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因果 Go! Go!
【3645文字】
雲が晴れて
満天の星が現われたり
帰宅途中の通勤電車から
見事な半円の虹が見えたり
足元に転がって来たサッカーボールを
フェンスの向こうの少年らに
蹴り返してやったり
カフェで読書をしていると
向こうの席に居た人と
同じ柄のセーターだと気付いたり
いつも元気な同僚が
その日は発熱で休んでいたり
親が突然故郷からやって来たり
BARの階段を踏み外し
あわや転倒しそうになったり
全ての出来事は単に偶然だと
本当に言っていいのか
僕は少し懐疑的に思ってみた
世界は偶然の集大成で出来上がっている
と感じるのは
人間が単にバカだからじゃないのか?
と思ったりした
・・ちょっと言い方悪いか
自然の摂理や法則は
あまりにも複雑すぎて
それらを正確に予測しようとした時
人間の知恵や想像力程度では
全く追い付かないのではないか
事実追い付いていない
と思ったのだ
仏教で因果応報というが
結果があるならその原因は必ずあり
その原因はまた何かの結果だったり
良い行いは良い結果の連鎖に
悪い行いは悪い結果の連鎖へと
繋がっていくのだという
別に悟ろうというのではないので
ここでは良し悪しは置いといて
「結果があるならその原因は必ずある」
という考え方について
激しく同意したいと思う
部屋が汚れてるなぁ
と思った時
なぜ部屋が汚れているかというと
最近掃除を怠っているから
なのか
または昨夜友人が3人やって来て
朝までどんちゃん騒ぎしたから
なのか
何かしら原因はあるものだろう
言ってみれば
原因のない物事は
絶対この世には存在しないのである
不運にも不慮の交通事故に遭った
という場合でも
加害側に事故を起こす意図が
あろうがなかろうが
事故は起こったのだから
原因は必ずあるのだし
居眠りだったのか
スマホに気を取られたのか
前々からいつかひき殺そうと思ってたのか
どうであれ事故の原因は必ず存在する
そしてその原因は
結果として事故を引き起こした
なぜ前方不注意になったか
スマホに気を取られたからで
原因は彼女からのLINEメッセージが
入って来たからだし
その内容がどうやら
誰かと間違って誤送信されたもの
のようだったからだし
なぜ誤送信したのかというと
それは彼女が
浮気相手と間違ってしまったからであり
なぜ間違ったかと言えば
アリバイ工作で混乱したからで
混乱したのは急いでいたからであり
急いでいた理由は‥
と全て繋がっていくのだ
しかもひとつの結果には
このような原因が複数ある
極めて難解複雑ではあるが
逆算的にたどれない訳ではない
つまり過去から遡ってみれば
この事故は起こるべきして起こった
という事になる
しかしあなたは
そもそもスマホに気を取られても
事故になるとは限らない
そう思うかも知れない
もしスマホがカバンではなく
ポケットに入っていたら
または
もし運転者があと0.3秒早く
前方の異常に気付いていたら
仰る通り
或いは事故は起こらなかった
かもしれない
しかし事故は実際に起こっている
過去の現実に「もし」は通用しない
精神的にも体力的にも
この事故を起こすしきい値を
わずかに超える疲労度だったとか
夕方の見えにくい時間帯だったとか
原因は他にも複数あるだろう
とにかく
事故は実際に起きていて
そして輻輳した原因がある
原因は一つではない
全ての原因を読み取れば
事故は起こるしかなかったのだ
起きてしまった事を
事実から遡るのはある程度できても
今後何が起きるかを想定するには
人間程度の知能では困難だ
ひとつの結果から
多くの原因を求める事もあれば
ひとつの原因が
多くの結果を招くこともある
過去の因果を紐解くことを歴史という
人間の歴史はこの因果の連続だ
ひとつの原因から
別角度の結果が多く現れる
例えば
「英国で産業革命が起こり‥」
力をつけた外国列強の帝国主義が
清国をつぶし日本にも迫る
その頃の江戸は幕府の権威も落ち
焦った改革派らは明治維新を起こし
その後列強化を急ぐあまり軍国化し
太平洋戦争に敗北すると
その反動から経済復興に成功
別な意味で先進国に加わった
とも言えるが
「英国で産業革命が起こり‥」
資本主義が確立し
大量生産大量消費時代がやって来て
軍需産業の発展と武器の機械化により
戦死者は桁違いに増加し
共産主義との摩擦による冷戦を経て
日本は米国の核の傘に頼るあまり
地位協定など政治的決定も削がれ
とうとう米国の属国化となった
とも言える
実に大雑把ではあるが
これらの因果に矛盾はない
勿論もっと細かい時間軸と事象で
限りなくミクロに及んでも
因果は必ず存在している
それらの集大成が
あらゆる所に重大な結果を複数残す
そしてそれらの結果が再び原因化し
次の未来に多くの結果を作る
この様に比較的新しい歴史は
因果を及ぼす条件がまだ明確に残る
その条件が曖昧な古い歴史を
「歴史の謎」と云ったりするが
歴史ファンとしては
それもなかなか楽しい
未だはっきりしない邪馬台国の場所や
光秀は何故信長に武力謀反を実行したのか
どれも結果こそ出ていて明白なのだが
原因が定かでない
この結果に結び付けられる原因は
いくらでも想定できるから楽しいのだ
答えを24にする為の計算式が
無限に作れるのと等しい
しかし事実は一つだけである
実際の条件がその原因へと導くのだが
その条件
つまり当時の心情や環境などが曖昧で
はっきりしないので分からないままなのだ
何度も言うが結果には必ず原因がある
たとえなんの前触れもなく
心身ともに健康で順調に生活している人が
思い付きで突如会社も家族も放り出し
ひとり旅に出かけたとしても
それは思い付きという原因があるのだ
なぜ思いついたのが脱サラではなく
ひとり旅だったのかも
必ず原因がある
他人には全く理解不能であろうと
なんであろうとも
結果には原因がどうしたって
嫌でもついて回るのだ
タイムマシンで過去に行って
自分の祖先がまだ子供の時に殺す
そこでいわゆるパラドクスが生じる
自分が生まれる原因がその時点で消滅し
過去に行って祖先を殺せる自分は生まれない
生まれない自分はタイムマシンに乗れない
すると子供の頃の祖先は殺されずに済むので
血統は現代まで続き
自分が生まれたので
過去に行って祖先を・・・
キリがない上に矛盾が生じる
完全なパラドクスだ
現実はこういった矛盾が
ミクロからマクロに渡って
全く生じないのだ
つまり現実とは
原因と結果である因果が
どんな些細なことでも
完璧に紐づいており
矛盾のない状態であるといえる
こういった因果について
少し調べてみた
すると
「決定論(determinism)」
という哲学的な考えが
既にあるらしい事がわかった
内容はほぼこれまでに書いた通りで
すべての出来事や行動が
過去の状態や原因によって
必然的に決定されるという哲学らしい
「人間についての因果的決定論」
というのがあって
「人間の行動や思考はすべて
自然法則によって決定されている」
というのだそうだ
つまり138億年前にこの宇宙が出来て
この今の瞬間まで
全ては決まった道筋をたどって来た
というのだ
それはつまり
今後未来も既に道筋が決まっていて
何ひとつ変化は望めない
とも言えるのだ
我々の人生も含め
宇宙は出来上がった瞬間に
その終わり方も決定している
という事になる
もしそれが事実だとしても
人間の脳では全ての因果は解明できない
宇宙規模からクウォークのミクロまで
全ての因果を測る能力は
人間の知能では絶対に不可能だ
もし今後恐ろしく賢いAIが登場したら
過去も未来も全て克明に明示され
未来の宝くじの当たり番号もあなたの寿命も
全部分かってしまうかも知れない
それは実につまらない世界ではないか
生まれて命を貰った意味は
ほぼ無いに等しく感じるだろう
1秒先も50年先も
全部お見通しの人生なんて
想像もしたくない
バカボンのパパではないが
人はバカでいいのだ
手頃にバカだからこそ
悩みもするがエキサイトも出来るのだ
それは一寸先は闇だからで
人間が適度にバカだったからだ
読み切れない因果は偶然だと言い切って
驚いたり泣いたり怒ったりワクワクしたり
そうでなきゃつまらない
しかし確かに事実として
結果がそこにあれば
原因は必ず紐づいて存在する
必ずである
その糸は複雑に交差し絡み合って
この世界を作っている
バカであるからこそその事は
事実であると知っておくべきである
なぜなら
あなたはこの記事を読むことも
「ああバカらしい」と感想を持つのも
既に決まっていた事であるし
申し訳ないが
これを読んだ上で人生を歩むという事は
今後生きる上で成し得る全てのことは
既に読まなかった人生とは
微かでも違う結果をもたらす
という事が決まっているからである
この微かな違いは10年後
とんでもない違いを生む
180度展開するような違いでなくても
手元でほんの0.1度角度が変われば
その延長線上の結果は大きく違うのだ
しかし人間の知恵は
これを想定し解明できる能力はない
分からないのであれば
決まっていないのと同じだ
事実としてこの記事でさえあなたにとって
何らかの結果をもたらす原因であるなら
今後あなたの一挙手一投足は
偶然を装ってとてつもなく大きな影響と
結果をもたらすのだから
遠慮することはない
知らなかったふりをして
画期的で大胆な行動力を示し
どんどん因果を繰り出していくべきである