までの予定でしたが、延長を余儀なくされそうです。今日も全国で261人の新規感染者(うち東京は160人)、現在の感染者数は全国で11,702人、累計では14,544人が感染したことになります(横浜港のクルーズ船感染者を除く人数です)。ナツもほとんどが在宅勤務です。名古屋にいるユウも、東京よりは少し遅れての在宅対応となったようです。外食もできないのでずっと自宅での食事です。名古屋でひとり暮らしのユウのことが気にはなりますが、まあ食品会社に勤めているので、なんとか暮らせているようです。
母さんは大丈夫ですか?すぐにでも行きたいのですが、今、東京からそっちにいくと近所のおばちゃん達が戸惑いそうなので、仕方なく我慢しています。 電話では食材にはこと欠かないと言ってましたが、本当に大丈夫ですか?熱が出たり、咳き込んだりしていませんか? ちょっとでも変わったことがあったらすぐに電話くださいね。
チェリーがいなくなって、公園や丘を散歩するのをやめていたのですが、今日はひさしぶりに近くの里山公園をひとりで散歩してみました。竹林にはタケノコが背丈を伸ばし、遊歩道の周りでは野草がいっせいに花を開いています。小川にはオタマジャクシが泳ぎ、坂の小路をのぼると汗ばむくらいの陽気となりました。公園を抜けて野球グランドの坂を下りると芍薬の植わった畑が広がります。色とりどりの芍薬がそろそろ満開です。「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」なんとも美しい表現ですが、最近の人たちは知らないでしょうね。これは、美しい女性の姿を花にたとえた表現だと思っていましたが、実は、花を最も美しく干渉する方法を表したものという説もあるそうです。つまり、芍薬は立って眺め、牡丹は座って観るのが最も美しく、百合は歩きながら眺めるとその美しさがわかる、ということを表現しているそうです。正解はわかりませんが、いずれにせよなるほどと思ってしまいます。
バス通りを渡って、丘を上ると、そこは「花桃の丘」です。紅白の花桃が満開になる頃は多くの人が訪れるんですよ。チェリーの大好きだった散歩道で、県外からもたくさんの人が訪れます。緑地や公園が多いこの街では春になると梅、花桃、桜、つつじ、紫陽花が順番に咲いてゆきます。
わが家の坪庭にも、母さんからもらったいろんな植物が花を開きました。ムーミン谷のスナフキンのように、わが家に春の当来をつげるムスカリから始まり、李、桃、クリスマスローズ。そして春が深まるにつれチリあやめ、ひめひおうぎ、アッツ桜も咲きはじめました。どれも小さくかわいい花です。スペアミントもずいぶん増えました。
フェンスを縫うように広がる「3薔薇」も順番に花を咲かせています。黄色い木香バラ、白いミニバラ、そしてグラデーションの効いたピエール・ドゥ・ロンサール。そうそう、鉢植えの赤い芍薬もだいぶ蕾がふくらみました。
母さんが庭の雑草を抜く時には「あんたらに罪はないんやけど、ごめんね」と、独り言を言いながら抜いています。これは庭仕事する時の母さんの口癖です。母さんの育てた花を見て私が「本当に花咲かせるのがうまいね」と、心底感心して言うと「子育ては下手やったけどね」と笑いながら言います。これも長年の定番ジョークです。
父さんが築いた庭。そこの花木を眺めながら、剪定したり、草抜きしたりしながら母さんと話をするのがとても好きです。
花のことをたくさん教えてください。月下美人を咲かせて新聞記者が飛んでくるような「花の師匠」の跡を継いで、いつかは「花咲じいさん」になれればいいなぁ。