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Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第32話 「愛惜」

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK
https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A
『主な登場人物』
原澤 徹:グリフグループ会長。
北条 舞:イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿3部リーグ『EFLリーグ1』所属 ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。
アベル:舞がペルー🇵🇪のホルヘ・チャベス国際空港で出会ったストリートチルドレンの少年。サッカーが得意というが・・果たして。
イバン:舞がペルー🇵🇪のホルヘ・チャベス国際空港で出会ったストリートチルドレンの少年。アベルと共に、孤児院より抜け出して育つ。
アルベルト・マット:ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センター アシスタント・マネージャー(副総支配人)。
イニゴ・モレーノ:グリフ警備保障南米支部勤務のペルー🇵🇪人。元軍人で、ラゴールの部下。
エウセビオ・デ・マルセリス:元イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿プレミアリーグ2チェルシーFC.リザーブ所属。CF登録。
エドウイン・オビエド:ペルー🇵🇪サッカー連盟会長。
ゲイリー・チャップマン:ロンドン・ユナイテッド FC 広報部 広報部長。
セサル・ホセ・メルカド:ペルー🇵🇪国家警察特殊部隊"FOES"大佐。大統領命によりグリフグループ原澤会長を警護するため、ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センターを訪れた。
セシリオ・ファン・レンソ:ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センター マネージャー(総支配人)。元アメリカ🇺🇸海兵隊を得て傭兵経験があり、原澤会長とは戦友。
ダビデ・ゴンザレス:イバンの救助にあたった救急救命士隊長。
ディディエ・ラゴール:グリフ警備保障南米支部 支部長。元アメリカ🇺🇸海兵隊を得て傭兵経験がある。
ファウスティノ・ムニョス:ペルー🇵🇪のリマ警察ノンキャリア刑事。叩き上げで生粋のデカ。犯罪を憎み、権力者にさえ反発することも。重度のスポルト・ボーイズサポーターでもある。
フィオラ・デ・マルセリス:癖っ毛の澄んだブルーアイが特徴的でエキゾチックなギリシャ🇬🇷女性。ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センター フロントスタッフ。
フリオ・アルフォンソ:舞が出逢ったペルー🇵🇪リマのタクシー運転手。
ベラス・カンデラ:ペルー国籍の有望選手。ペルー🇵🇪1部リーグ プリメーラ・ディビシオン所属スポルト・ボーイズ選手。CMF登録。dreamstock(ドリームストック)にて、移籍先をチームからも期待される逸材。
ベンジャミン・ティラー:グリフ国際法律事務所 南米支部長。フレーム無しの眼鏡を掛けた眼光鋭いアフリカ系英国人🇬🇧。身長は190cmを越え、スーツの胸元が盛り上がっている程の体躯をしている。元英海兵隊特殊舟艇部隊SBS所属。
ホルヘ・エステバン:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。
マリオ・オッドーネ:ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センター ドアマン。
マルティン・ビスカラ:ペルー🇵🇪の政治家。同国第67代大統領。
モニカ・リベジェス:グリフ警備保障 南米支部所属。褐色肌で、エキゾチックな黒髪美人。やや、高圧的な処がある。
リサ・ヘイワーズ:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 事務。

エリアス・マイヤーズ:リマのギャング組織"tifón"の幹部。殺人を躊躇なく行う姿から、同じ苗字のホラー映画を模して"ブギーマン"と呼ばれる。
アントニオ:リマのギャング組織"tifón"のメンバー。特徴的な天然パーマで、それをバカにされるとキレてしまう。
オラシオ:リマのギャング組織"tifón"のメンバー。ロン毛で、何時もズボンのポケットに両手を突っ込み歩く癖がある男。ボスでもあるマフィア組織に「ケツを持ってやるから根性を見せて見ろ!」と言われたことを鵜呑みにし、仲間達と共にザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センターを訪れる。
カルメロ:リマのギャング組織"tifón"のメンバー。ボーズ頭に厳つい身体つきをした男。

エーリッヒ・ラルフマン:サッカーワールドカップ2014優勝ドイツチーム元コーチ。現ロンドン・ユナイテッドFC監督。

アイアン・エルゲラ:ロンドン最大のギャング組織集団『グングニル』の元リーダー。ロンドン・ユナイテッドFC選手。GK登録。通称アイアン。原澤会長に"舎弟"として気に入られている。
坂上 龍樹:ロンドン大学法学部1年。元極真空手世界ジュニアチャンピオン。ロンドン・ユナイテッドFC選手。CF登録。通称リュウ(龍)。
デニス・ディアーク:元バイエルンミュンヘンユース所属、元ギャング団グングニルメンバーの在英ドイツ人🇩🇪。ロンドン・ユナイテッドFC選手。 CB登録。通称D.D。
パク・ホシ:ロンドン・ユナイテッドFC選手。CMF登録。金髪をオールバックにし編み上げた長髪を背後で束ねた姿がトレードマークの在英韓国人🇰🇷。今の韓流スターとはかけ離れた厳つい表情を本人は気にしている。
ニック・マクダゥエル:イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿とナイジェリア🇳🇬の二重国籍を持つ、元難民のロンドン・ユナイテッドFC選手。DMF登録。通称ニッキーと呼ばれ、アイアンとは幼馴染み。キャプテン。
レオナルド・エルバ:ロンドン・ユナイテッドFC選手。OMF登録。通称レオ。ウェーブがかったブロンドヘアに青い瞳のイケメン、そして優雅なプレイスタイルとその仕草から"貴公子"とも呼ばれる。
レオン・ロドゥエル:特徴的なモヒカンヘアで、表情を変えない北アイルランド人。そのクールさから"アイスマン"と呼ばれるロンドン・ユナイテッドFC選手。LSB登録。

☆ジャケット:ミラフローレスのラルコ・マールにあるヨットハーバー
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

第32話「愛惜」

"キィー!キィー!キィー!"と甲高い鳴き声を奏で、山間を一羽のオナガハヤブサが滑空している。海の見える観光スポットで一番有名な、ミラフローレスのラルコ・マールにあるヨットハーバーに舞は居た。堤防の上に体育座りをし、手には灰?の様な物が入った小瓶を握り締め海を眺めていた。やがて、ハヤブサの鳴き声に反応し視線を何気なく向けたが、いつもの活力はそこにはない。今日の夕刻には、ここリマを出国するというのに本社のリサ達へのお土産をショッピングする気にすらなれないでいた。と言うより、何もする気が起きずに無気力になっていた彼女は、深く"はぁ"とため息をつくと顔を伏せてしまった。イバンが亡くなって2週間が経過したが、その間、エージェント外のことで慌ただしかった。翌日のペルー🇵🇪サッカー協会会長エドウイン・オビエドへの訪問をホルヘがメインとして対応すると、舞は更にベラス・カンデラ選手のレンタル移籍交渉のまとめ、エウセビオ・デ・マルセリスとの契約も彼に任せてしまった。
「元はと言えば、担当は私です。チーフにお願いすること自体、失礼でしょう。マルセリスの件もお任せ下さい。正直・・失敗の言い訳を考えてました。情け無い話です。チーフ・・イバン君のこと、お辛いでしょうが宜しくお願いします。」
ホルヘもベラス獲得を不安視していたこと、自分に掛けていた可能性を思うと"ホッ"と胸を撫で下ろす思いだが、メンタル的に今は作り笑いで応えることしか出来なかった。そして、彼の実力なら問題ないと判断し、有り難く提案を受けたのだった。彼女はこの時、イバンの遺体引き取りを警察に要求していたのだが、逮捕された中にストリートギャング集団の大幹部で指名手配犯のエリアス・マイヤーズが居たことで、事情聴取・遺体引き渡しが難航した。イバンが亡くなる直前に、マイヤーズに撃たれたことを聞いた舞が証人を申し出たのだが、警察が受付なかったという事態も、彼女を動揺させた。そのため彼女は、当時、救命活動に当たってくれていた救急救命士のダビデ・ゴンザレスの下を訪問し、証人をお願いしたのだ。彼は、
「分かりました。私でお役に立てるのなら、是非、協力させて下さい。あの日、確かに私も聞きました。」
舞はバッグの肩紐をかけ直し、何度も何度も会釈をして彼の居る消防署を後にした。そして、ここで余談だが、証言を認めたダビデ隊長を数名の男達が付け狙っていたのだが、その全てが警戒していたグリフ警備保障のメンバーによりシャットアウトされた。そして驚愕したことに、捕らえた面々に現役の警察官も居たというのだ。リマのギャング組織"tifón"も、この時になって漸くグリフ・グループを敵に回した恐ろしさを理解した。だが、彼等も有数のギャング組織だ。裏組織として暗躍する彼等として臨戦態勢を整え抵抗命令が出されるはずだったのだが、電撃作戦と言うほどにペルー🇵🇪の潜入捜査官達によって、幹部達が次々と逮捕されていったのだ。ギャング組織"tifón"もペルー🇵🇪警察にスパイが居るのに、ここまで必死になるとの計画を知らされていなかった。グリフ・グループは政府への多大な法人税、並びに融資を約束することに平行して電光石火の所業を行ったのだ。グリフグループの担当?それは、勿論、ゲイリー・チャップマンさ!
と、話は本筋へと戻るとしようか。舞は警察署に赴き証人の追加申請と、4度目となる遺体引き取りに来たことを受付の職員に伝えた。
「ムニョス刑事、あの日本人🇯🇵女性が来ましたよ?」
舞は一瞬目を丸くしたが、軽く息を吐いて俯き加減で待った。
「またアンタか・・。」
面倒臭そうに書類をうちわの様にして扇ぎながら、事件担当刑事ファウスティノ・ムニョスが現れると彼には、彼女がすまなそうに上目遣いで一歩前に出た様に思えた。
「あのう・・御指摘された救急救命士の方から証人の受諾を得ることが出来ましたので、人証申請を確認して貰えますか?」
「受諾したのか?」
「はい。」
舞はムニョスの前に歩み寄るとカウンター越しに書類を提出し、ムニョス刑事は書類を受け取り目を通した。忙しなく、彼の目が活字を追っている。
「よくもまぁ、この短時間で纏めたもんだ。だが、アンタが言う通り"射殺"であったとしたら、直ぐに返せそうにないな。」
「存じ上げてるつもりです。お手数ですが『完了後の引き取り』を認めて頂けないでしょうか?」
「本気で言っていたのか?」
「勿論です。」
ムニョス刑事は、改めて舞を見ると片眉を上げて呟いた。犯罪性が疑われる場合には解剖が行われる分、遺体が返ってくるまでに時間がかかる。特に司法解剖、裁判所の判断で行われる行政解剖は、裁判所から嘱託を受けた大学の法医学教室や監察医務院で行われ、遺体の搬送を含めて数日以上かかるのが通常だからだ。
「何故、日本人🇯🇵のアンタが、ストリートチルドレンのガキを引き取る?それに一体、何の意味があるというんだ?」
ムニョス刑事の最たる質問に対し、舞は済んだ瞳で彼を見つめたまま口を開いた。
「始めは、とんでもない出会い方でした。警察の方にお話し出来ない様な。でも、彼等と過ごす内に、その純粋さに惹かれました。特にイバン君は、人を和ませる才能があり・・私も、彼の親友アベルもどんなに救われたか。理由は至って単純なんです。彼を、寂しい思いにさせたくないから。決して、一人にはさせたくないからです。」
目を潤ませ、彼女は力説した。
「一人にさせたくないとは?」
「彼には、帰る家が有りませんでした。まだ、少年の彼がですよ?」
「ここでは、当たり前のことだ。」
「私は、仲良くなった彼の魂が安らかになるためなら、初めてとなるホーム(家)をあげたい。それだけなんです。」
ムニョス刑事は暫く舞を見ていたが、やがて、深い吐息を吐くと口を開いた。
「ここに、身元引き受けの署名をしてくれ。」
「あのう・・それでは?」
「物好きも居るものだな。俺には理解出来んよ。」
「あ、ありがとうございます!」
舞は深々と会釈をすると、ムニョス刑事が見せた書類を一読し署名をした。
「連絡先も書いといてくれ。」
「はい。あ!すみません・・遅くなりましたが、私、こういう者です。」
ムニョス刑事は、舞から受け取った名刺を見ると目を丸くした。
「アンタ!サッカーのスポーツディレクターなのか?」
「あ、はい。」
「何しにリマへ?」
今迄とは異なるムニョス刑事の怒涛の質問に、舞も思わず背を逸らした。
「1部リーグ プリメーラ・ディビシオン所属スポルト・ボーイズ選手の移籍交渉です。」
「だ、誰なんだね・・それは?」
「まだ、契約前なのでお伝え出来ませんが・・。」
舞は、すまなそうにムニョス刑事を見た。
「そ、そうか・・いや、気になる!私はサポーターでね、今年は成績が悪くて心配してたんだ。」
「応援してるチームの現状は、心配ですよね。」
「そうだよな!そう、ホント、そうなんだよ。」
舞はムニョス刑事の変貌ぶりに思わず"クスリ"と微笑んでしまった。
「では、ご連絡を頂けるということで、宜しいでしょうか?」
「え?ああ、分かったよ。任せてくれ!サッカー好きに悪いヤツは居らん、俺の自論だ。」
舞は笑顔で警察署を後にすると、その脚でアベルが入院している病院へと向かった。アベルはストリートチルドレンであり、総合健康保険(SIS)に未加入であったことから、入院先はグリフグループの提携病院を選択した。
ペルー🇵🇪では、保険制度の要となる総合健康保険の加入を国民に進めており、2011 年度から本格的に行っていて現在もなお全国をカバーするには至っていない現状であった。また、財源的な持続可能性を確保する観点からも、経済財務省と共同で無料の保険加入には、収入・資産に一定の基準をクリアするかを審査する制度を設け、この基準を上回る零細企業の事業主には、従業員とその家族も対象とした低額の保険料を賦課するなどの制度見直しを進めている。
( ペルー BOP/ボリュームゾーンビジネス実態調査レポート より)
アベルは今、退院目前であったが、舞はまだ養子受け入れ先を探していた。しかし、これといった受け入れ先が無く、彼女は検討の修正を含めて悩んでいるところだった。と、病院のエントランスに着いた時、スマホが着信を知らせるバイブレーションで振えた。彼女は画面を確認し、知らない番号に眉をひそめた。
「Alo(もしもし)・・」
「お!北条さんか、良かった!ムニョスだ。」
「あ、はい。どうかされましたか?」
突然のムニョス刑事による連絡に、舞はスマホを持ったまま外に出た。
「申し訳ないことになった。」
「申し訳ないこと、ですか?」
舞の背中に、緊張が走る。
「(被)害者の少年だが、いつの間にか火葬場に送られていた。」
「は?ど、どういうことですか!?」
「本当にすまない・・庶務課の担当に『本案件を警戒して欲しい』と依頼した処、ファイルにとじ込んだ書類とデーターベースが、一致していないことに気付いた。」
「そ、そんな・・」
「今から伝える火葬場に、向かってくれないか?我々も向かっている処だ。」
「すみません・・しょ、少々お待ち頂けますか?」
舞はそう言うと、スマホのメモ機能を使って記録した。
「急いでくれ!今、連絡をしたところ、現在、火葬中と言われた。」
「わ、分かりました・・直ぐに向かいます。」
舞は通話を切ると、直ぐに病院前に停車していたタクシーをピックアップし乗る前に行き先の火葬場を伝え、金額を聞いてみた。その直ぐ近くでは、アベルを護衛しながら警戒しているグリフ警備保障のメンバーが連絡を取り合っている。
「いくらならいいんだ?」
「分かりました。急いでいるので、他を当たるわ。」
「おっと、待ってくれよ!それなら、50ソルでどうだ?」
「急いでくれるなら、100ソルだって出してもいいわ。お願いできる?」
「100ソルだって!?任せろ!ぶっ飛ばしてやるよ。さあ、乗ってくれ!」
運転手は、急いで運転席に乗り込みエンジンを始動させ、舞が後部ドアを開けて乗り込むのを確認すると急発進し、目的の火葬場へと向かった。警戒していた車両が、連絡を得てタクシーの追尾を始めた。
車窓から流れる景色を観ていた舞の耳に、運転手から声を掛けられた。
「火葬場に用って、知り合いかい?」
「私の大切な友人が、手違いで火葬されることになりました。」
「手違い?どういうことだい!?」
運転手のフリオ・アルフォンソがバックミラー越しに見てくると、舞はため息を吐き穏やかに話し始めた。
「彼は、ストリートチルドレンでした。」
「ストリートチルドレン?え?そんなのが、友人なのかい?」
「大切な友人でした。」
「そうかい・・。ペルー🇵🇪では土葬が一般的だからな。知人や友人達も土葬されているよ。火葬場もあるけど、火葬は「自然死」、「病死」であること。まあ、つまり犯罪性がないことを証明しないとできねぇんだ。」
「・・そうですか。」
嫌な予感が的中した。きっと、警察署内にギャング組織"tifón"に買収されている署員が居るのだろう。証拠隠滅?亡くなっても尚、自らの保身のために人の生命を汚す輩が居ることに、言い様の無い悲しさを覚えた。
「しかしね、お嬢さん。火葬する場合、交通事故や病気、不慮の事故でも事故死、病死であることが明らかである証明証が特別にいるはずなんだよ。例えば、友人が知人の家や部屋を訪問したところ亡くなっていたという場合、警察はまず“犯罪性”を疑うだろ?自殺でもそうだよな?一旦、埋葬された遺体が掘り起こされて死因を調べるというのは土葬ならできる。ハリウッドのホラー映画のように死因究明に墓を掘り起こすというのは珍しいことではない様だぜ。それも何十年経ってからでもするらしいよ。」
イバンが安らかに眠らせてもらえそうもないことを知り、ギャングとの接点はないことが望ましいことを改めて痛感した舞だった。やがてタクシーが火葬場に到着すると、彼女は迷わず100ソルを運転手フリオに差し出した。
「ありがとうございます。」
「いや・・50ソルでいいよ。」
「偽りで語った事ではありません、感謝しています。」
「本当に・・いいのかい?」
舞は後部座席から100ソル紙幣を手渡し、軽く微笑んで会釈を魅せて降車した。
「次は無料(タダ)で乗せてやるぜ!!」
彼は運転席の窓を開けると、親指を立ててタクシーを走らせて行った。軽く微笑んだ彼女が哀しげな表情を見せて見上げた先では、火葬場の煙突の頂部が透明に揺らいでいる。やがて、舞がゆっくりと歩いて入り口へと向かうと、背後から声を掛けられた。
「北条さんか?悪いが、こっちに来てくれ。」
右手を挙げて呼び掛けたムニョス刑事は、ゆっくりと振り返った彼女の顔が真っ白に見えて、一瞬、息を呑んだ。
「うん・・」
手持ち無沙汰に挙げた右手で頭を掻くと、彼は反転し舞を裏の通路へと導いた。暗い通路を通った先に、雑然と置かれた耐火煉瓦・耐火モルタルの袋があり、室内は熱気と轟音が反響していた。足元も周囲も覚束ない室内を縫う様に歩いた先に、大きなバーナーが突き刺さった火葬炉が現れた。
「今、焼却中なんだ。すまない・・言葉もない。」
目の前では作業員が耐火ガラスの小窓から中を覗き込み、小さな穴より入れ込んだ棒で掻き混ぜて燃焼を促している。ムニョス刑事は、流れる汗をハンカチで拭いながら舞を見ると息を呑んだ。未だ汗一つ浮かんでいない陶器の様に真っ白な顔にある澄んだ瞳から、一筋の涙が流れた。まるでギリシャ彫刻の様に立ちすくみ殆ど瞬きすることもなく、彼女は両手を前にし拳を"ぎゅ"と握り締めていた。
「火葬完了に残り20分、自然冷却に25分必要だそうだ。待合室に行かんか?」
ムニョス刑事の問い掛けに、彼女は人形の様に従った。再び通路を通り外部に出た時、舞がムニョス刑事に呼び掛けた。
「ムニョス刑事。」
ムニョス刑事が振り返った。
「すみません・・火葬が終わるまで、私、ここで待たせて貰っても宜しいでしょうか?」
「ここで?」
「はい。」
舞が煙突を見上げたので、ムニョス刑事も見上げた。煙突の頂部がある空は、今も陽炎の様に揺れている。すると、ムニョス刑事が舞の右横に並んで話し掛けて来た。
「ペルー🇵🇪では最近、犯罪事件の死因、例えば・・銃撃戦中に撃たれて死んだのか、あるいは逮捕後、“処刑”されたのか等と死因は銃創でも、弾丸がどのように身体にめり込んでいったかを調べるために墓を掘り起こし、遺体の再検査をしたりしている。土葬であればそれはできる訳だが火葬された骨からはそのようなことは分かりようがない。日本では死因究明の解剖をしたり、遺体をスキャンしたりするんだろ?疑いのある(被)害者を公判を待たずに火葬などとは、今のペルー🇵🇪ではもってのほかなんだよ。身内の恥を晒す様で、本当に心苦しい。」
舞は、黙って聞いていた。
(さようなら・・イバン。空の上から、アベルの事を見守っていてね。きっと、私の事・・笑って突っ込んでくれるのかな?貴方の魂が安らかなる事を、私・・ずっと、祈ってるわ。大丈夫!忘れたりなんかしないよ、本当に・・ありがとう。)
彼女は心の中でそう呟くと胸の前で手を合わせ、やがて顔を伏せ目を閉じた。隣に居たムニョス刑事が、舞の白い頸と細い腕を観て言葉を詰まらせた。
「ムニョス刑事?」
火葬場の職員らしい人物が、入り口から電話が入っていると仕草でアピールしているのを観た彼は、頭を掻きながらその場を離れて行った。
一方、少し離れた木陰には、舞を影ながら警護しているグリフ警備保障南米支部 支部長ディディエ・ラゴールが居た。周囲を警戒しながらではあるが、舞の姿を目の端に捉えて冷静になっている自分に気付き、彼は軽く舌打ちをした。戦場で多くの死を体感している元軍人にとって、1人のストリートチルドレンである少年の死に感情を揺さぶられている彼女を観てしまうと、鈍化した感情が己の枷になっている様に思えてしまい、彼はため息を吐き嘆息した。
「さて・・どうされるのか?」
ラゴールの目線の先、舞は再び手を合わせたまま煙突の頂部を見遣った。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ここ、ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センターの受付では、いつもの様にフロントスタッフのフィオラ・デ・マルセリスが、満面の笑みで兄エウセビオと話していた。
「あっという間だったね、兄さん。」
「そうか?」
「そうよ!もっと、ゆっくりして行けばいいのに・・。」
最愛の妹フィオラがする、口を尖らせた抗議顔を見たエウセビオが微笑んだ。
「楽しみにしていてくれ、俺は必ずロンドンで成功してみせるから。約束するよ。」
「楽しみだけど・・怪我だけは気を付けてよ!」
「心配するな、身体だけは頑丈だ。」
と、フィオラの目に兄の背後、スーツ姿のアジア人紳士が近付いてくるのが見えた。銀髪のその男性は、中国人であろうか?高そうなスーツが印象的だ。彼女は、兄エウセビオに呼び掛けた。
「兄さん、ちょっとゴメンね。いらっしゃいませ、ようこそ当ホテルへ。御用件を承ります。」
その紳士は、真っ直ぐにフィオラへと近付いて来た。何故であろうか?彼女は、彼を見て瞬時に緊張した。兄、エウセビオも横に避けたが、気になったのか視線を送っている。
「すみません。アポイント無しで訪問したのですが、レンソ総支配人は居られますか?」
「生憎、レンソは打合せ中でして・・宜しければ御用件を承りますけども。」
セシリオ・ファン・レンソ総支配人に飛び込みで面会を求める客が非常に多いため、彼女はマニュアル通りの対応をした。
「そうですか・・では"ハラサワが来た"とお伝え願えますか?」
「"ハラサワ様"ですね?少々お待ち下さい。」
フィオラは目の前にある電話にて、副総支配人のアルベルト・マットへとコールを入れた。
「どうぞ。」
ノックをしマット副総支配人は、レンソ総支配人の執務室の扉を開けた。
「失礼致します。ノンアポイントのお客様がお見えですが、お逢いになられますか?」
「"無理だ"と伝えてくれたまえ。」
「承知しました。」
「あ・・ちょっと、待ってくれ。どんな人物だね?」
「"ハラサワ"と名乗るアジア系の人物だそうです。」
「な!何⁉️ハラサワ!!?だと!」
立ち上がったレンソ総支配人の凄まじい剣幕に、マット副総支配人は思わず後退った。
「すみません。少し、失礼しますね。」
「あ・・はい、どうぞ。」
"ハラサワ"と名乗る人物は、フィオラに声を掛けエントランスにある美術品へと向かった。
「日本人か?小さい割には、貫禄あるオヤジだよな?」
「駄目よ兄さん、聞こえるわ。」
フィオラに嗜められたエウセビオが、首を縮めて謎のアジア人紳士を盗み見たのだが、彼は振り返り再び彼を見た。
「どうしたの?」
「いや・・何でもない。」
「うるせぇーな、客だって言ってるだろ!」
「ですから、確認をさせて下さいと・・」
「入り口で騒ぐんじゃねぇーよ!!」
エントランスから、がなり立てながら3人の男達が入って来た。如何にもギャング風の彼等をドアマンのマリオ・オッドーネが、必死に引止めようとしている。
「周りのお客様に御迷惑となりますので、大声等でお話になることはお控え下さい。」
「テメェーが、イラつかせてるんだろうが!」
「"俺等も客"だということを忘れんなよ。」
「何見てんだ、この野郎!?」
遂には、一般客にまで怒鳴り始め、エントランスに居た客達が蜘蛛の子を散らす様にその場を離れ始めた。と、先程の"ハラサワ"と名乗ったアジア人紳士が再びフロントのテーブルに戻って来た。
「あの・・」
「目の前で応対してくれている素振りだけでいい。」
「え?」
彼は動揺しているフィオラに笑顔で話し掛けると、そのタイミングで男達が現れた。
「おい!姉ちゃん。このホテルは如何なってんだ?客のもてなし方も、知らねぇーのか?」
「退けや!」
1人の男、天然パーマのアントニオが目前に居たアジア人紳士を手で押し退けようとしたのだが、動かないことに眉を歪めた。
「君達、私が彼女と話しているんだ。後ろに並んでくれ。」
「あ?何だって!?」
ボーズ頭に厳つい身体をしたカルメロが、背後より彼を怒鳴り付けた。
「『後ろに並べ!』そう言っている。」
フィオラが彼の態度に困惑しているのに対し、エウセビオがカウンターに両肘を突き横から状況を具に盗み見ていた。
「お前が退けや!」
「私が?何故だね?」
「いいから、退け!『チンク』(Chink)!!」
背後に居たもう一人のロン毛の男オラシオが、アジア人紳士を差別用語で貶し蹴り飛ばすと、男性はエウセビオにぶつかり、テーブルにしがみ付いて身体を支えた。
「すみません・・大丈夫ですか?」
「あ、いや、俺なんかよりも・・お・・?」
蹴られたアジア人紳士に、エウセビオは心配されたことで目を丸くしたが、直ぐに3人の男達を一喝しようとした瞬間、周囲を数名の男女が握り拳を作り鋭い視線で、今にも飛び掛かりそうにしているのに気付き、声を失った。彼等は顔を紅潮させ、歯軋りしている者まで居た。
「あーあ、君達は大変な事をしてくれたね。預かっていた大切な時計が、壊れてしまった。」
アジア人紳士は胸ポケットから金色に輝く時計を取り出し、オラシオの前にぶら下げて見せた。
「ホント・・さっきから何なんだ、オメェ〜わよ!」
カルメロが彼に詰め寄り"バシッ!"と壊れた腕時計を持つ手を叩いて落とさせると"バキッ!"
と、オラシオが足で踏み潰した。
「文句あるか?今度は、お前をこの時計の様にしてやるぜ!」
オラシオがアジア人紳士を睨み付けると、背後に居たカルメロが下品な笑い声を上げたのだが、アントニオの表情が厳しくなったことに気付き、声を掛けた。
「どうした、アントニオ?」
彼の目線は、フロント奥にある扉より現れた紳士、セシリオ・ファン・レンソ総支配人を捉えていた。そこで、アジア人紳士が呟いた。
「文句か?多有りだな(笑)蹴られ、叩かれ、大切な時計を壊されているのに、冷静で居られる奴が居るとでも?」
「あ?じゃあ、警察でも呼ぶか?おお!それとも、ママか?」
オラシオとカルメロが顔を見合わせ大爆笑している横で、アントニオが口を開いた。
「あ、あの女・・日本人の女は、何処だ!?」
「ちょっと待った!!それ以上、ここで彼女の事に触れない方が"身の為"だと思うぞ。」
レンソ総支配人が、手で抑える様な動作をし眉根を寄せ呟いた。
「ど、どういうことだ?」
「おい、そこの君!日本人女性とは、どんな女性だ?」
アジア人紳士が、ニコニコしながらアントニオに近付いて来た。
「え?」
アントニオは近付いて来る彼を、怪訝に見据えた。
「その日本人女性の居場所を知って、君は如何するつもりなのかね?」
「お、俺は・・その女に話があるんだ。」
「ほう!どんな?」
「な、何でお前に話す必要があんだよ!?」
アントニオがアジア人紳士に向かって怒鳴ると、彼はアントニオの目前に来ると、不敵な笑みを見せて呟いた。
「その額の傷は、彼女に割られたのか?」
アントニオが、慌てて傷を手で隠した。
「彼女を甘くみたな、それが結果だろう。」
「な、何だとぉーー!?」
アントニオは奇声を発してアジア人紳士に殴り掛かった・・はずだった。彼はアントニオの拳を"パシッ!"と最も簡単に受け止めてしまった。
「話にならん。」
そう言うと、受け止めたアントニオの拳を小指の方から捻りあげると、そのまま床へと捻じ伏せた。
「イ、イタタタタ!?」
「この野郎!!」
「やりやがったな!」
オラシオとカルメロがアジア人紳士に殴り掛かると、彼は振り返って言った。
「蹴られたことの釣りか?十分にあるぞ。」
「上等じゃねぇーか!?」
「ところで・・いいのか?」
アントニオが涙目で腕をさすって彼を見上げると、ゾクリ!と身を固くした。まるで死神を連想させる、そんな笑みだったからだ。
「何がだよ?」
「お前達は、とっくに"俺の間合い"に入ってるんだが?」
「間合い?」
その直後だった、周囲に居た数人が飛び出し、更にレンソ総支配人がフロントのカウンター上を身を翻し滑らせながら彼の前に割って飛び込んで来た。見たことがない彼の動きに、フィオラが身を退け反らし目を丸くした。
「はい!ちょっと、待ったーー!!」
その場に居た者達が声がしたエントランスへと視線を移したのだが、アジア人紳士・・彼は全く無反応で目前の"愚か者達"をニヤニヤと観ており、一方、レンソ総支配人は厳しい表情でアジア人紳士の前に立ち"愚か者達"に睨みを効かせていた。
「誰も動くなよぉーー!警察だ。」
「お、おい・・」
「大丈夫だと言われてるだろ?ビビるなよ・・。」
エントランスから入って来たのは、ペルー🇵🇪警察のムニョス刑事を筆頭とした数名の警察官達であった。彼等は周囲の注目を浴びながら近付いて来た。
「刑事さん・・どうかしたんすか?」
「ちょっと、言ってやって下さいよ!このホテル、宿泊客を舐めてるんですよぉ。」
オラシオとカルメロが、大袈裟に顔を歪め手を広げてムニョス刑事に苦情を唱えた。
「このホテルに、お前達が泊まる?何のジョークだ?」
「ちょっと待てよ!俺らだって、苦労して稼いだ金で泊まることぐらいするぜ!」
「それなのによぉ!このホテル、客に酷い扱いしますよぉ、ねぇ!皆さん!?」
カルメロが周囲に聴こえる様に大声で捲し立てると、周囲に居た客達・・いや、客達なのか?殆どの者達が、彼等を睨んでいる。その状況に眉を歪めたアントニオが彼等の袖を引いた。
「何かヤベェよ・・ずらかろうぜ。」
「馬鹿言うなよ、今更引ける訳ねぇだろ!」
「当たり前だ。お前達の行き先は、決まっている。」
レンソ総支配人が冷たく言い放つと、彼等は互いの顔を見合わせて周囲を見て固まった。
「留置所だ。キミらを威力業務妨害で訴えることとする。」
「う、訴える?俺らをか?」
「や、やれるものなら・・」
オラシオが吠え、カルメロが口を開いた瞬間、ムニョス刑事が割って入って来ると、カルメロの腕に手錠を掛けた。
「続きは、署で聞くぞ。」
「お、おい!本気で俺達を捕まえるのか?お前らの家族がどうなってもいいのか!?」
「おっと!脅迫罪も追加だな。」
レンソ総支配人が"ニヤリ"と口元に笑みを浮かべて呟くと、オラシオは仲間達を置いて逃げようとした・・はずだった。
"ダーーン"
と彼はアジア人紳士の出した脚で、派手に床に転がった。周囲に居た警察官に、彼も取り押さえられると逃げ遅れたアントニオが怯えて周囲を見渡したところで、アジア人紳士の呟きを聞いた。
「終わりだな・・これで。」
その低い声から発せられた言葉に、彼は総毛立ち震えが止まらなくなった。
「宜しいですか?刑事さん。」
ムニョス刑事は呼ばれた声に振り向くと、其処にはフレーム無しの眼鏡を掛け眼光鋭いアフリカ系英国人🇬🇧が立っていた。身長は190cmを越えているであろうか?レスラーの様にスーツの胸元が盛り上がっている。
「アンタは?」
「失礼いたしました。私・・こういう者です。」
名刺には"グリフ国際法律事務所 南米支部長 ベンジャミン・ティラー"とあった。
「偶然・・じゃ、ないな?」
「はい。先程、当社グループCEOが足蹴にされ、手を叩かれ、預かり物の高額な時計を壊されるという事態を目の前で観ていました。」
「ふ〜ん。」
周囲を見渡した彼は、殺気みなぎる人々に苦笑いをした。
「よくもまあ、トップが蹴られ・・いや、待ってくれ!グループCEOだと?」
ムニョス刑事の表情が、一変した。
「はい。」
慌てて見渡して探したアジア人紳士と目が合うと、彼はホテルエントランスを指差してきた。釣られて振り返ったその先に視線を走らせたムニョス刑事の目に、黒いベレー帽を被り銃を背負った軍服の男達が入って来るのが見えた。彼等は脇目も触れずにアジア人紳士へと向かって来ると目前に来るなり敬礼をした。
「失礼致します、ペルー国家警察特殊部隊 大佐 セサル・ホセ・メルカドと申します。グリフグループCEO 原澤 様で居られますでしょうか?」
「如何にも、そうだが?」
「マルティン・ビスカラ大統領より司令を受けお迎えにあがりました。これより、護衛の任に就かさせていただきます。」
「それは必要ない。大統領に『宜しく』伝えてくれ。」
「ですが・・貴方様を"国賓"として御迎えするよう、言付けられております。」
「メルカド大佐。」
「は!」
「そのビスカラ大統領の命令に、私が"従わなければならない"と?」
徹はジロリ!とメルカド大佐を睨み、抑揚の効いた落ち着いた声で問い掛けた。
「大統領は、原澤CEOに失礼な事が無い様にと、仰られ・・」
と、突然、徹が笑い出した。周りに居る誰もが不安気に見つめている。先程まで傍観を装っていたエウセビオは、まさかグループCEOと会うことになったことに動揺し、そして何よりぶつかった事を思い出していた。
「アジア人はこの国では、虐められると?足蹴にされ、手を叩かれ、預かり物の高価な時計を壊される可能性があるから護衛にと?そういうことかね?」
「それは、一体・・どういうことでしょうか?」
「先程、CEOがそちらの若者達から受けた屈辱ですよ。」
ティラー南米支部長が、掛けている眼鏡を持ち上げて口を開いた。
「何だとぉ!?」
メルカド大佐は、警察官達に捕らえられている3人の若者を観ると、直ぐ徹へと勢いよく敬礼した。
「大変、申し訳ございませんでした!!」
軽く会釈をした彼が、ティラー南米支部長に向き直った。
「後を頼む。」
そう言うと持っていた壊された(?)腕時計を手渡した。
「承知いたしました。」
ティラー南米支部長は恭しく受け取ると、受付に居るフィオラの元へと向かった。
「お手数掛けますが、録画していたセキュリティー映像を拝見しても?」
「え?あ、はい・・えっと・・」
「どうぞ、此方です。」
マット副総支配人は、そう言うとティラー南米支部長に声を掛け誘導しようとした。
「おい!ちょっと待ってくれ!勝手なことは・・な、何してんだ!?」
「イ、イテェーな!」
「ちょ、ちょっと・・おまわり!助けろよ!?」
メルカド大佐がアゴで指示を出すと、着いて来た部下達がオラシオ達3人を連行しようとして彼等を掴んで来た。それを見たムニョス刑事が割って入ろうとして、メルカド大佐に軽くいなされる。
「おい!何してやがるって聞いてんだよ!?」
「政府は、内偵も行っている。」
「あ!?内偵だ?知るか、そんなもん!」
「だろうな。」
「なにぃーー!?」
メルカド大佐にムニョス刑事が詰め寄り、一触即発の空気に周りが固まった。連行しようとする軍隊に、警察が立ち塞がる構図だ。
「分からないのか?警察署内にマフィアと繋がっている者が居る、そういうことだ。」
「だったら何だと言うんだ?それが、コイツらギャングを横取りして連行することにどう繋がる?」
「結果、彼等が外に戻ったことで、我が国のVIPたる御方にご迷惑をお掛けしたのだ。警察組織がしっかりしないのなら、我々がするまでだ?」
「ば、馬鹿野郎!勝手に決めつけるんじゃねぇ!?」
「馬鹿野郎?」
「ああ、馬鹿野郎には、馬鹿野郎だ!」
「おい。」
徹に声を掛けられ、メルカド大佐、ムニョス刑事が振り向いた。
「ホテル関係者さんに御迷惑だ、他でやれ。」
「は!失礼致しました。」
メルカド大佐が敬礼の姿勢を取ることで、ムニョス刑事が"チッ!"と舌打ちをして彼を見やった。
「捕らえた手柄は、警察だ。軍が引渡しを要求するなら正式に行うしかあるまい。」
「い、、いえ・・しかし、それでは・・」
「手柄は"警察"だ。」
「・・」
メルカド大佐は口元を一文字にして、黙って俯いた。
「大佐、ビスカラ大統領に伝えて欲しい。『御要求には企業として検討しているため、担当者よりの報告を待って欲しい』と。」
「そ、それは、その・・如何なることで?」
「企業誘致の件は、とてもナイーブな話だ。担当部署にて調査・検討をしている、それだけ伝えて欲しい。」
ペルー🇵🇪としては外貨獲得のため、商業・業務施設の立地や産業施設の立地に向けて、保有等されている用地の販売・賃貸のために、企業ヒアリングを行い成約に結びつける誘致を期待しているのだ。特に、グリフグループが動くことで国内雇用の拡大、如いては高額な法人税の取得が主な狙いであろう。
「では・・我々は、これにて失礼いたしますが、その・・本当に宜しいのでしょうか?」
徹は軽く頷くと、レンソ総支配人へと振り向いた。メルカド大佐は、それを見て敬礼し部下達を促しホールから出て行った。だが、ムニョス刑事達は今も彼等を睨んでいる。
「レンソ、元気そうで何よりだ!」
徹はそれに構うことなく笑顔で言うと、レンソ総支配人に手を差し出した。その手を彼は両手で握り締める。
「徹・・別人ではないか?と思う程の活躍に驚愕しているよ。」
レンソ総支配人は、そう言うと目頭を赤くし目を潤ませた。
「すまんな、ホテルの営業に迷惑を掛けた・・心から謝罪したい。」
「それを言うなら、同国の若者が行った非礼について、謝罪させて欲しい。よく、耐えてくれた。」
徹はその言葉に、左の口角を歪めて微笑した。飛び蹴りをされて、高価な腕時計も手を叩かれ踏み躙られたのだ。世界有数の大企業トップがその様な屈辱を受け、自分が我慢しても周りが許さないだろう。レンソ総支配人はその事を心配して口を開いたのだが、こちらも顔を伏せて頭を掻いてしまった。
「失礼致します。会長、スーツの御召し替えをご用意致しました。」
徹の背後にグリフ警備保障 南米支部 モニカ・リベジェスが、ハンガーに掛かったスーツを持って現れた。褐色肌のエキゾチックな黒髪美人だ。
「そうか・・。レンソ、更衣室を借りても?」
「勿論だ。フィオラ、ご案内を。」
「はい、承知致しました。どうぞ、こちらです。」
徹は、リベジェスからスーツを受け取り、フィオラに従った。
「ちょっと待ってくれ!」
ムニョス刑事が、徹に声を掛けたことでフィオラが振り向くと、徹は優しく促し個室へと入って行った。
「何でしょうか?」
其れにリベジェスが振り向いて反応し、ムニョス刑事の前に立ち塞がった。その妖艶さと気高さに、彼は一瞬躊躇した。
「被害届けを提出するのなら・・すみませんが署まで御同行してもらわないとね。」
リベジェスは、右手の甲を口元に当てると軽く笑って答えた。
「代理人として、弁護士である我々が対応を致します。」
ムニョス刑事が、片眉を歪めた。
「結局『自分は特別だ!』と?そういうことかね?」
「特別以前の事です。それが法的に問題でも?」
「いや・・そうではない。ないが・・気に入らんなぁ、とそんな所だ。」
「貴方は、国賓扱いの会長を『気に入らない』と、そういうことですか?フッ!貴方の意見などどうでもいいですから。」
リベジェスは、まるでパルテノン神殿にあるアテナ像の様に、ムニョス刑事の前に立ち塞がる。その隙の無い美貌を目の前にして、彼は何故か舞を思い出していた。知的で高圧的なリベジェスの気が、何故であろうか?滑稽な様にさえ感じ落ち着きを取り戻した。
「そうか・・上から目線なのは、あんたか。」
リベジェスが、片側の口角を上げ目を細める。
「あんたら弁護士は、警察なんざ舐めてんだろうな。だがな、例え何と言われ様と特別視なんて俺はしねぇ!治外法権でも適用するっていうのなら別だかよ。」
リベジェスが吹き出して笑ったのを見て、ムニョス刑事が顔を赤らめた。治外法権は、外交官特権だ。
「刑事さん、失礼しました。すまないが、頼むよ。」
徹がフロント内部の扉からフィオラと共に現れると、着ていたスーツ一式をリベジェスに手渡した。
「お役に立てて、何よりです。お預かり致します。」
彼女は恭しく受け取ると、下がって行った。
「さて、刑事さん。私は本日夜にペルー🇵🇪を発たなければならない、ある人物と合流してね。その過程でトラブルに巻き込まれてしまった。私は代理人である弁護士達に対応してもらう予定であるし、証人達も居るのだが・・何が不服かね?」
徹はフロントのカウンターより出て来ると、フィオラに軽く頭を下げてムニョス刑事の前へと来た。その表情は、一変の曇りもないどころか威圧を掛けている様に感じる。フィオラも、慌てて会釈をした。
「いえ・・結構ですよ、会長。おい!連れて行け。」
ムニョス刑事は目を細めて顎で促すと、アントニオ他2名のギャング達を連行するよう部下達に指示を出した。本心ではなかったが、言葉が口を突いて出た。
「ありがとう。」
いや・・本心からだった。ペルー国家警察特殊部隊のメルカド大佐とやり合ったとして、勝てる分けがなかった。彼の仲裁がなければ、それは厄介なことになっていただろう。
「自分よりインテリな人物を見ると・・嫉妬ですかね?つい、ムキになってしまう。」
「私も、似たようなものだ。」
「は?貴方もですか?」
「常に、葛藤と後悔だ。」
徹とムニョス刑事は、共に目を合わせると笑いあったが、徹の次の言葉を聞いた彼は目を見開いた。
「舞が世話になった。」
「舞・・え、舞ですか?もしかして、貴方が合流するのは?」
徹は"ニヤリ"と片側の口角を上げると、フロントの脇に居るエウセビオに視線を送った。視線が交差した彼が、慌てて姿勢を正した。
「エウセビオ・・妹さんから伺った。君はウチに来るのかね?」
「あ・・はい!お世話になります。」
「そうか・・では、一言だけ言わせてもらおう。」
「はい・・。」
エウセビオは、徹の先程とは変わって挑むような視線に身体を硬直させた。
「期待している。頼むぞ!」
徹は彼にそう呟くと、右手を差し出した。一瞬、生唾を飲み込んだ彼が、ゆっくりと手を差し出すと徹は左手を添えて返した。
「ありがとう。」
その丁寧さに、エウセビオは思わず深く会釈をしていた。
「レンソ。君と個人的に話があるのだが・・如何かね?」
徹は、エウセビオから離れるとレンソ総支配人に向き直った。その瞳は深い憂いを湛え、黒く美しい光を宿していた。

第33話に続く

"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"

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