郵便受け:超えられない壁
「あんまりいい気にならないで。幸せになり過ぎないように。あなたは子供を殺した。僕を殺したんだ」
そうじゃないよ。
僕はそんな事を思っていないよ。それなのに、あなたには、今でもこんな言葉が聞こえているみたいだ。
僕があなたの一部になっていると、あなたは思っている。それは本当の僕の言葉じゃないんだ。あなたが苦しんでいる事を僕は知っている。けれども、僕はそんな事を望んでなんかいないんだ。
あなたはクリスマスの日にも、毎年のあなたの誕生日にも、当然、あの事故が起きた日にも、僕の事を思い出してくれている。知っているんだよ。だから、もう自分を責めなくていいんだよ。
あなたが大学を卒業した日も、働き始めた日も、結婚した日も、僕は本当にお祝いしていたんだよ。それなのに、あなたはいつも浮かない顔をしていた。
「あの子が生きていたら何歳だろう?私だけが幸せになってはいけない」
そう思っていたよね。もういいんだよ。
あの日、僕は家の郵便受けから家に戻る途中だった。
僕が住んでいた家。今でも、お父さんとお母さんが住んでいる家なんだけど、道路を挟んだ向こう側に郵便受けがあったんだ。
僕が死んでから、郵便受けは家の前に移されたんだけど、あの日、僕は、僕宛に届いた手紙が嬉しくて、それを早くお母さんに見せたくて道に飛び出しちゃったんだ。
それほど車が通らない道だったんだ。
そうだけど、いつもお母さんからは、「気を付けて渡りなさい」って注意されていた。そういう事を、僕がしっかりと守っていたら、あなたを困らせる事もなかった。ごめんね。
よく覚えていないんだけど、大学生だったあなたは、スピードを出して運転していたわけじゃなかった。そうだと思う。
僕が悪かったんだよ。急に飛び出したんだからね。
「痛い」って思う前に、僕の意識はなくなった。
気がついたら、僕は僕のお葬式にいた。すぐにわかったよ。僕は死んじゃったんだって。
涙は出なかったよ。
みんなが僕の事を視えないだけで、僕は同じように生活できる訳なんだから、悲しくなかった。むしろ、どこにでも行けるというのが嬉しかった。僕は飛べるんだよ。それに、思い浮かべた人の所には、瞬間移動もできるんだ。あと、僕の事を思い出してくれている人の事がわかるんだ。特に家族と、あなたの事はね。
怖がらせるつもりはないよ。
ただ、あなたには幸せになって欲しいんだ。
それを、どうにか伝えたかったんだ。
だって、今日は特別な日なんだから。
あなたはお母さんになったんだ。
僕の事は時々、思い出してくれるだけでいいよ。
むしろ、忘れちゃってくれてもいいんだよ。
それよりも、今日生まれたこの男の子の事を考えてあげて。
わかっているよ。
僕と同じ名前をつけるんだろ。
ちょっと照れ臭いらしいけれど、僕のお母さんも実は喜んでいるんだよ。
あなたの気持ちは僕のお母さんにも届いているよ。
わかるかな?
起きてからも憶えていてくれたらいいけど。
これは、夢だけど夢じゃないんだ。
僕もこの子を見守るよ。
今までありがとう。
もう、苦しまなくていいよ。
あなたは、生きている。そして、この子の為に、これからも生きなきゃならないんだよ。僕と同じ名前の子は、あなたに笑いかけるよ。
だから、あなたも心から笑い返してあげてよ。
そうする事の方が、僕も嬉しいんだよ。
おわり