Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第27話 「詭弁」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK
https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A
『主な登場人物』
原澤 徹:グリフグループ会長。
北条 舞:イングランド🏴3部リーグ『EFLリーグ1』所属 ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。
アベル:舞がペルー🇵🇪のホルヘ・チャベス国際空港で出会ったストリートチルドレンの少年。サッカーが得意というが・・果たして。
アリエン ロッベン:ドイツ🇩🇪1部ブンデスリーガ所属FCバイエルン・ミュンヘン選手。若い時から"エゴイスト"と呼ばれる程の積極的なプレイをする。
イサベル・スズキ:小学校時代のベラス・カンデラの恩師。ペルー🇵🇪日系女性。
イニゴ・モレーノ:グリフ警備保障南米支部勤務のペルー🇵🇪人。元軍人で、ラゴールの部下。
イバン:舞がペルー🇵🇪のホルヘ・チャベス国際空港で出会ったストリートチルドレンの少年。アベルと共に、孤児院より抜け出して育つ。
エーリッヒ・ラルフマン:サッカーワールドカップ2014優勝ドイツチーム元コーチ。現ロンドン・ユナイテッドFC監督。
エリアス・マイヤーズ:リマのギャング組織"tifón"の幹部。殺人を躊躇なく行う姿から、同じ苗字のホラー映画を模して"ブギーマン"と呼ばれる。
ジェド・豪士:アメリカ海兵隊隊員としてベトナム戦争に参加、海兵隊を除隊した後は傭兵として世界各地の戦場で戦い続けた。1979年のリビアでの戦闘を最後に傭兵を引退、以後はCMAの戦闘インストラクターとして生計を立てている。原澤会長、レンソ総支配人、ラゴール支部長の教官。漫画:パイナップルARMY主人公。
ジュニーニョ・ペルナンブカーノ:母国ブラジル🇧🇷のサッカーコメンテーター兼コンサルタント。現役時代、ブラジル代表として活躍、直接フリーキックによるゴール数77本の歴代最多記録を保持する。
セシリオ・ファン・レンソ:ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センター マネージャー(総支配人)。元アメリカ🇺🇸海兵隊を得て傭兵経験があり、原澤会長とは戦友でジェド・豪士の訓練生。
セロンド ムサカ:ソマリア国籍の難民選手。RSB希望。dreamstock(ドリームストック)にて、プロ選手を夢見る。ドイツ11部リーグ所属 難民だけのサッカーチーム ウェルカム・ユナイテッド03所属。
ディディエ・ラゴール:グリフ警備保障南米支部 支部長。元アメリカ🇺🇸海兵隊を得て傭兵経験がある。ジェド・豪士の訓練生。
仁科 智徳:ベラス・カンデラが通う柔道場館長。
バーノン・ランスロット:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。現在、舞の指示にてセロンド・ムサカの交渉担当に。
ベラス カンデラ:ペルー国籍の有望選手。ペルー🇵🇪1部リーグ プリメーラ・ディビシオン所属スポルト・ボーイズ選手。CMF登録。dreamstock(ドリームストック)にて、移籍先をチームからも期待される逸材。
ホルヘ・エステバン:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。
マニヤ・ティーメ:難民収容所所長。ドイツ11部リーグ所属 ドイツサッカー連盟初 難民だけのサッカーチーム ウェルカム・ユナイテッド03発起人。
マリオ・オッドーネ:ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センター アシスタント・マネージャー ドアマン。
リサ・ヘイワーズ:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 事務。
アイアン・エルゲラ:ロンドン最大のギャング組織集団『グングニル』の元リーダー。ロンドン・ユナイテッドFC選手。GK登録。通称アイアン。原澤会長に"舎弟"として気に入られている。
坂上 龍樹:ロンドン大学法学部1年。元極真空手世界ジュニアチャンピオン。ロンドン・ユナイテッドFC選手。CF登録。通称リュウ(龍)。
デニス・ディアーク:元バイエルンミュンヘンユース所属、元ギャング団グングニルメンバーの在英ドイツ人🇩🇪。ロンドン・ユナイテッドFC選手。 CB登録。
ニック・マクダゥエル:イングランド🏴とナイジェリア🇳🇬の二重国籍を持つ、元難民のロンドン・ユナイテッドFC選手。DMF登録。通称ニッキーと呼ばれ、アイアンとは幼馴染み。キャプテン。
レオン・ロドゥエル:特徴的なモヒカンヘアで、表情を変えない北アイルランド人。そのクールさから"アイスマン"と呼ばれるロンドン・ユナイテッドFC選手。LSB登録。
☆ジャケット:アベル、イバンを怯えさせるリマのギャング組織"tifón"の幹部エリアス・マイヤーズが似ていると言われているホラー映画"ブギーマン"の主人公 マイケル・マイヤーズ。
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第27話「詭弁」
「どういうことだよ!?話が違うじゃないか!!」
ここ、ペルー🇵🇪のリマにある、ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センターのタクシー乗り場で、交渉した知人のタクシーが来ない事に痺れを切らしたリマのストリートチルドレン、アベルが同行している、イングランド🏴3部リーグ『EFLリーグ1』所属 ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター 北条 舞のスマホを借りて連絡をとっていた。
「仕方ないだろ?どうしても、エリアスが使うと言ったんだ。先に、アベルの依頼がある事も当然伝えたさ!だが『だから、どうした?断るのか?』と平然と言われたよ。分かるだろ?彼に逆らったらとんでもないことになる!アベル、今回は諦めてくれ。非通知の電話に出ただけでも"よし"とするんだ。履歴も消しておくからな?じゃあ、切るぞ、またな。」
「Mierda(ちくしょう)!」
切れたスマホ画面を見て、アベルが吠えた。
「どうしたんだ、何かあったのか?」
イバンが心配そうにアベルへと近付くと、彼は舞にスマホを返して頭を何度も掻いた。
「ブギーマンの奴が、横取りしやがったんだ!」
「え!?ブギーマンが?」
「アイツ、許さねぇーーー!?」
激昂したアベルをイバンが宥めた。
「ま、待てよアベル。彼なら、仕方ないだろ?」
「馬鹿言うな!?俺達の方が、先だぞ!」
「で、でも、ブギーマンじゃ、相手が悪いだろ?頭を冷やせよ、な?」
アベルは、右手親指の爪を噛みながら、右往左往していた。
「ありがとう、アベル。それで十分よ。」
側で腕を組んで状況を見ていた舞が、優しく声を掛けるとアベルの肩が一瞬"ビクッ!"と動いた。彼は悔しかったのだ。彼女に認められ、自分は役に立つことが出来る、そう思っていたのに。第三者による横暴で、その行為を裏切ってしまった。根が真面目なアベルにとって、親切にしてくれた舞の気持ちを台無しにした!と思ったことは、当然なのかもしれない。だが、相手が悪かった。ブギーマン・・本名:エリアス・マイヤーズ。映画『ハロウィン』シリーズに登場する架空の殺人鬼ブギーマンこと、マイケル・マイヤーズと同じ苗字であることからギャング仲間達にそう呼ばれていた。だが、その由来に依らず、実際の彼も似た様な男だった。リマのギャング組織"tifón"の幹部であり「組織を抜ける。」そういった者達を家族諸共、地域の若者達を恐怖に陥れ脅迫し、彼等を使って殺害せしめたりしている。それ故に、従わなかった者達を何人殺害したか分からない。現に、アベルとイバンは彼が殺人を直接、躊躇なく行う姿を幾度か見てきていた。そして、アベルの前歯が無くなった事こそ、彼に金属パイプで殴打された時によるものであった。
「だけど・・舞、どうするんだ?」
「そうね・・当初のタクシー計画で行きますか?」
舞が両手を広げ、戯けてみせた。
「ごめん・・。」
アベルが項垂れて肩を落としたのを見た彼女は、微笑んで見せた。
「残念だけど仕方のないことなんでしょ?無理強いはしない方がいいみたいだし。ねぇ、それより"ブギーマン"て、あのホラー映画の?」
「俺達はそういうのさっぱり分からないんだけどさ、アイツ、ホント、ヤバい奴なんだ。だから、周りの連中も"ビクビク"してるよ。」
イバンが、顔をしかめて舞に話した。
「キレ易い人なんだ・・で、貴方達のボス?なの?」
「違うよ。えーと・・何だっけ?」
「幹部だろ?リマ近郊のギャング組織の。」
頭を掻いて考えていたイバンがアベルを見たので、彼は其れを引き取って答えた。
「貴方達も、そうなの?」
「いや、俺達は仲間にも入れて貰えないよ。ただの使い走りで『上納金を持って来い!』とか、『獲って来い!』って、言われるだけだよ。」
「辞められないの?それ?」
「どうやって?」
「え?」
「舞、俺達はストリートで暮らしてるんだぜ。分かるだろ?それぐらい。」
アベルが、寂しそうに微笑んだのを見て舞が諭すように語り掛ける。
「でも、ダメだよ・・貴方達には、そんな風にはなって欲しくないもの。」
懇願だった。少ない時間しか共にしていないが、彼等は好んでしているわけではないことぐらい彼女にも分かったから・・だが、
「ありがとう、舞。この話は、ここ迄!それより、タクシーの事を何とかしようぜ!」
「だって・・」
「あーー、もう!イイって言ってんジャン!終いには怒るぜ!」
「・・」
アベルに怒られ、逆に"しゅん"としょげて項垂れた舞を見て、イバンが話を変えようと周囲を見渡しエントランス入り口に控えるドアマン、マリオ・オッドーネに気付いて近付いて話し掛けた。
「あのさ、タクシーをチャーターしたいんだけど、お願い出来る?」
まさかのイバンによる声掛けに、2人が目を丸くして見ている。
「承知致しました。チャーターでございますね?」
「そう。」
「少々、お待ちください。」
そう言うと彼は、ポケットからスマホを取り出し何処かへと連絡を入れた。
「マリオです・・はい。実は、北条さま御一行がチャーター車両を御要望でして・・はい・・はい、あ、では・・承知致しました、はい!失礼致します。」
マリオが通話を終え、振り向いた。
「お待たせ致しました。ただ今、マネージャーがいらっしゃいますので、暫くお待ち下さい。」
「マネージャー?レンソさんですか!?」
「はい。」
舞はそれを聞くと急いで身形を整えたのだが、見ていたアベルが声を掛けて来た。
「何だよ、急に?」
「え?あ、いいじゃない、別に・・。」
愛する徹の戦友である、下手な印象は与えられない。舞は緊張した面持ちで、彼を待った。アベルとイバンの2人も、舞の両脇に付いて待った。
「お待たせ致しました、北条様。ありがとう、マリオ。」
エントランスの入り口扉が開き、レンソ総支配人が颯爽と現れると、ドアマンのマリオに声を掛け、彼はレンソ総支配人にお辞儀をし、元のポジションに戻って行った。
「お忙しいところ、申し訳ありません。」
舞は歩み寄り、会釈をした。
「いいえ。チャーター車が欲しいと?」
「はい。その様なことが可能でしょうか?本日から3日、お願いしたいのですが8時〜20時程度の契約希望です。如何でしょうか?」
「なるほど・・主な場所は、どちらに?」
「本日はカヤオ特別地区にあるカヤオ近郊を、明日はペルー🇵🇪サッカー連盟のあるペルー国立スポーツ村、最終日に再びスポルト・ボーイズのあるカヤオ近郊となり、状況に応じて対応をお願いしたいのですが・・あのう、大丈夫でしょうか?」
舞が、淀みなく伝えた後で不安になり問い掛けてみると、レンソ総支配人は真面目な顔で答えた。
「カヤオ特別地区ですか・・、少年達は案内人と言うことですか?」
「案内というか、護衛だよ。」
「護衛?」
「俺達と居れば、現地の奴等も手を出し難いでしょ?」
「なるほど、確かに。」
アベルとイバンが胸を張って答えたのに対し、レンソ総支配人が微笑んだ。
「ですが、より確実な護りも必要でしょう。」
そう言うと、レンソ総支配人はスマホで連絡を取り始めた。
「・・レンソだ。何処に居る?ん?おお!そうか・・うむ!分かった・・そうだ、来てくれ。」
スマホの通話を切ると数秒して建物の影から、グリフ警備保障南米支部 支部長 ディディエ・ラゴールが現れた。ブルゾンのポケットに手を入れ、穴の空いたダメージ加工のジーンズを履いた彼は、もう、すっかり現地人に馴染んでいる様に見えた。
「お呼びですか?」
「やあ、ラゴール。昨日の今日で済まないが、北条様の運転手を頼めるかね?」
ラゴール支部長の鋭い視線が舞、アベル、イバンを射抜いた。彼の瞳の奥に冷徹さが見えた気がした舞は、思わず姿勢を引き締めると、両隣に居たアベルとイバンも彼女に寄り添って来た。
「承知しました。では、ウチのメンバーを加えて2人で同行させて下さい。5人乗りの車両が必要となりますが、レンソ・・総支配人、車両手配をお願いしても?」
「分かった、用意するとしよう。」
ラゴール支部長は、レンソ総支配人に会釈をするとスマホを取り出し背中を向け、連絡を取り始めた。一瞬だが、彼が呼び方に躊躇したことを、舞は気になったのだが・・。
「北条様、暫く、お待ち願えますか?直ぐに段取り致します。」
そう言うと、レンソ総支配人もエントランスへと戻って行った。
「なんか、あっという間だ・・。」
「ねぇ、舞。あのラゴールって人、ちょっと怖くない?」
イバンが舞を見て、小声で心配そうに話し掛けて来た。
「多分、元軍人さんだと思うんだけど・・レンソ総支配人とも顔見知りみたいだし、訳有りかもね?」
「訳あり?」
「傭兵さん、とか?」
「傭兵って?」
イバンが珍しく、舞の顔を見て質問攻めをして来た。出逢った時より、徐々にではあるが甘えてくれているように感じる。
「傭兵さんてね、お金とか利益により雇われて、直接に利害関係の無い戦争に参加する兵またはその集団のことを言うの。」
「金の為に、人殺しをする集団かよ!?」
アベルがびっくりして、声を上げたのをイバンが見て再び舞を見た。
「私が、その・・尊敬する方がね、言ってたの。『戦場で自らを見つけてしまった者は、ベッドでは死ねはしない、そのために戦場を渡り歩いて死に場所を探しているようなものだよ。』と。傭兵さんて、そんな人達なのかも・・。」
「死に場所を探してる?まるで自殺志願者じゃん!」
舞は曖昧な笑顔でしか、応えることが出来なかった。聞きたくない、考えたくないことをアベルは全て語った。愛する人がして来た過去を受け止めることで、共に地獄に堕ちるということになるかもしれない現実から逃げられないことを、彼女は今更ながら考えていた。どれ程の罪を犯して来たのか、いや・・今も続いているのかもしれない。
「北条チーフ、お待たせしました。」
舞は呼ばれて"はっ!?"と顔を上げると、目前にラゴールとスペイン🇪🇸人?の様な男性が立っていた。
「私と彼、イニゴ・モレーノが同行致します。」
「Mucho gusto(初めまして)。」
「Encantada(こちらこそ、宜しくお願いします)。」
モレーノの挨拶に、舞がスペイン語で返したところで、彼女の横に一台のシルバー色の乗用車が停車し、中からドアマンのマリオが降りて来た。
「お待たせ致しました。」
舞は、背後からレンソ総支配人に呼び止められ振り向いた。
「レンソ総支配人、御手数掛けました。」
「いいえ。我々は、何時でもお役に立てる様に心掛けております。そして・・貴女は彼が惚れた女性の様だ。ならば、全力でお応えするのが勤めでしょう。」
「あのう・・レンソ総支配人、何故、そこまでして下さるのでしょうか?原澤会長・・その、彼とは?」
「彼とは、2004年にワジリスタン紛争で出逢いました、ラゴールもそうです。」
ワジリスタン紛争・・有志連合諸国のアフガニスタン侵攻以降に、パキスタン北西部のワズィーリスターン(ワジリスタン)を含む連邦直轄部族地域および北西辺境州(現・カイバル・パクトゥンクワ州)やアフガニスタン・パキスタン国境のデュアランド・ライン地帯で発生した、パキスタン政府及びアメリカ合衆国を始めとする不朽の自由作戦参加の有志連合諸国と、ワジリスタンに潜伏するターリバーンやアル・カーイダやそれを支持する現地部族勢力のパキスタン・ターリバーン運動等との戦いの総称である。
「私もラゴールも、共にアメリカ🇺🇸海兵隊員、ネイビーシールズとして参加してました。そこで、我々は、彼に助けられました。」
「助けられた?」
舞は一歩、レンソ総支配人に歩み寄ると問い掛けた。
「ラゴール、あれは6月のヘルファイアミサイル作戦だったか?」
ラゴールが舞とレンソ総支配人の元に歩み寄って来た。
「ええ。アル・カーイダとターリバーンの訓練キャンプを運営するネク・ムハンマド・ワズィール暗殺作戦の時です。」
「えっ?あ、暗殺?」
「作戦は成功しましたがしかし、ネクの勢力はバイトゥッラー・マフスードが引き継ぎ、戦闘は継続されました。原澤会長とは、その際の車列が挟撃された時に出逢いましたよ。」
「あれは、凄かったな!見事なグレネード捌きで、相手の戦力を粉砕してしまったからな。」
舞は、頭が真っ白になっていた。軍隊に居たということは、当にそういうことなのだ。日本🇯🇵の自衛隊とは異なるのだ。彼女は思わず息を飲んだ。
「舞、グレネードって?」
「え?あ、それはちょっと・・(泣)」
舞が眉間に皺を寄せて、イバンを見た。
「手榴弾をより遠くに飛ばすための武器のことだ。彼の師、ジェド・豪士が得意としていた火器で、1960年頃に起きたベトナム戦争で活躍した物だよ。ベトナムはジャングルが多く、重い装備を持っての行軍は険しいものでしたからね。それに、ゲリラ戦も多く、アメリカは思った以上に苦戦した。そこで活躍したのがグレネードランチャーという訳だ。軽量で取り回しがし易いことからジャングルでも持ち運びしやすく、高火力によって敵兵を見つけ次第殲滅していける。」
無口と思っていた、ラゴールが急に熱弁なったことに、舞は目を丸くした。ジェド豪士・・以前にも聞いた気がする。原澤会長の師と目される人、一体どういう方なのだろうか?
「すみません、お2人はジェド・豪士さんをご存知なのですか?」
ラゴールがレンソ総支配人の顔色を伺うと、レンソ総支配人は不敵な笑みを浮かべて話し始めた。「彼もまた、我々と同じアメリカ🇺🇸海兵隊出身でベトナム戦争に従軍しています。海兵隊を除隊した後は傭兵として世界各地の戦場で戦い続けたのですが、1979年のリビアでの戦闘を最後に傭兵を引退、以後はCMAの戦闘インストラクターとして生計を立てておられました。」
「その時に・・その、原澤会と?」
「ええ、教練を受けたそうです。各種銃器や爆発物、トラップ等への造詣が深く、また、FBI等の司法機関のエージェントが使用するコンバット・シューティングスキルも身につけていましたからね。戦闘インストラクターとしての彼の方針は“生存を第一とする”ものでありましたから、時には拷問と思える程の過酷なトレーニングを訓練生たちに課す事もある、まさに"鬼教官"だったそうですよ。」
当然、舞は初めて知った。そうだったのか・・彼がアイアンを軽んじていたいた事は、裏にその様な実績があったからなのか?彼女は、何故、彼がそこまでして"鬼教官"の教練を受けたのか、"知らなければならない"そう思った。
「では、参りましょうか?私は助手席に乗りますので、君達は北条チーフの両側に座ってくれ。」
「Vale(了解)!」
「えっ?あ、こ、コラ!?」
イバンは敬礼すると、舞の腕を引いて車の後部座席を開けて乗り込み、アベルは舞のヒップを推し、続いて乗り込んだ。
「モレーノ、頼む。」
「承知しました。」
ラゴールに声を掛けられ、モレーノが運転席へと入った。
「ラゴール、宜しくな。」
ラゴールは、一瞬、動きを止めるとレンソ総支配人へと向き直り敬礼した。
「oohrah?」
「おっ?oohrah!」
2人は海兵隊の士気紅葉の挨拶を笑顔で交わすと、ラゴールは助手席へと消えて行った。
「レンソ総支配人、お車拝借致します。」
「いいえ、お気を付けて。無事、成功されることを祈っております。」
後部座席の開いた窓から、イバン越しにレンソ総支配人を見た舞が声を掛けて謝意を述べると、車はベラス・カンデラの通った小学校へと向かって行った。
「あ・・」
「如何したの、舞?」
イバンが舞の呟きを聞いて顔を見ると、彼女は運転席のサイドミラーに写ったレンソ総支配人を見て振り返った。舞達の車両が視界から消えるまで、彼は頭を下げ続けていた。
「何で、あんな無意味な事をしてるの?可笑しくね!?」
そう言って、アベルが笑った。
「ラゴールさん、もしかしたらですが原澤会長はこちらに?」
「その通りです。"オモテナシ"レンソ総支配人は、会長から指導を受けたそうですからね。」
「日本式のサービスを、ですか?」
「はい。ところで北条チーフ、乗車中も危険性が孕んでいます。特にこれからの地域は、注意が必要です。空港から市内に向かう幹線道路を含め,リマでは信号待ちや渋滞で停車している車両の窓を割って,車内から荷物や金品を強奪する『窓割り強盗』が多発しています。この車も窓ガラスにスモークフィルムが貼られておらず,車外から中の様子を確認できるため,同犯罪のターゲットになり易く十分な注意が必要でしょう。荷物は座席や膝の上に置いたりせず,トランクの中か足下の脚の裏に置く等,外から見えないように工夫をするよう心掛けて下さい。車内でのスマートフォンやパソコンの操作も強盗のターゲットになります。」
「はい、承知しました。」
「君達も、北条チーフ側に寄ってくれ。」
「Vale(了解)!」
アベルとイバンが、ラゴールの声に即座に返事して舞に"ピタリ"と寄り添った。
「ま、俺達が両側に居たら、心配しなくていいよ。」
「そうそう!」
「ごめんね、2人とも。頼りにしてるわ。」
「何で謝るのさ?」
「え?だって・・」
「俺ら、暇だって言ってるだろ?」
「気にしなくていいよ。」
「ありがとう・・。」
舞は、アベルとイバンの優しさに目を細めた。やがて、車は華やかな市内から丘の中腹にバラック小屋が達並ぶリマの旧市街、セントロを流れるリマック川の対岸の"バリアーダス"へと入ってきた。ペルーの中でも特に治安の悪い場所と言われておりスラム街があるエリアで、ペルーのスラム街に旅行者がふらりと立ち寄るのは大変危険なことからできることなら、旅行中には近付かないほうが良いとされるエリアだ。
「お待たせ致しました。伺った住所の小学校は、あちらの小学校だと思われます。」
「ありがとうございます。」
モレーノが小学校のゲート前に、車を横付けさせると舞が御礼を述べた。
「モレーノは、車内待機していてくれ。北条チーフには、私が同伴してくる。」
「ちょっと、待ってよ!アンタは、この車に待機しててよ。」
「なに?」
ラゴールの指示に、イバンが後部座席から身を乗り出して口を尖らせた。
「舞には、俺達が付いて行くんだ。アンタは、何時でも動ける様にしていてよ。」
ラゴールは、子供達の発言に片眉を動かして舞を見て判断を仰いだ。
「ラゴールさん、申し訳ございませんがこちらでお待ち願えますか?」
「宜しいんですね?」
「はい、3人で行って来ます。さ、イバン降りて。」
「うん。」
イバンは、そう言うと車を降りて伸びをした。
「くーー!縮こまってたから、身体のあちこちが痛いよ。」
舞と、アベルも降車した。
「ありがとう、イバン。さてと・・入り口は?」
「あそこかな?」
アベルの指差した方を見た舞は、其処に日本人女性?とも思える中年女性がゲートを開けるのを確認した。
「北条チーフ。」
「はい?」
ラゴールが、助手席から降りて舞に呼び掛けて来た。
「彼等を、信用していいんですか?」
「舞、早く・・閉まっちゃうよ!?」
「ちょっと、すみませ〜〜ん!」
アベルが舞を呼び、イバンが女性に声を掛けていた。
「さあ?」
「え?」
「いいか?と言われると答えるのが、難しいです。」
「舞、早くーー!」
「待って!今、行くわ・・信用してあげたい、そう思います。」
「甘いのでは?」
「・・かもしれませんね。」
笑顔でそう言うと、彼女は小走りに2人の元へ向かった。
「大丈夫ですかね?アレでは"襲ってくれ"と言ってるようなものですよ?」
モレーノが、運転席から呟いた。
「だからこそ、彼女はここに居るのかもしれんな。」
「は?どういう意味です?」
「そうでなくて、如何してストリート・チルドレンの子供達と行動を共にと思うのか?そちらの方が理解できんよ。」
「よく分かりませんなぁ〜?」
ラゴールにも正直、理解出来なかった。自分のスマホを盗んだ少年達を食事に連れて行き、服を買い与え寝床を提供するどころか、一緒に宿泊しているのだ。まるで、幼少期に母親から読み聞かせられた絵本の女神の様な彼女に、彼は首を傾げる思いだった。
「¿Pueden darme un minuto(ちょっと、宜しいですか)?」
「はい・・あら?日本🇯🇵の方?」
「え?あ、はい。あの・・」
「日系よ、学校に用かしら?」
真ん丸顔の黒髪で、膨よかな中年女性だった。その穏やかな笑みに、舞の頬も少し緩んだ。
「突然、申し訳ございません。イサベル・スズキ先生にお会いしたいのですが、居られますでしょうか?」
「あら?イサベルは、私よ。もしかして、貴女、舞さん?」
「はい。お忙しいところ、申し訳ございません。当社、エステバンより聞いておりますでしょうか?」
「ええ、伺ってますよ。お待ちしていたの、さ、どうぞ、中へ。」
「お待たせして、すみませんでした。失礼致します・・さ、入ろうか?」
舞は、女性の後に従い門をアベル、イバンと共に通って行った。中では、子供達の声と共に校庭で体育の授業であろうか?先生と生徒達が居て授業の最中であった。
「授業中でしたか・・お忙しいのに、申し訳ございませんでした。」
「いいのよ、ロンドンからのお客様となれば、しかも、ベラス君の事であれば協力させて欲しいわ。」
「ありがとうございます。」
スズキ先生に従い校舎まで近付いて来た舞は、改めて校舎に目を走らせる。RC造で黄色と赤色のカラーリングの外壁は、とても可愛らしい感じがした。雨の少ないリマの為か、校庭もコンクリート製であることに驚いた。
「どうぞ、こちらへ。」
スズキ先生に導かれ、舞達一行は校舎の中を歩いた。壁に生徒達の作品であろうか?掲示物が陳列している廊下を歩いて直ぐ、スズキ先生は立ち止まり部屋の扉を開けてくれた。
「お入りになって。」
「失礼致します・・。」
小部屋は10畳ぐらいの部屋であろうか?中央に長テーブルがあり、世界各国の国旗が壁に掲示されている。
「其方にどうぞ。」
「ありがとうございます。」
スズキ先生は、手で舞達3人に対面の座る椅子を指し示した。彼女は、ポットのお湯でシナモン&クローブティー を作り、舞達の前にカップを置いた。
「ありがとうございます・・ほら、貴方達も御礼を言って。」
アベルとイバンは、何も言わずに飲もうとしたところで舞に嗜められ、スズキ先生を見ると軽く会釈をした。
「どういたしまして。」
「宜しければ、こちらを受け取って貰えますか?」
舞は、バッグから包装された包みを手渡した。
「まあ!何かしら?」
「日本の"おかき"というお米の菓子です。塩味で、きっとクローブティー に合うと思うのですが?」
スズキ先生は、包装を破ると中からおかきの入った袋が数点出てきた。
「お米のお菓子?初めて食べるわ。ねぇ、一緒に食べましょうよ?」
スズキ先生は、1つのおかきの袋を開けて舞達に提供してくれた。
「美味いの、これ?」
「ちゃんと、御礼を言ってね。病み付きになるわよ。」
「いただきまーす!!」
「待って、スズキ先生が先よ。」
「えー!何で?」
「これは、スズキ先生へのプレゼントでしょ?当然よ。」
イバンが口を尖らせて、椅子に深く座り直した。
「ごめんなさいね、では、お先に頂きますね・・。」
室内にスズキ先生の、おかきを咀嚼する音が響いた。
「美味しい、これ!!塩加減も良い感じだわ。あ、お待たせしました。貴方達もどうぞ。」
アベルとイバンが舞の顔を見ると、彼女は軽く頷いてみせた。2人が一斉におかきを取って頬張った。
「あ!?ウメェぞ、これ!」
イバンが両手にとり、口に頬張って喚いた。
「贈り物なんだから、食べ過ぎないでよね?」
舞はそう言うと、バッグからアルコール除菌のウェットティッシュを取り出して2人の手を拭く。まるで、姉の様な仕草にアベルが握られた手を見つめている。
「スズキ先生も、宜しければお使いください。」
「流石だわ、では、遠慮なく使わせて頂きますね。ところで・・先程から気になっていたのですが、貴女の両隣に居る子達はどの様な関係かしら?」
「俺達は、舞のボディーガードだよ。」
「ボディーガード?」
「そう!契約したんだ、舞がペルー🇵🇪でベラス・カンデラと契約する手助けをするためにね。」
「契約・・て、まだ、子供では?」
スズキ先生が細い目を見開いて、アベルとイバンを見つめた時だった。
「子供だから?それが如何したんだよ!『子どもは半人前で、何も考えられない』と勝手に決め付けるなよ!」
「俺達を、一人の権利と・・えーと、主体性のある人間?だっけ?それを認めたうえで、貧困に立ち向かって現状への要望を解決して、アンタ達大人に耳を傾けて欲しいだけなんだよ。昨晩、舞が教えてくれた。」
舞は、驚いて2人の顔を見た。昨晩、寝る前に話を聞きたいと言われたので、彼女が育ったイギリス🇬🇧、イタリア🇮🇹、フランス🇫🇷、日本🇯🇵等のことを話して聞かせた。特にストリートチルドレンが1人も居ないことに驚愕した2人は、自分達の国が何故、そうなっているのか?考えたようだった。舞は、ペルーの貧困層は主にネイティブペルーの人であり、白人は優遇されている様に感じたこと、ネイティブペルーの子供達の多くが貧困に悩み、そこから働く子供が多く出てくること。子供の犯罪や売春も生まれるが、貧困で死ぬ可能性が眼の前にあるので、皆、生きるのに必死なのだ、と見解を説いた。イバンは途中で眠りについたが、アベルは幾度も舞に問い掛けてきたのだ。
「この子達は、孤児院で酷い目にあったそうなんです。こちらでは、如何ですか?教育現場では、子どもは虐げられる存在になっていませんでしょうか?学校では、体罰がなされることはないでしょうか?学問のレベルが高いものではないとしても学費が嵩んだりして学校に行けない子が大勢いるのでは?家庭内でも、同じように虐待が存在するかもしれませんが、何よりも、子どもが助けを求められるような、『声』を聞いてもらう場所はないのでしょうか?」
舞も、遂、熱くなってしまい、思いを捲し立ててしまった事に気付くと、立ち上がり深く会釈をした。
「ごめんなさい!突然、申し訳ありません。」
「いいのよ、座って下さいな。ありがとう、嬉しいわ。我が国の子供達のことを、そこまで思ってくれているなんてね。」
スズキ先生は、ため息を吐くと穏やかな口調でペルー🇵🇪の実情を語り始めた。
「ペルーでは、どの場所にも貧しい地域があって粗末な家が目立つでしょ?同じ南米のコロンビアとエクアドルと比べてみても差があります。市場にはね、路上に落ちているペットボトルを再利用して、手作りジュースを詰めて売っているのがあったりするの。普通のジュースも家庭用冷蔵庫に入ってる商店があって、何があるか確認できないから買う方も困るし、物乞いもアグレッシブになって、こちらが食事中でもアクションを起こしてくることもあるわ。それにね、一般的なペルー人の月給は約250USドル(約2万4000円)くらいと言えます。」
舞が、アベル達と交渉した金額だ。やはり、実情はかなり生活レベルが、困窮しているように思える。
「貧困は、ペルー人のモラルに関しても影響しているの。一番感じるのは、交通マナーね。乗り合いバスなんてね、道の中央に停車してお客を呼び込むのよ。もちろん、後続車は進めないから耳に響くクラクションの連続。ペルーの車はウインカーなんか使わないから、好き勝手に停まって発車するから道路では常に注意が必要になるわ。交通事故の現場は、彼方此方で見ることになるわね。」
「俺も、跳ねられそうになったことあるぜ!と言うか、やられた奴を何人も観てるもんな、アベル?」
イバンが、大仰に手を広げて話してアベルを見た。
「日本🇯🇵では、大丈夫なの?」
アベルが舞の顔を見て問い掛ける。
「ええ、道路交通法というのがあってしっかりしていて、守ることが義務なのよ。」
「へぇ、真面目なんだな。」
「さあ、どうかしらね?」
こうした事情から舞は、ペルー🇵🇪の治安にはより一層の危険を感じていた。
「でもね、薬局やファストフード店に銃を持った警備員が中米のグアテマラ🇬🇹、エルサルバドル🇸🇻、ホンジュラス🇭🇳には、居るそうよ。それでも厳重に護られた民家や商店のドアや窓は不安を煽るのには十分かもしれないわね。それより・・」
スズキ先生は、途中で区切ると身を乗り出して語った。
「もう一つ、ペルーで怖いのは偽札が出回っていることよ。会計の時は、必ずと言っていい程チェックされるわね。私ね、男の子が両替に持ってきた50ソル札(約1850円)が、偽札なので突き返されるのを商店で目撃してヒヤッとしたわ。とは言ってもそんなに多く出回っている訳ではないけど、よくスーパーマーケットに、使われないようにパンチで穴が開けられた偽札が飾られていて、ペルーの現実を思い知らされるわね。」
「偽造が、し易いのでしょうか?」
「ペルーの偽札製造技術は高く、また偽札の製造に対するペルーの法制度が甘いことが犯罪を助長しているのではないかと言われているわ。偽札製造の刑罰は、ペルー🇵🇪では初犯の場合3年、再犯でも最高6年で、模範囚は2年程度で出所するようね。」
スズキ先生の話に耳を傾けていた舞は、ペルー🇵🇪の法整備に問題があるように感じた。どの様な対策をしているのか?気になるところだ。
「あ、ごめんなさいね。ついつい話し込んでしまって、よく子供達からは『先生の話は長い!』、そう言われるわ(笑)。」
「だろうね。」
「こら、アベル!すみません。」
「いいのよ、言われたところで辞める気ないもの。では、本題にいきましょうか。ベラス君の何を知りたいのかしら?」
スズキ先生は、アベルのぶっきらぼうな呟きに優しく微笑むと舞に問い掛けた。
「はい、彼がどんな子供だったのか?エピソードがあれば、是非、伺わせて下さい。あ、録音しても?」
「勿論、どうぞ。ベラス君か・・確か、貴女方は、サッカーチームの関係者ですよね?」
「はい、イングランド🏴3部リーグ『EFLリーグ1』所属 ロンドン・ユナイテッド FCの者です。」
「私は、サッカーに詳しくないけど、彼はサッカー選手として大成しそうかしら?」
「私は、そう信じています。彼の場合、今のチーム自体が後押しをしている様に思うことも、気にかける要因の1つです。」
「と、言うのは?」
「ベラス選手の活躍を期待している、そう思うのです。また、それについても十分な裏付けがあるのかと。」
「裏付けねぇ。それで、ベラス君が愛される理由を知りたい、そんな所かしら?」
「あ、はい!そうなんです。」
スズキ先生は、前のめりになって話す舞に頷いて話し始めた。
「ベラス君は決して、クラスの人気者という訳ではなかったわね。でも、最後に彼がやってくれる、そんな事があったわね。」
「最後に?」
「そう。クラス対抗でドッジボールの大会があった時にね、クラスの皆が当てられてコートから出て行ってしまって、彼だけが残ったことがあったの。皆の声援を受けて、彼、凄い粘ったのよ。」
「どうだったんですか、試合は?」
「負けたわ、残念だったけど。でもね、ベラス君の奮闘に、クラスの皆が抱き付いて喜んだの。彼の真面目さ、謙虚さかな。無口な分、強く印象を与えるといっていいわね。」
「芯の熱い男の子だったんですか?」
「負けず嫌いで、頑固な面があったわね。そうだ!彼といえば、忘れられないエピソードがあったわ。ある算数の授業の最後に『正しい正解が認められた人から帰宅して良い。』って、問題を出したの。中には、こっそり友達から教えてもらっている生徒が居る中、彼は最後まで自力で解こうと頑張っていたわ。でも、最後まで残ってしまった彼に近付くとね、大粒の涙を流して唇を噛み締めてるの。『どうしたの?』と聞いたら『解らないんです・・』って、それから解るまで付き合ったわ。最後に彼、満面の笑みで言ったの『分かったよ!先生!!』って。嬉しかったな〜。」
スズキ先生は、頬杖を付いて懐かしそうに語っていた。
「家はスラム街バリアーダスにあって、幼い兄弟達の面倒をみていたし、屋台で働く父親の手伝いで、よくリアカーを引いていたから、勉強する時間がとれないみたいだったのよね。」
「誠実な子、だったんですね。」
「そうね・・そう言えば舞さんは、ベラス君が柔道をしていたのは聞いてるかしら?」
「柔道?彼がですか?いいえ、初耳です。」
「ちょっと、待って貰えるかしら?」
そう言うと、スズキ先生は部屋を後にした。
「ねぇ、舞。柔道って、なに?」
アベルがシナモン&クローブティーを口に付けながら聞いてきたのに対し、彼女は身振り、手振りで何とか説明した。
「観たことないかなぁ?畳の上で、こう・・組み合って投げ合うの?」
「投げ合う?何を??」
「対戦してる相手だけど?」
「ええーー!?」
(ん?あれ?何か勘違いさせちゃった??)
舞が、目を丸くして思わず頭を掻いた。
「ごめんなさい、お待たせして。」
スズキ先生が戻って来たのに対して、彼女は振り向いて笑みを浮かべて・・誤魔化した。
「いいえ〜♬」
スズキ先生は、戻って来ると舞にメモを渡してくれた。
「今、連絡しておいたわ。道場は夕方かららしいの、今ならまだ話せるそうよ。」
「ありがとうございます、早速、伺ってみることにします。」
「お役に立てて、何よりだわ。」
「さ、行こうか。」
舞は、アベルとイバンに声を掛けるとバッグとコートを手に掛けた。
「お忙しい中、すみませんでした。それに、ご馳走になってしまい、申し訳ございませんでした。」
「いいえ、こちらこそ・・ところで、舞さん?」
「はい?」
「彼等のこと、相談にのるわよ。連絡して頂戴。」
「宜しいんですか?」
「ええ。連れてきたこと、そういう意味なのでしょ?分かっていたわ。是非、協力させて下さいな。」
「ありがとうございます、その際には是非!」
舞は、一度、入り口の扉まで近付いた後に振り返ってスズキ先生の前に一歩、歩み寄り意を決して聞いてみた。
「あのう・・スズキ先生?」
「何かしら?」
「伺い難いのですが・・ベラス君自身、自分の"吃音症"についてどの様に捉えているのでしょうか?」
「何処でその事を?」
スズキ先生の眉が、曇った様に感じる。その眉間に皺が寄ったのを見た舞に一瞬、緊張が走った。
「とある夕食時に偶然、他チームのエージェントスタッフの会話を耳にしました。これからの彼の人生においても、きっと、付いて廻ることだと思うのですが、彼の気持ちを教えて頂けないでしょうか?」
スズキ先生は、暫く舞の顔を見つめていた。アベルとイバンが舞の顔とスズキ先生の顔を交互に見て、緊張感からか生唾を飲み込んだ。スズキ先生は、軽くため息を吐くと窓辺へと近付き語り始めた。
「あれは、彼が1年生の頃だったかしら。お遊戯会の時にセリフを吃らない様にと、何度も練習したことがあったの。でも、それがかえって悪化させる要因になったわ。緊張からかしらね?クラスの子達も、改善されないベラスのシーンで悪口を言い始めたわ。結局、彼、裏方の子と替わることになったんだけど、ショックだったと思う。それからは常に発言を控えてたし、友達とも距離を取る様になってしまったわ。」
スズキ先生は、そこまで一気に話すと再び舞に向き直り歩み寄って来た。
「貴女は、彼が"吃音症"と知ってガッカリした?選手として採用することに躊躇したかしら?」
彼女の言葉は、舞をも蔑む様にさえ感じられた。しかし、この言葉はかえって彼女の闘争心に火をつける形となる。
「ウチのチームは、皆、個性的な選手が揃っています。元難民、元ギャング、元清掃職員、弁護士を志望している者まで居ます。人の欠点、得意を個性として受け入れる環境があります。」
「貴女、それは"詭弁"ではないかしら?」
「"詭弁"?何故ですか?スズキ先生がベラス選手を支えておられる様に、私もチームのスポーツディレクターとし選手達を信頼していますよ。そうでなくて、どうしてベラス選手の獲得が出来ましょうか?」
「それを"詭弁"と言ってるんです。貴女の言ってることは綺麗事ばかりの様に聞こえるわ!」
「スズキ先生・・では、彼が当チームに所属した暁には、是非、彼から現状を聞いてみて下さい。我々は、きっと、彼に"頼ります"。それは、彼にとって"生き甲斐"へと変わることでしょう。」
スズキ先生は、舞と真正面から見つめ合い思いを交わしたことで、彼女の瞳の奥底にある決意を理解し、ふと、笑みを漏らした。
「ごめんなさいね。不快に思われたでしょう?」
「いいえ。大切に思う教え子さんのことですから、こちらも全力でサポートさせて頂きたいと、そう思っています。」
スズキ先生が、今度は深いため息を吐いた。
「お逢い出来て本当に良かったわ、舞さん。貴女になら、彼を託せそうね。」
「とんでもないです!きっと、教わることが多いと思いますよ。」
「あら?フフ。」
やがて、その場を辞した舞は、アベルとイバンを連れてラゴール達の元へ向かったのだが、その道中、アベルが舞に話し掛けてきた。
「ん?なーに?」
「舞、"詭弁"て何?何で、あの人、舞に強い口調で言って来たの?」
「なるほど・・そうね"詭弁"ってね、意図的に間違った方向に議論を進めようとする行為、またはそのための意見のことを指すんだけどね、議題に対して理解を深めるために話し合いってするでしょ?それなのに、中には知識を深めるよりも相手を言い負かすことに執念を燃やす様な人達がいるのも事実なの。その"詭弁"を許してしまうと、間違った方向に議論が進んでせっかく時間をとって話しているのに、生産性の低い議論になってしまったり、あらぬ方向に結論が着地してしまうことも少なくないのよ。」
「何だよ、それ。サッパリ分かんないよ!」
イバンが頭の背後で手を組んで口を尖らせた。
「ゴメンね、上手く説明出来なくて。」
「そうなると、舞が言い負かそうとした?彼女は、そう捉えたということなの?」
舞は、アベルが自分を見つめて真面目に質問して来たことに目を丸くした。
(この子、会話を楽しんでる!楽しみたいんだ・・。)
「彼女は、恐らく"欠点を個性として受け入れる"と言った、私の意見を"綺麗事"と捉えたのね。」
「どうして?」
「同じ様な体験をしてるのかもしれないわ、やっぱり、貴女はベラス選手の事を軽んじた!とかね。」
「そうなんだ・・だったら、わざわざ"詭弁"だなんていう必要ないじゃん!舞の間違いを発見できなかったから、それが悔しかったんじゃないの?」
舞は再び、目を丸くしてアベルを見た。確実に会話を見極めている。頭の回転が速い、と言うより鋭い感性を感じた。3人が正門を開けて出たところで、ラゴールに迎えられた。
「お疲れ様でした。次は、どうされますか?」
「手頃なお店で昼食を済ませた後に、こちらの柔道場に向かって貰いたいのですが?」
「柔道場・・ですか?」
ラゴールは、メモを見ながら舞のために後部ドアを開けた。
「Gracias(ありがとう)!」
「ありがとうございます。」
「・・どうも。」
イバン、舞、アベルの順に乗り込むと、ラゴールは周囲を確認して後部ドアを閉め、助手席に乗り込んだ。
「モレーノ、ここだそうだ。」
「・・承知しました。」
「その前に昼食を済ませたいそうだが、大丈夫か?」
「はい。そうですね・・では、オススメの"ミラフローレス"にご案内致しましょうか。」
「え?何、食べるの?」
イバンが、後部座席から身を乗り出して質問してきた。
「紫トウモロコシのジュース"チチャモラーダ"が無料で付いて来ます。黄色い唐辛子を混ぜたマッシュポテトでチキンを包んだもの"カウサ デ ポジョ"なんかも前菜ですが美味しいですよ。現地のサラリーマン達が、こぞって行列を成していますね。」
「へぇ!舞、そこにしようよ。」
「そうね(笑)。モラーノさん、お願い出来ますでしょうか?」
「はい、承知しました。」
モラーノは、車を店へと向けた。車内では、イバンが先程食べた"おかき"について、舞に聞いて来たりしていたのだが、彼女は頭の片隅で先程のスズキ先生とのやり取りを思い返していた。ベラスがコンプレックスにより、卑屈になることは想像難くない訳だが、その彼の人格形成に"柔道"が大いに役に立ったというのが気になる。彼女自身も"剣道"を通じて、心身を鍛えたことからも彼がどの様にして乗り越えるきっかけを得たのか、興味が俄然、湧いて来た。其れに愛する徹が、アイアンとニッキーの2人を日本に連れて行ったのも、礼節を伝えるためと聞いていたからだ。やがて、悶々としていた舞を載せた車が無事に店へ到着し、一行は行列に並んで食事を終えた。確かにモラーノが言う様に、なかなかリーズナブルで、飽きのない味にペルー🇵🇪の人々の味覚に対する要求を感じた。
「美味かったーー!」
「食べ過ぎよ、あんなに頬張るんだもん・・ビックリしたわ。」
イバンが膨れた腹を摩りゲップ!をすると、アベルが彼の後頭部を叩いて2人は戯れあった。しかし、驚いたことがあった。店に、街を闊歩する野良犬達が入り込んで餌をねだってきたのだ。不衛生で近付きたくないのに・・店主が追い払っていたが、日本を含めた先進国が援助する以前にペルー🇵🇪人がすべきことがあるのではないか?そう思った。
「直ぐに、行かれますか?」
ラゴールから声を掛けられた舞は、暫く考えた後にスマホを取り出した。
「連絡を一本入れても?」
「勿論です。」
ラゴール、モレーノが周囲を警戒する中、アベルとイバンは、まだ2人で戯れあっている。舞は、本社のリサへ連絡した。
「お待たせしました。エージェント課です。」
「リサ。」
「あ、舞さん・・はい。」
「今、大丈夫。」
「はい。」
「メールは、見てくれた?」
「・・はい。」
「どう?前向きに考えてもらえてるかしら?」
沈黙が流れ、舞はスマホを握り直した。
「本当なんですか?広報へ異動の話・・。」
「うん。貴女に、是非、一緒に来て欲しいの。お願い出来る?」
「私は・・舞さんと一緒に仕事出来ている今の環境に、満足しています。給料も他より良いし、高望みはしません。なのに、一般職となってチーフ職だなんて・・正直、私には自信がありません。」
ロンドン・ヒースロー空港を出た後、舞はリサに一文を送っていた。内容は、
1️⃣ 徹から聞いた機密となる人事異動の件。
2️⃣ 広報部広報課課長になることの条件に、リサをチーフとして
事務職→一般職
に特例申請を行うために、決定的な実績を作りたい。
3️⃣ ドイツ🇩🇪1部リーグブンデスリーガ所属FCバイエルン・ミュンヘン選手 アリエン・ロッペン獲得交渉の件。
と、いうものであった。リサは当然、驚いた。いや、驚いたと言うよりか困惑した、と言う方が正解であろうか。舞は内部情報を全て自分に話して来たのだ。それは、彼女の信頼によるものであったが、舞のことを知る彼女としては自分をどの様な立ち位置として捉えているかが伺えて、リサ自身、気遅れしているのだ。
「ねぇ、リサ?前から言ってるよね?貴女の洞察力は、素晴らしい!と。私が成し遂げた結果は、間違いなく貴女のおかげだもの。」
「買い被りです!私は、決して・・」
「私には、貴女が必要よ。いえ、ロンドン・ユナイテッドFCに必要なのよ、リサ。」
暫く沈黙が流れると、スマホからリサのため息が聞こえた。
「分かりました!」
「えっ?本当!?」
「まったく・・無鉄砲は、相変わらずなんだから。そういうのは、私だけにして下さいよ。」
「どうも、すみません。」
「で、アリエン・ロッペン選手の件ですが、現地に私が行きます?」
「その件なんだけど、1つ提案があるの。」
「提案?」
「実績を作るという意味では、リサが交渉するのが1番!そう思ったんだけど、ドイツ🇩🇪では現在、バーノン君が対応中でしょ?セロンド・ムサカ選手と逢うにあたり、避けては通れないのが難民収容所所長 マニヤ・ティーメだわ。」
「あらら?もしかして、広報活動をいきなり"ブッ込む"おつもりですか?」
「やーね!"ブッ込む"だなんて。で、想像つく?」
舞は、リサと会話しながら笑顔が自然と湧いて来ていた。意思の疎通が、ここまで叶うと実に愉快だ。
「となると、舞さんがペルー🇵🇪から直にドイツ🇩🇪入りですよね?話題の活動家と広報課課長の対談。と広報課勤務が遅れますから・・あーーー、私に『引き継ぎを頼む』そういうことですか?」
「Ja, Genau(その通り)!でね・・」
「ちょ、ちょっと、待って下さい!?」
「何?」
「もしかして、勤務がズレること、ムサカ選手、ロッペン選手獲得の下準備、引き継ぎの整理、全て私に任せる、おつもりですか?」
「なのーー♬」
「・・"ガチャン!"」
「あ?・・切られた。」
首を何度か、軽く捻りながら舞が戻って来た。
「どうしたの?」
「え?あ、うん。次の交渉の話をね・・あ!ほら、昨晩話したリサ、彼女に・・」
イバンが気にかけて、声を掛けてくれたのだが。
「どーせ、お前が余計な事を言って怒られたんだろ?」
アベルが、冷めた眼差しで舞に呟いた。
「ち、違うわよ!余計な事なんか言ってないもん!」
「じゃ、やり過ぎだな。」
「・・」
どうやら、そうらしい・・。シュン!と項垂れて反省した舞だった。
「あれ?」
突然、スマホにメール📩の着信が来た・・リサからだ。
【私が欲しいお土産】
1️⃣ チョコテハ、アルファフォールの高いやつ😡💢
2️⃣ マラス塩田の塩の高いやつ😡💢
3️⃣ ペルー産🇵🇪ワインの高いやつ😡💢
以上です!!
(あちゃー!怒らせちゃった。)
舞は"クスリ"と、微笑むとメール📧を返信した。
了解👌ゴメンね、リサ🥺💦💦💦
一行を乗せた車は、リマの旧市街にある目的の柔道場へと到着した。思ったよりも綺麗なコンクリートの建物で、中から"バン!"と畳を打つ音、掛け声が聞こえてきた。降車したアベルとイバンが舞にピタリと身体を寄せて警戒している。やはり、初めて聞く音に緊張している様だ。
「では、北条チーフ、我々はここで待機してます。」
ラゴールは、周囲を警戒しながら舞に呼び掛けた。確かに、周囲の住民らしき人達の視線が気になる。
「申し訳ございませんが、宜しくお願いします。さ、行こうか?」
3人が道場玄関に足を踏み入れると、近くに居た道着を来た現地の青年らしい男性が対応してくれた。
「あのう・・すみません。小学校のスズキ先生より紹介を頂いた、北条という者なのですが、こちらに仁科館長はおられますでしょうか?」
「あ、はい!遠路、遥々お疲れ様でした。先生!」
上座の中央で生徒達を指導していた日本人男性が、呼ばれてこちらに駆け足でやってきた。
「初めまして、館長の仁科 智徳です。」
40歳前後ぐらいの日本人男性であろうか、短い髪に顎髭で精悍さが増している。
「どうぞ、お入り下さい。」
「失礼します。アベル、イバン、靴をここで脱いでね?」
アベルとイバンは互いに顔を見合わせて靴を脱ぎ、舞にならって側に寄せ彼女に続いた。
3人が仁科館長に従い道場の入り口に入ったところで、舞は一礼し2人にも礼を促した。アベルとイバンは、恥ずかしそうに軽く頭を下げて彼女の背後に続いた。中では小さな子から大人まで、多くの生徒が柔道をしていた。ふと舞は高校時代に柔道部の先輩から告白されたことを思い出していた。
「柔道は、初めてですか?」
「この子達は、初めてです。私は剣道をしてましたので、見る機会はありました。」
「剣道ですか!なるほど、それで姿勢が良いのですね?」
「そうでしょうか?恐縮です・・。」
舞は仁科館長に笑顔で答えたのだが、彼女の姿勢の良さは実際には別のところが大きかった。外務省欧州局局長である父 恒雄が社交会において、彼女が恥ずかしくない様にするためバレエを習わせたことによる。そういう意味では、舞はピアノも含めた習い事をしていた時期があった。
「あのう・・仁科先生、何故、ペルー🇵🇪で柔道を?」
「以前、たまたま電車の中吊り広告で見たのが"青年海外協力隊"の広告でした。航空自衛隊の幹部候補生に柔道を教える柔道助教という役職に就いていたのですが、自分の指導力の乏しさや、柔道の歴史・文化についての知識の無さを痛感し、改めて見つめ直したい!そう思って、応募したんです。『2年間、柔道指導者の勉強に没頭できる!』と考えて海外旅行に一度も行ったこともないのに、受験を決意していましたよ。その後、無事合格しまして派遣国がペルー🇵🇪に決まったんですが、合格が決まって『もう行くしかない!』となったのが、本心なんですよ(笑)。」
舞の横で腕を組み豪快に笑う姿に、彼女は久しぶりに"日本男児"を見た気がした。
「『柔道指導者の勉強がしたい!』その一心で海外に行く決意をされたのですね。ペルー🇵🇪は、如何ですか?」
「首都のリマでホームステイして生活する語学研修があったのですが、リマに着いての感想は『大都会だ!!』って思いましたね。本当に、東京と比べても遜色ないくらいの都会だったなぁ、そう思いませんか?」
「私も着いてみて、驚きました。」
「でもですよ、その感想を現地のスタッフと話していたら『リマをペルーだと思うな!』と言われましたよ(笑)。」
「なるほど。」
「恥ずかしかったですね。」
目の前でペルー🇵🇪の人達が柔道をしていたのだが、舞は1人の茶帯を付けた選手を見て目を見開いた。
「あ、あのう・・彼処に居る彼!彼、ベラス・カンデラ選手では?」
「そうですよ。今、乱取り中なので、後ほど呼びましょうか?」
あまりの奇跡に、彼女は思わず惚けてしまった。まさか、サッカー選手が町道場で柔道をしているなんて想像することすら難しい。
「なに舞、彼がベラスなの?」
「ええ・・間違いないわ。」
"ド、ドッセェーーイ!!"
ベラスは左手で掴んだ相手の肩襟を引くと同時に素早く潜り込み、右腕で相手の脇を挟み込むと綺麗に1回転して投げ飛ばした。畳に大きな音が鳴った。
「す、スゲェ〜ー!?」
「ぶん投げた!?」
「一本背負いね!綺麗に決まったわ。」
「お!北条さん、詳しいですね?」
「あ、いえ。確か・・元オリンピック金メダリストの古賀稔彦選手が得意としてませんでしたか?」
「そうですよ!まさに、はい!!古賀先生をご存知でしたか?」
「過去の映像を、テレビで観たことがあるぐらいですけど。」
舞は照れ隠しに視線を床に逸らした。
「ヤメ!次!」
「はい!ありがとうございました!!」
それから、何本か"乱取り"と呼ばれる一対一の勝負を観戦したのだが、勿論、視線は常にベラスを捉えていた。
「ねぇ、舞。ベラスって、凄くねぇ?さっきから投げまくってるよ・・。」
イバンが言うのも無理はない。彼は組んだ相手を必ず2回は投げている様に感じた。他の練習生達より、気迫が感じられる・・。と、彼女も感心しながら観ていた時だった。
「やはり、貴方もベラスが目的だったんですね?」
声を掛けられた舞は、振り返り愕然とした。其処に居たのは、ホルヘ・チャベス国際空港で出逢ったブラジル🇧🇷のサッカーコメンテーター兼コンサルタント ジュニーニョ・ペルナンブカーノ、その人だったのである。
第28話に続く。
"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"