神無月 父と柴犬とぜんざい
10月は神無月。農作物の収穫のシーズンを前に、各地の神様は出雲大社に行き、大国主命(オオクニヌシのミコト)のもとで行われる「神議り(かみはかり)」に参加する。こうして各地から神様が消えることで「神無月」と呼ばれた。一方、神様が集う出雲では「神在月」と称される。「神議り」は、農作物の収穫量や、縁結びなど、里の人々にとっての重大事が決められる大事な会議であり、神様は出席しないわけにはいかなったのであろう。
古事記によれば、葦原中国(あしはらのなかつくに)という豊かな国を築いていた出雲の神・大国主神(おおくにぬしのかみ)は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)をはじめとする高天原(たかまがはら)の神々にその国を譲ったとされている。大国主神は国譲りの条件として、自らが祀られる立派な神社を作るように求めた。天照大御神はこれを認め、出雲大社が建立された。天照大御神の認めた直系の神々を天孫と呼び、以後、高天原グループの神々が地上に降り立ち(天孫降臨)地上を治めることなった。
ストーリーとしては上記のとおりだが、実際はあっさりと「国を譲る」はずもなく、戦乱が繰り返されたのであろう。そして最終的には、天照大御神+高天原グループがかの地を手に入れ、大国主神の怒れる怨霊を怖れ、その霊をなだめ封じるために出雲神社を建てたという説もある。
出雲という街は、神話の舞台として古事記や日本書紀にたびたび登場する。姉の天照大御神が弟の須佐之男命(スサノオ)の粗暴さを嫌い、天の岩戸に隠れたことで、スサノオは高天原を追放された(神逐)。そのスサノオが降り立った地が出雲であり、八岐大蛇を退治した後、出雲の一角を訪れ「気分がすがすがしくなった」として「須我」と命名し、そこに宮殿を建てたという。この須我神社が日本初の宮殿とされ、「日本初之宮」と呼ばれる。
神話はいくばくかの史実に基き、そして後世の恣意も含まれる。だからこそ、歴史にはロマンがある。
父は歴史好きだった。書棚には吉川英治、海音寺潮五郎、司馬遼太郎の本が並び、休みの日には、縁側に座ってお茶をすすりながら、歴史書や古書を紐解き、その隣で犬が寝そべっていた。母が甘味菓子をお盆に載せて持ってくると細い目をさらに細めて微笑んでいた。
甘味好きは私に引き継がれた。とはいえ、私が好きなのは主に洋菓子だが、父は餡子やお餅が好物で、特に、おはぎや羊羹、そしてぜんざいが大好きだった。
そういえば、おはぎやもぜんざいも、しばらく食べていない。遠くなつかしい食べ物になってしまった。
【2024年10月6日 父の誕生日】
母さん、今日は父さんの誕生日ですね。昔、大学生になって、仕送りのために山口銀行の口座で、ATMカードを作ったときに、暗証番号を父さんの誕生日にしなさいと言われました。その時は、あまり深くも考えずにそうしましたが、今は母さんの気持ちがわかります。
「お金をおろすときに、必ず父さんを思い出しなさい」そう私に伝えたかったのですね。
次男ユウスケが大学を卒業したとき、その卒業式の帰りに、自分でも想像してなかった感情が急にこみあげてしまい、動悸が激しくなり、汗が吹き出し、あわてて駅の構内のカフェにかけこみました。冷たい飲み物を飲んで、呼吸を整え、ネクタイをゆるめ、目をとじてソファに深く座り、気持ちを落ち着かせました。
二人の息子が学業を終え、社会人になる。大きな会社に就職し、これからは自分の人生を自分の責任で歩み始める。ごく当たり前の出来事ですが、私にはそれなりの重責だったのかもしれません。この「想像してなかった感情」の正体は「嬉しさ」というより「安堵」だったみたいです。
会社勤めをやめ、今の仕事に就いてからは、時として会社の経営もピンチを迎え、かなりきつい時期もありました。二人の息子に、ちゃんと教育を受けさせることにも黄信号だった時もありました。私が落ち込み、イライラしたこともおそらく何度かあったでしょう。ひょっとして、彼らも、そういうときには、雰囲気を感じ取っていたのかもしれません。
個人事業者だった父さんが、私とチエミを東京の私学に送り出して、仕送りを続けてくれたこと、今更ですが、感謝してます。すごく大変だったと思います。地場産業が斜陽化し、人口が減る街で、深夜までタクシーを流しても、その売り上げが大きく伸びることはなかったでしょう。それを何十年も続けて、最後は体を壊し、人工透析を受けながら逝ってしまいました。
身を削って、高等教育を受けさせてもらった私が、それをベースに世に出ることを父さんは期待してたはずです。期待はずれでがっかりしたでしょうね。
「ごめんね」も「ありがとう」もちゃんと言えなかったことが悔やまれます。
今日は、近くの甘味処でぜんざいをいただきました。とてもおいしかったです。柴犬好き、歴史書好き、そして甘味好き。父さんから受け継いだことはこれ以外にもっとあるはずです。これからの人生でそれを探してみます。