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はっきりしない待合室
日が昇り始めた清々しい時間。対面のホームでは、人が列を作りはじめている。「まもなく電車が参ります」機械のアナウンスのそれを、無意味な事だと俺は思わない。駅という場所を創る為には、何かの音が必要なのだ。物足りなさを補う為ではない。駅を演出する為なのだと俺は思う。
「みんなが私達を見ているみたい」
俺だけじゃない。俺達は、そこにいなければならない訳でないのに、そこから動き出せなかった。
「そんな訳はないけれど、そんな気がするな」
「うん。私達ってどう見られてるかな? 出勤前の人だと思われてるかな」
「俺だったら、そうは思わないな」
十席にも満たない狭いガラス張りの待合室には、俺達以外の誰もいない。通勤する人達は、反対側のホームにいる事がほとんど。俺達がいるホームから、電車を待つ人はほぼいない。この先にも商業活動はある。しかしながら、多くの人は向こう側の方が稼げると思っている。俺達のホームには本当に人がいなかった。
「じぁどんな関係かな」
俺は切ない眼を正面に向けた。確かに向こうのホームにいる人達は、退屈しのぎのつもりで俺達の関係を探っているのかもしれない。
「一夫一妻制のカップル」
「なにそれ」
茶化してしまうように、結花は笑った。好きだと言えても、愛しているとは言えない。そんな真剣な顔を俺はできなかったし、この待合室を出て行く決心ができないままでいた。
「じゃあ、逃亡者の二人組。逃亡二日目ぐらいの緊張感出てるヤツ」
結花が子供のように天真に哄笑して、背もたれに全体重をあずけて、ふんぞり返って「その方がいいね」と言った。
「まだここにいる?」
「うん。結花は寒くない?」
向こう側のホームに電車が止まった。電車は人々を吸い込んでいる最中でありながら、ドアを閉めるをもどかしくしているように見えた。結花の問いかけは、俺に帰る事を促しているのではない。その先を聞きたいだけなのだろう。
「ううん。寒くない。帰らなくていいの?」
「帰りたくない」
「いっその事、私の所に来る?」
それが出来ないから、待合室にいる。けれども、そんな事を俺は言えなかった。物足りなさは感じている。それを補うのは言葉なのか、行為なのだろうか。俺は、向こう側の出ていく電車を目で追いかけた。
「次の電車が来たら乗る」
「ホントに?」
「乗るつもりだと言っとく」
互いに顔を見た。ふと彼女の子供の事を俺は考えた。一緒に住むつもりなのにそれができないと言っていた子供の事。はっきり言えないのは、そんな事情が越えてはいけない線のように感じているから。
「寒くなってきたね。一緒にいたい」
「俺だってそう思う。二人だけの場所でな。それができたらいいな」
「うん。もうすぐ十二月だよ」
十二月が意味する事は、なんとなくわかっている。恋人達の季節。俺達はそんな過ごし方ができない。
「十二月か。今年が終わっていくんだな」
「うん」
俺は自分の指を、結花の指に絡めた。五本の指が重なり合って、固く閉じた複雑な形の貝のように見えた。
「電車来るよ」
「うん」
何度も電車を見送る事はできない。それでも、何度も見送ってきた。太陽が本格的な光を放つ。そっと包み込んだ手に、もう少しだけ力を加えた。確かな優しい感覚が結花からも伝わってくる。迷いがないわけではなかった。それでも、俺は手を握り続けた。
俺達の関係を、演出する為の言葉が存在しないように感じているのに、俺も結花も言葉を求めてしまう。今度は俺達のいるホームに電車がやってきた。その頃には向こう側の乗客が再び集まっていたのだった。
おわり
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![中島亮](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/37890943/profile_aaa9b95afb2ccff9fdca4b4842326d23.jpg?width=600&crop=1:1,smart)