Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第24話「巡合」
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主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK
https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A
『主な登場人物』
原澤 徹:グリフグループ会長。
北条 舞:イングランド🏴3部リーグ『EFLリーグ1』所属 ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。
アベル:舞がペルー🇵🇪のホルヘ・チャベス国際空港で出会ったストリートチルドレンの少年。サッカーが得意というが・・果たして。
アリエン ロッベン:ドイツ🇩🇪1部ブンデスリーガ所属FCバイエルン・ミュンヘン選手。若い時から"エゴイスト"と呼ばれる程の積極的なプレイをする。
アルベルト・マット:ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センター アシスタント・マネージャー(副総支配人)。
イバン:舞がペルー🇵🇪のホルヘ・チャベス国際空港で出会ったストリートチルドレンの少年。アベルと共に、孤児院より抜け出して育つ。
エーリッヒ・ラルフマン:サッカーワールドカップ2014優勝ドイツチーム元コーチ。現ロンドン・ユナイテッドFC監督。
エドウイン・オビエド:ペルー🇵🇪サッカー連盟会長。
エリック・ランドルス:ロンドン・ユナイテッド FC 秘書部 秘書室長。
エンゴロ・カンテ:プレミアリーグ所属チェルシーFC選手。ピッチの広範囲をカバーする圧倒的な運動量を持ち、ボール奪取のスペシャリストとして有名なフランス🇫🇷代表選手。
クラウディオ・ピサーロ:ペルー・カヤオ出身のドイツ🇩🇪1部シュポルトフェアアイン・ヴェルダー・ブレーメン所属。最多外国人得点王でもある。元ペルー代表。ポジションはCF。
クリスティアーノ・ロナウド:イタリア🇮🇹1部ユヴェントスFC所属。ポルトガル代表。ポジションはFW。愛称はCR7、ロニー。所属した4チーム全てにおいて、リーグ戦または国内スーパーカップでの優勝を経験しており、UEFAチャンピオンズリーグなどは、5度制覇している。サッカー関係者からしばしば世界最高の選手と評されるプレイヤー。
ゲイリー・チャップマン:ロンドン・ユナイテッド FC 広報部 広報部長。
ジェラルド・レジ:ロンドン・ユナイテッド FC 人事部 人事部長。ジェラルド・レジ人事部長。
ジャック・ブラフィニ:ロンドン・ユナイテッドFC広報部 広報課長。
シャロン・キャリー:ロンドン・ユナイテッドFC総務部 総務課 チーフ。
ジャン・ミシェル・オラス:フランス🇫🇷実業家。フランス🇫🇷リーグ・アン所属オリンピック・リヨン 会長。
ジュニーニョ・ペルナンブカーノ:母国ブラジル🇧🇷のサッカーコメンテーター兼コンサルタント。現役時代、ブラジル代表として活躍、直接フリーキックによるゴール数77本の歴代最多記録を保持する。
ジョン・F・ダニエル:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。
セロンド・ムサカ:ソマリア国籍の難民選手。RSB希望。dreamstock(ドリームストック)にて、プロ選手を夢見る。ドイツ11部リーグ所属 難民だけのサッカーチーム ウェルカム・ユナイテッド03所属。
ディディエ・ラゴール:グリフ警備保障南米支部 支部長。元アメリカ🇺🇸海兵隊を得て傭兵経験がある。
トミー・リスリー:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 総務部長。
パオロ・リヴィエール:ロンドン・ユナイテッド FC 人事部 人事課チーフ。
橋爪 奈々:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部
契約課 チーフ。舞の同期であり親友。
ハンク・バルクホルン:ドイツ🇩🇪にある、ジャズバー”Zosch(ゾッシュ)”の店長。原澤会長の傭兵時代の部下。当時の階級は軍曹。
ベラス カンデラ:ペルー国籍の有望選手。ペルー🇵🇪1部リーグ プリメーラ・ディビシオン所属スポルト・ボーイズ選手。CMF登録。dreamstock(ドリームストック)にて、移籍先をチームからも期待される逸材。
ホセ・カンデラ:ミラフローレス区のケネディ公園に居たサッカー好きの屋台店主。
ホルヘ・エステバン:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。
マービン・ドレイク:ロンドン・ユナイテッドFC専務取締役。
マリーナ・グラノフスカイア:イングランド🏴1部リーグ所属 チェルシーFCのテクニカルディレクター。フロント主導の移籍交渉と選手契約を担うロシア人女性。舞台裏では、その商談スキルから「プレミア最大の影響力を持つ女性」と呼ばれる。
マリオ・オッドーネ:ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センター アシスタント・マネージャー ドアマン。
ライアン・ストルツ:ロンドン・ユナイテッド FC 広報部 広報課 チーフ。舞の同期であり頼れる親友。
ラリー・テッド:グリフ証券会社 人事部 人事部長。
リオネル・メッシ:イタリア系アルゼンチン人サッカー選手。スペイン🇪🇸1部リーグ リーガ・エスパニョーラ所属FCバルセロナ選手。アルゼンチン🇦🇷代表。ポジションはフォワード。史上最多となる6回のバロンドールに輝くなど、サッカー史上最高の選手の1人。
リサ・ヘイワーズ:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 事務。
アイアン・エルゲラ:ロンドン最大のギャング組織集団『グングニル』の元リーダー。ロンドン・ユナイテッドFC選手。GK登録。通称アイアン。
ケビン・ティファート:ロンドン・ユナイテッドFC選手。CB登録。ユース出身。
デニス・ディアーク:元バイエルンミュンヘンユース所属、元ギャング団グングニルメンバーの在英ドイツ人🇩🇪。ロンドン・ユナイテッドFC選手。 CB登録。
ニック・マクダゥエル:ロンドン・ユナイテッドFC選手。DMF登録。通称ニッキー。キャプテン。
レオナルド・エルバ:ロンドン・ユナイテッドFC選手。OMF登録。通称レオ、ウェーブがかったブロンドヘアに青い瞳のイケメン、そして優雅なプレイスタイルとその仕草から"貴公子"とも呼ばれる。
☆ジャケット:ペルー🇵🇪の首都リマにあるホルヘ・チャベス国際空港
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第24話「巡合」
「お客様、こちらで宜しかったでしょうか?」
ロンドン・ヒースロー空港発、リマ往き旅客機のビジネスクラスの席に、イングランド🏴3部リーグ『EFLリーグ1』所属 ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター 北条 舞がいた。
「ありがとう。ええ、大丈夫です。」
彼女は、キャビン・アテンダントから、膝掛けと経済誌を受け取ると、入力中のLINE操作に移った。
"今から、ヒースロー空港を離陸します。しばらく戻れないですが帰ったら逢えなかった分、た〜ぷりと!私を可愛がって下さいね❤️"
入力を終え、原澤会長へと送信を済ました彼女はスマホの電源を切り、椅子に寄りかかって窓から離陸前のロンドン・ヒースロー空港を見つめた。ここ、ロンドン・ヒースロー空港は、イギリスの首都ロンドンの西部にあるイギリス最大の空港であり、国際空港評議会の集計による国際線利用者数は2019年が約7604万人で、ドバイ国際空港に次ぎ世界第2位となる巨大空港である。彼女は、そんな大空港の景色を見つめながら、今朝の事を思い出していた。
「あのう・・徹さん?」
遂に、舞とグリフグループ会長 原澤 徹は、両想いであることを互いに確認し交際が始まった分けだが、今はそんな甘い空気ではなかった。彼はリビングの窓辺に立ち、外を見つめながら口を開いた。
「舞、"人事について相談したいことがある"と、俺が言ったことを覚えているかね?」
「はい。デニスと話した、カフェで伺ったことですよね?」
「そうだ。4月1日に大幅な"人事改革"を図る予定だ。」
「"人事改革"?ロンドン・ユナイテッドFCのですか?」
「いや・・グループ全体に及ぶものだ。」
徹は振り返り、舞の元に戻って来ると椅子に腰掛け彼女の顔を見たのだが、舞の心配そうな顔を見て思わず視線を逸らした。
「コーヒー・・煎れましょうか?」
「え?あー、うん。頼もうか。」
舞は徹のコーヒーカップと自分のコーヒーカップを取ると、椅子から立ち上がり"パタパタ"とスリッパを鳴らしてキッチンへと向かった。
「話し辛いですか?」
「そうだな・・君に、俺の思いが伝わるかな、と。」
「心配なさらずにお話下さい、どの様な人事に?」
「うん・・」
"コポコポコポ・・"コーヒーメーカーが、奏でる音を聴きながら、舞は褐色の滴が落ちるのを見つめていた。
「長年、空位であったロンドン・ユナイテッドFC社長の就任を考えた。」
「遂に・・ですか?」
「ああ、今まで断られていたが、今度は就いてもらう。」
「断られていたのですか?その方に?」
「うん。あ、舞?」
「はい?」
「悪いが、俺のには"豆乳"を入れてくれるか?すまないね。」
「あ・・はい、分かりました。私のも入れようかな♬」
舞は冷蔵庫から豆乳を取り出すと、2つのカップに注いだ。
「どなたなのですか?徹さんの、お眼鏡に適った人物とは?はい、お待たせしました。」
「お、悪いな。」
再び、キッチンから"パタパタ"とスリッパを鳴らせて、舞がコーヒーを持って戻って来た。
「うん!美味いね。」
「良かった。」
「エリックを社長に据える。」
「秘書室長ですか?あー、なるほど。え?ずーっと、断られてたんですか?」
「ああ、『自分には、無理』だとさ。」
「へー、駄目ですねぇ?」
舞が頬杖を突いてボヤくと、屈んだ際に胸の谷間が見えた徹が、軽く覗く顔をした。気付いた彼女が、自分の胸元を、覗いて顔を上げると『えっち!』と言って"べーー!"と舌を出した。
「もっと、見たいぞ?」
「お話しが先です!では、会長付秘書室長は・・もしかして、ゲイリーさんですか?」
「お!流石は、舞さん。お見事!」
「いえいえ!徹さんとゲイリーさんの繋がりを考えれば、自然とです。」
「それと、グリフグループの専務取締役に、人事部長のレジを充てる。」
「あの方が専務に成られたら、組織が締まりそうですねぇ〜(笑)」
「そう思うか?」
「はい、"カッチカチ"かも(笑))」
「そうだな。まあ、ドレイク(専務取締役)より下は無いな。」
「えーー!それは・・はい、無いですね(笑)」
「お!言うねぇ?」
「あ・・遂、思わず。ごめんなしゃい。」
2人は、顔を見合わせて笑いあった。
「空いた人事部長は、グリフ証券会社のラリー・テッドを、ロンドン・ユナイテッドFC広報部広報部長にジャック・ブラフィニ課長を昇進させる。」
ジャック・ブラフィニ課長・・記者会見の時に会ったノンキャリアの叩き上げ社員だ。正直、彼女の中では徹と同種なタイプに見え、はっきり言えばタイプである。
「如何なりますかね?」
「ん?と言うと?」
「部長になられて、溜めていた鬱積を晴らすことになるのか・・気になる所です。」
「出来なかった業務改善に対する思いか?若い頃は、かなり"尖っていた"ということを耳にしているが、まあ、大丈夫だろう。」
「大丈夫?どうしてですか?」
「今回の人事、俺にとっては、ここが要だからだ。」
「要?」
「ああ。広報部広報課課長、ここから支流が発せられたんだ。」
「そうなんですか・・」
広報部広報課チーフは、同期であり友人のライアン・ストルツだ。彼が要?舞が頭の中で反復させると共に、胸騒ぎがした。徹はコーヒーを一口すすり、語り始めた。
「ロンドン・ユナイテッドFCは、次世代育成を考慮し"Five hopes"を打ち立てる。1人目、人事部人事課長にパオロ・リヴィエールを昇進、2人目、総務部総務課長にシャロン・キャリーを昇進、3人目、総務部契約課課長に橋爪 奈々を昇進させることとした。」
「あ!シャロンと奈々が?凄い!!うわー、楽しみですね?」
舞は両手を叩いて喜んだ、ここまでは・・。
「そして・・総務部エージェント課課長に、ライアン・ストルツを昇進させる。」
「え?」
「舞、キミに広報部広報課課長に就いてもらいたいのだが・・どうかな?」
彼女は口を半開きにし、呆然といった感じで徹のことを見た。自分がどの様な過程を得て、今、この場所に居るのかを、彼は知っているはずなのに・・エージェントとして、チームに貢献したい!その思いから歯を食い縛り今まで耐えて来たのに、だ。舞は口元を引き締めると、徹に問い質した。
「わ、私が・・あのう、何故・・なんですか?」
か細い声を何とか振り絞って発したが、語尾はかすれてしまった。
「舞、本当は皆がお前を、総務部総務部長に昇進させたかったんだよ。」
「そ、総務部総務部長ですか?トミー部長の?」
「そうだ。」
舞は、驚きの余り言葉を失ってしまった。
「総務部総務部長は、会社の要だ。総務、経理、エージェントのトライアングルの頂きに君臨する。そこならばその能力を解放出来る、そう人事も考えたんだよ。」
気になる物言いだった。当然、彼女が口を開いた。
「私を、広報部広報課課長に推したのは?」
「俺だよ、舞。」
舞は深呼吸すると、徹の顔を見た。迷いの無い、集中し切ったいつもの北条 舞が其処に居た。
「徹さん?『貴方が望むなら、其れが私の全て』とお伝えしました。お好きな様になさって下さい。」
穏やかな表情を見た徹は、テーブルに両肘を突き話し始めた。
「分かった。サッカーチームの広報は、チームのため、そしてホームタウンのために働くものだ。仕事として、所属するチームを世間に広げていくための広報活動が主となる。
具体的には、3つの大きな仕事があり、それは…
1.公式サイトとSNSの運営
2.雑誌ポスターの作成
3.取材対応
"メディアで取り上げてもらえる機会を増やす"ことで、試合観戦に来てくれる方や配信サイトの利用者を増やしていく必要があるため、公式サイトやSNSで情報を配信、会報誌やポスターでアピールしていくことになる。
取材対応の仕事は、"ライターのようにクラブを取り上げてくれる人との関係を築き上げることがメインの業務"となるだろう。
それに、クラブ内のスケジュール調整など取材に関係するほぼ全てのことに携わることになる。」
徹の話しを聞いていて、改めて密着型の仕事であることを認識した。その距離間が状況対応となり、非常に難しく感じる。
「広報の仕事は、チームの収益をアップさせなければならない。それには、ホームタウンやその周辺の人々の生活を、より豊かにすることに繋がっていくことが重要だよな?金銭的なものだけではなくて、地域の方々が心身共に健康な生活を送れる環境を提供することを考え、住んでいる地域にチームがあることを誇りに思えるようにしていく責務があると言えるんだ。」
「ふと、感じたのですが・・今のお話、ロンドン・ユナイテッドFCのスタジアム周辺等含めて、市の区画整備事業に深く関わって行く、当社グループの不動産、建設部門と連携が不可欠・・」
舞はそこまで話して、ある考えが浮かんだ。ラルフマン監督就任会見の際にとられた対応だ。彼女は、軽く身を乗り出して聞いた。
「徹さん、もしかしてですが、ラルフマン監督就任会見で不動産、建設部門を伏すために私の名前が出たのではなくて、今後の広報に私の名前を広めるための対応だったのでしょうか?」
まさかとは思ったが、あの頃から自分を広報としてスタートさせる為の対応だとしたら、彼の深謀に驚かされる思いだった。
「そうだ。先程、話した通り広報は、メディアとの深い繋がりが鍵となる。その際、女性として対応に苦慮したとしても、その鍵の中心が俺の想い人である舞ならば、全力でサポート出来ると思ったのが事実だ。勿論、いつか胸を張って紹介できる形をとりたいのだが・・。」
「あのう・・それって、私と結婚を?」
「ああ。もし、君が嫌でなければなんだが・・何れ、正式に告白させて欲しいと・・」
自分よりも15歳歳上の彼が、顔を伏せて"モジモジ"している姿を見た舞は、その可愛らしいギャップに頭がクラクラする想いだった。歳の差を忘れて思いっきり抱きしめたくなった彼女は、椅子から勢いよく立ち上がると、彼の背後に回り強く抱き締めた。
「舞?」
「嬉しい・・私は、今でもいいんですけどねぇ〜?」
「ちゃんと、告白させて貰えるかい?指輪も用意したいんだ。」
「えーーー!?残念。でも、仕方ないですよね?」
舞は徹の顔、左から口を尖らせて拗ねた顔をして擦り寄せた。振り返って、徹が声を掛けた。
「サイズは?」
「えっ、左手の薬指ですか?」
「ああ。」
舞は、自分の左手薬指を摩って首を傾げた。
「確か、3年前に奈々とジュエリーショップで測って貰った時には、8号だったと思いますけど・・」
「測ってみてくれないか?」
「あ、はい。でも、今度、デートで行きませんか?その・・仮に右手の薬指に欲しいなぁ〜。なんて、ダメですか?」
舞が申し訳なさそうに、徹の顔を見上げて問い掛けできた。
「分かった、プレゼントしよう。」
「やったーー♬ありがとう、徹さん!!」
再び、徹を背後から抱き締める。
「おいおい、忙しいな。」
「だってぇ・・嬉しいんだもん!」
徹が振り返って、舞を見た。
「広報課長の件、俺の我儘だ。すまない、舞。」
「そんな!徹さんが私の為を思ってして下さった判断でしょ?喜んでお受け致します。」
「ありがとう。で、誰を連れて行く?」
「エージェント課からですか?」
「そうだ。」
舞は、即座に答えた。
「事務職のリサ・ヘイワーズを御願い出来ますか?」
「なるほど、リサか。」
「そうそう!徹さん、リサと面識があるんですよね?」
「うん、よく声を掛けられるよ。なかなか、臆せずにいい度胸をしている。」
「フフ。私の仕事は、彼女が居てこそですから。」
「事務職から一般職へのシフトかな?それなら、特例でチーフにするか?」
「え?特例・・ですか?」
「いかんかね?」
「そうすると引け目が出来そうですから、実力でならせたいのですが?」
「今までの実績で、十分じゃないのか?」
「・・そう、思いますが。」
「人事に確認してみようか?他はあるかね?」
「事前に、ジャック・ブラフィニ課長とお話しすることは、可能でしょうか?」
「してみるか?」
徹が"ニヤリ"と左の口角を上げて答えた。
「お願いします。」
「了解だ、任せてくれ。」
「それと、今更ですが気になることが・・ライアンは、イングランドサッカー協会に登録がありませんが・・大丈夫でしょうか?」
「なるほど・・それは、確認の必要があるな。君は当然・・」
「私ですか?はい、登録済みです。」
当時、エージェントのライセンス取得には、厳しい試験をパスする必要があった。舞は猛勉強の末、2013年4月、合格率5%という狭き門をくぐってそのライセンスを取得、合格者の中で女性は舞、唯1人だった。
「スポーツディレクターとして、登録があると良いですね。私以外だと、部下のジョン・F・ダニエルが取得していますので、彼に変更することがスマートかと思います。」
プレミアリーグに登録されている人数は、他国リーグと比べられないくらい多いのだ。それくらい、全世界から注目されているリーグと言えるだろう。
「なるほど・・検討の余地がありそうだな。」
徹は立ち上がると、舞を抱き締め唇を重ねた。互いに舌を絡ませ、吸い合ったところで徹が離れた。唾液が吊り橋の様に垂れる。
「あん・・もう、お終いですか?」
「食器を片付けてしまおうか?」
「は〜い♬」
卓上の食器を徹が運び始めたので、舞も従った。
「俺が洗っておくから、化粧しておいで。」
「え?でも・・」
「時間が勿体ない、さあ。」
「すみません、御願いします。」
舞が洗面所へ"パタパタ"と、スリッパを鳴らしてキッチンを後にした。徹が食器を全て下げ、洗い終えてテーブルを拭いていると、舞が洗面所から化粧を終えて、イヤリングを付けながら戻って来た。
「徹さん。」
「ん?」
「私、今晩の便でリマに向かいますね。」
「リマ?ペルー🇵🇪のか?」
「はい。以前、動画を拝見して頂きましたベラス・カンデラ選手の交渉なんですが、現地入りしているスタッフのホルヘ・エステバンから応援要請がありましたので、行って参ります。」
「あ・・」
「え?何ですか?」
徹は、舞がパンティを脚に通し履き始めると、思わず声を出した・・残念そうに。
「あ・・もう!そんな顔なさらないで下さい。」
「その・・最後に履いてはくれないか?」
「えー、ストッキングも履きますから、ダメですよぉ〜?」
「そうか・・」
「そんな哀しい顔をなさらないで、ね?」
「うん・・」
徹は肩を落としてクローゼットに行くと、シャツを着始めた。
「ペルー🇵🇪から帰って来た時には、たっぷり可愛がって頂きますから。私、楽しみにしてますもの♬」
徹がため息をついた。
「もうーーー!!」
パンティ、ストッキングを履きブラジャーを着けながら、舞が口を尖らせた。
「気になる事でもあったのか?」
「え?あ、はい。幾つかのチームも現地入りしているそうなのですが、その中にプレミアリーグのチェルシーFCが確認出来たそうです。」
「おっと!チェルシーFCかい?随分なチームが参戦して来たな?」
「チェルシーFCには、スポーツディレクターで『プレミア最大の影響力を持つ女性』と呼ばれるマリーナ・グラノフスカイアという著名な人物が居るんですがホルヘ曰く、現地で見掛けたそうなんです。わーー!皺がとれてる?凄〜〜い♬」
舞が『LG Styler(LGスタイラー)』から干していたブラウスを取り出して目の前にかざし、皺が無くなっているのを確認して感嘆の声をあげた。やがて、袖を通し終えるとボタンを閉めながら、徹に語り掛けた。
「チェルシーFCには、フランス🇫🇷代表のエンゴロ・カンテが居ます。そのバックアッパーとして、または未来のカンテとして育成したいのかもしれません。あくまでも予想なのですが・・」
スーツを着終えた徹が、テーブルの椅子に腰掛けて舞を見ている。
「どうするつもりだ?」
「正直、真正面から挑んで勝てる様な相手達ではありませんから突破口を探し、そこを突きます。」
舞はタイトスカートを履くと、位置を確認してホックを掛けた。
「勝算は、かなり低そうだな?」
「ですね。でも・・私、諦めが悪いですから。」
舞はジャケットを羽織り、髪を整えて徹を見ると両手を広げて"如何ですか?"と笑顔を見せた。彼は微笑んで頷き、それを見た舞は彼の元に来るとタイトスカートをたくし上げて跨ぎ、両手を彼の首へ回した。
「して下さい。」
「何をだね?」
「キスーーー!」
「そんな真っ赤なルージュを、引いているのにか?」
「じゃあ、舌だけ?」
徹は"フッ!"と微笑むと、舌を突き出した。それを見た舞が自分も舌を出すと、舌先だけを集中して彼の舌に絡めた。数分、絡めあったであろうか、我慢出来なくなった徹が舞を立たせると、舞の首を抑え強引にテーブルに突っ伏す姿勢をとらせた。
「あん・・」
彼が彼女の捲れ上がったタイトスカートを更に捲り上げ、パンストとパンティを一気に引き下げると、彼女の秘部からパンティのクロッチへと透明の愛液が吊り橋の様な滴の糸を引いた。やがて室内には、白い首を仰け反らせた舞による、妖艶な歓喜の嬌声が鳴り響いていた。
「ん・・」
思い出してしまった舞は、膝掛けの下、思わず腰をくねらせた。クロッチの辺りが濡れているのを感じる。
(私のM的要素が、徹さんのS的要素と合うのかなぁ?)
舞は、深呼吸をして息を整えた。
「シートベルトを再度、御確認願います。当機は只今より、離陸致します。」
軽くため息を吐くと、窓から再び外を観た。残り少ないエージェント課としての仕事になるだろう。ベラス・カンデラ、セロンド・ムサカの両選手は、目指す未来の為に何としても抑えたい・・と、突然、舞の脳裏に徹と付き合う前に過ごした昼食での事を思い出していた。
『FCバイエルン・ミュンヘンのアリエン ロッベンが、引退するかもしれないそうだ。』
あの時、ロッペン引退をどう捉えるかで、考えを巡らせていた時に彼から、
『キミに惚れているよ。』
確か、そう言われたと思うのだ。昨晩、やっと聞き出せた彼からの愛の告白を考えた瞬間、1つの案が浮かんだ。
(リサに手柄を立てさせる・・そうだ!?)
舞は旅客機が離陸し、シートベルト脱着許可が出ると急いでスマホを取り出した。
ここ、ペルー🇵🇪の首都リマは、ペルー共和国の首都並びに政治、文化、金融、商業、工業の中心地である。人口約1,021万人で同共和国最大。南米有数の世界都市であり、2016年の近郊を含む都市圏人口は1,095万人であり、世界第29位である。チャラと呼ばれる海岸砂漠地帯に位置する。市街地は、植民地時代に建てられた建物が多く残るリマ・セントロ地区(1988年、ユネスコの世界遺産に登録)、それより海岸側の新市街(サン・イシドロ地区・ミラフローレス地区など三輪モトタクシー乗入れ禁止の端整で裕福な地域)、それらの新旧市街地を取り巻く複数の人口密集地域(第二次世界大戦後に発展)、以上の三つに分類できる。リマは1535年にインカ帝国を征服したスペイン人のコンキスタドール、フランシスコ・ピサロによって築かれた。リマの名前の由来は市内を流れるリマック川に由来すると言われているが、当初の名前は"La Ciudad de los Reyes"(諸王の街)であった。
ここ、リマにあるホルヘ・チャベス国際空港に到着した舞は、荷物が出て来るのを待っている間に紳士的で、独特なイントネーションのある南米系の人物に声を掛けられた。
「ロンドン・ユナイテッドFCエージェントの、北条さんではないですか?」
「え?あ、はい。そうですけど・・」
「ああ、やはり!機内で拝見して、もしかして?と思ったんです。初めまして!私、こういう者です。」
彼から名刺を渡され、それを見た舞は目を見開いた。
『ブラジル🇧🇷のサッカーコメンテーター ジュニーニョ・ペルナンブカーノ』
「あのう・・もしかして、現役時代はブラジル代表として活躍されて、直接フリーキックによるゴール数77本・・あの、歴代最多記録を保持されている?」
「いや、まあ、そう・・ですが、驚きました。私の事をご存知でしたか?」
彼は顔を伏せ、照れ臭そうに頭を掻いた。
「勿論です!リヨンへ移籍されて、2001/02シーズンからリーグ7連覇を達成し、クラブの黄金期を支えたと。それに、ブラジル代表としては通算43試合に出場し7得点。2006年ワールドカップでもプレーしてグループリーグの日本戦では、1得点決めて4-1勝利に貢献されましたものね。フリーキックの名手として知られ、欧州サッカー連盟(UEFA)のCL公式ツイッターが貴方のプレーを動画付きで紹介しているのを、私、拝見しましたから!」
舞は両手を握り締め、彼の目の前で瞳を輝かせて語ってしまった。
「いや、参ったな。私が、貴女のことを伺おうとしていたのに・・、あ、宜しければ名刺を?」
「スミマセン(照)。」
舞は丁寧に両手で、ペルナンブカーノに名刺を渡した。
「北条さん、其方に監督として就任されたラルフマン氏ですが、うちの方としても監督としての交渉を行なっていました。」
「そうなんですか?」
「ええ。ですが、会っても貰えずに我々としても可能性は低いと諦めていたんですがしかし、そんな彼が選んだのが、まさか、イングランド🏴3部リーグ『EFLリーグ1』所属チームで、2部リーグにさえ所属歴が無いチームの監督・・あ、いや、失礼を。」
舞は曖昧に微笑んだ。よく言われることで慣れているつもりだ"またか!"と。
「そして、あの会見ですからね。それと、『エンペラー・オブ・サッカー』の記事を拝見しましたが、素晴らしい活躍だ。」
「皆が持ち上げ過ぎなのです。過大な評価、ポジションに恐縮しています。」
「そこなんですよ!貴女は日本人ですよね?聞こえに麗しい"大和撫子"だ。実に素晴らしい!」
「いいえ・・」
舞が視線を荷物引取りターンテーブルに移した時だった。
「北条さん、うちに来ませんか?」
「え?」
「オリンピック・リヨン会長 ジャン・ミシェル・オラス氏をご存知ですか?私、知り合いなのですが、彼は優秀な人材を愛し探しています。どうでしょう?是非、彼の下で力を発揮しませんか?」
ジャン・ミシェル・オラスは、フランスの実業家で、オリンピック・リヨンの会長を1987年から務め、就任当時リーグ・ドゥ(フランスにおけるサッカーのプロリーグ(LFP)の2部。1933年に創設された。)1クラブに過ぎなかったリヨンを、2001-2002シーズンからのリーグアン7連覇するほどの強豪チームへと変貌させた人物だ。普通なら凄い誘いであろう・・だが、彼女は?
「素晴らしく魅力的な御誘いですが、丁重にお断り致します。申し訳ございませんが。」
「えっ?本気ですか?あのう・・リヨンで働けるのですよ?」
ペルナンブカーノは両手を開き、信じられない!といった表情をしたのだが舞は、
「当社グループ会長の原澤も、人材を深く愛します。私は彼から受けた、その御恩に報いるまでです。」
今度は舞も、素晴らしく爽やかな笑みを魅せた。
「・・そうですか。いや、残念です。想像に難い内容に戸惑っていますよ。」
ペルナンブカーノは、まだ、納得出来ないのか、ため息を深く吐いた。
「あ、私の荷物・・すみません、御先に失礼致します。」
舞は自分のキャリーバッグを見つけると、近寄り持ち上げようとしたのだが、それをペルナンブカーノが、代わりに持ち上げてくれた。
「すみません、ありがとうございます。」
「レディに優しくするのを、リヨンで学びましたよ。」
舞は軽く会釈をして、その場を立ち去ろうとした時、再びペルナンブカーノが声を掛けて来た。
「貴女は、交渉に来たんですよね?」
「・・はい。」
「どの様な選手の交渉なんですか?あ、いや、失礼しました。」
「・・」
舞は彼の方を向くと、無言で深く会釈をしてその場を後にした。出口を出た彼女は、まるで多くの人が迎えているかの錯覚を起こしてしまう程、人が居ることにビックリした。この時間帯に離発着する飛行機が多いのだろうか?空港内に人が溢れていた。
「チーフ!ここです!!」
その人並みの脇に部下のホルヘ・エステバンが、自分を手を振って呼んでいるのが見えた。
「ホルヘ、待たせてごめんなさい。」
「いいえ。ようこそ、ペルー🇵🇪へ。遠い所、お疲れ様でした。」
ホルヘは、手を伸ばすと舞のキャリーバッグを受け取った。
「ありがとう、ホルヘ。」
「いいえ。それよりチーフ、お疲れのところ申し訳ないのですが、状況報告はどちらでなさいますか?」
ホルヘは、舞のキャリーバッグを受け取ると、そのまま運び始めて問い掛けて来た。
「移動の機内でよく寝れたけど、先ずはホテルへ行って、そこでお願いしても良いかしら?」
「承知しました。では、こちらへどうぞ。」
舞はホルヘの案内に従い付いて行った。
「タクシーで行くの?」
「ええ、やはり、正規のタクシーが1番安全ですからね。」
ペルーのタクシーには、正規のタクシーと流しのタクシーがあり、正規のタクシーは呼び出し式の無線タクシーで、料金も区間ごとに設定されており交渉の必要はない。しかし、流しのタクシーはどこでも捕まえられて便利な反面、料金は交渉制、無許可のタクシーである危険性も含んでいるのだ。基本的にペルーのタクシー運転手は、どちらのタクシーの種類でもスペイン語しか話せないため、交渉や交渉内容の確認が大変となる。特に流しのタクシーは、短時間誘拐を企む悪党と協力している場合もあるため、リスクが非常に大きいと言える。
「こちらです。カウンターにて正規のタクシーを手配して、市街地へ向かうことをお勧めします。」
「そんなに、危険なの?」
「ペルー旅行の最初の関門は、このホルヘ・チャベス国際空港から、問題なく市内まで移動することとも言えるかもしれませんよ。お気を付けて。」
「そうなんだ・・ありがとう、ホルヘ。」
ホルヘがタクシーの手配をしてくれている間、ベンチで座って休んでいる舞がスマホを取り出し、徹から返信されたLINEを確認していた。
"勿論、色々と可愛がってあげるよ💕早く俺の元に帰っておいで。アリエン・ロッペンの件は、了解した。バルクホルンに調べさせるとしよう。ペルー🇵🇪において、密かに君の護衛を頼んでおいたから、心配しない様に。"
「護衛?私に?」
舞は、内容に目を白黒させたが、直ぐに微笑んだ。自分の身の安全を考え、権利を遺憾無く発揮させてしまう、彼から愛されていることを強く感じる瞬間だった。と、横に1人の少年が座り、声を掛けてきた。
「あんた、何処の国から来たんだ?」
「え?」
舞が彼の方を振り向いた瞬間、反対側から突然、スマホを盗られた。
「あっ、ちょっと⁉️」
舞に声を掛けて来た少年と、スマホを盗んだ少年がダッシュで走って逃げるのを立ち上がり視界に捉えた彼女だったが、数10メートル走っただろうか?彼等の対面に現れたスーツ姿の男性を見て避けようとした瞬間、彼等少年達が宙に舞ったのだ。一瞬の出来事に、舞が目を丸くしたのも束の間、周囲から1人のアジア系女性と現地風の男性が駆け寄り少年達を抑え込んだ。
「い、イテェーー!何すんだよ、俺達が一体何したって言うんだよ!」
舞に声を掛けてきた少年が、がなり立てる一方でもう1人の少年は白目を剥いて伸びてしまった。2人を倒した男性は、周囲を確認しながら落ちた舞のスマホを拾い上げると、彼女の元に持って来た。
「あ、ありがとうございます。」
舞が両手でスマホを受け取り、会釈をすると彼が口を開いた。
「グリフ警備保障南米支部のディディエ・ラゴールと言います。原澤会長・ゲイリー広報部部長の命令にて貴女をガード致します。御安心下さい。」
ディディエ・ラゴールと名乗った男性は、舞にスマホを渡すなり周囲に目配せをした。一連の騒動でホルヘ・チャベス空港警察職員が駆けつけて来ると、彼は少年2人を捕えているメンバーを呼び、渡す様に促した。
「チ、チーフ、大丈夫ですか?」
ホルヘが駆け寄ると、心配して声を掛けて来た。
「ええ・・あ、あのう、ちょっと待って下さい。」
舞の呼び掛けに、ラゴール以下、皆が振り向いた。
「彼等と話をさせて下さい。」
「貴女は、被害者ですね?オフィスに来て下さい!事情聴取をしますので。」
「私は被害者では、ありません。そうよね?」
「は?」
ラゴール以下、皆が目を丸くしている。
「私の落ちたスマホを拾ってくれたんでしょ?違う?」
「そ、そうだよ!離せよ!!」
「し、しかし、北条さん・・」
「ゴメンなさい、離してあげて貰えますか?」
少年達を抑えている2人が、ラゴールの顔を伺うと彼が軽く頷くのを確認し、解放した。
「クッソーー!痛ぇーな、この野郎!」
「バカ!?我慢なさい!!訴えるわよ!」
舞の意外な大声に、少年達は"ビクッ!"と身体を震わせ、ラゴール達は目を見開いた。愛らしく、淑女に見えた舞の意外な迫力に、戸惑っている。
「皆様、お騒がせしました!ホルヘごめん、タクシーでの移動は1人で御願い出来る?」
「は?何でですか??」
「宜しくね♬」
舞はラゴール一同と周りのホルヘ・チャベス空港警察職員達に深く会釈をすると、床に座り込み手首等を摩っている少年達の前に屈み込んだ。
「ねぇ、お腹空かない?」
「え?お腹?」
「そう!私、ペコペコだわ!美味しいお店知ってたら教えてよ、奢るから?」
2人の少年は、顔を見合わせると舞に声を掛けて来た少年が徐に立ち上がった。その姿を見た彼女は、思わず目を見張る。少年のシャツとズボンはボロボロで、靴は穴が空いていて親指が見えていた。何日もシャワーを浴びていないのだろうか?すえた体臭が強くあり、よく見ると身体中に虐待を受けた様な痣があった。
「アンタみたいな人に、食べてもらう店を俺達は知らないよ。」
「じゃあさ、マクドナルドのハンバーガーなんて、どう?あるんでしょ?ここ、リマでも?」
「そ、そりゃあ、あるけど・・俺達は入れないんだ。」
「あ・・そうなの?ごめんなさい。」
2人の少年達が顔を伏せるのを見た舞は、ホルヘに振り向いた。
「ホルヘ、私の荷物を先にホテルへ御願いしてもいい?」
「あ、あのう・・私がですか?」
「うん、お願い。駄目?」
「いや、駄目とかそんな・・仕事はどうするんですか?」
「連絡して、迎えに行くから!」
「ど、どうやって迎えに行けばいいんですか?」
「この子達に聞くわ。」
「無茶苦茶ですよ!」
「そう?」
舞は軽く答えると、少年達に向き直った。
「それじゃあさ、屋台で食べたい所とかある?そこ行こうよ、ね?」
2人の少年は互いに顔を見合わせると、舞のスマホを奪った少年が口を開いた。
「本当に?」
「うん!奢るわ、行きましょう♬」
「マジで?そしたらさ、俺、食べたいのあるんだ!」
「えっ?何処だよ!」
「ほら、あそこだよ、ケネディ公園の所。」
「あそこか!あ・・えーと・・」
「北条 舞、『舞』と呼んでよ♬」
「俺は、イバン!こいつが、アベルって言うんだ!」
どうやら、舞のスマホを奪ったのがイバンで、声を掛けて来たのがアベルということらしい。2人は満面の笑みを浮かべて舞を見た。彼女もその笑顔に応えたのだが、引きつった顔になっていないか、ひたすら気を付けた。アベルの前歯は無くて、イバンの鼻は曲がっていた。その現実に、彼女は焦燥感に苛まれていた。
「こっちだよ!」
アベルは、舞の手を握ると引っ張り始めた。
「ホルヘ、ゴメン!宜しくね。」
「マジですか・・」
舞のキャリーバッグを手に、ホルヘは立ち尽くすしかなかった。周囲では、ラゴール以下、数名のグリフ警備保障南米支部メンバーが行動を開始した。
観光エリア、ビジネス街、住宅地……どこにいようとリマでは屋台を目にすることがある。比較的よく屋台が見られるスポットは、観光客が集まるミラフローレス区のケネディ公園周辺だ。舞は2人に、ある屋台の前に連れて来られた。
「ここの"ブティファーラ"が食べたいんだ!」
「"ブティファーラ"?」
舞が、アベルの顔を見て問い返した時だった。
「貴様ら!また、盗みに来やがったのか!!」
屋台の店主らしい小太りの中年男性が、2人を見るなり屋台から飛び出して来た。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「何だ、アンタは?」
2人が舞の背後に隠れると、彼女は店主の前に歩み寄った。
「先程、知り合いました。2人にここの屋台が"抜群に美味しい"そう伺ってので、案内して貰いました。」
「えっ?あ、まあ、そうかい?」
店主が照れて頭を掻いた。
「俺達、そんなこと一言も・・」
「黙って!」
舞は笑顔を見せながら、2人に叱責した。
「私達3人分と、彼等が御迷惑をお掛けした分を御支払い致します、それで許しては貰えませんか?」
「あんたが払ってくれるのかね?」
「はい。」
店主は、舞にそう言われると困った顔をした。
「これで、足りますか?」
舞は財布を取り出すと、100ドル紙幣を渡した。それを見た店主は、目を丸くした後、
「本気でコイツらの分を、払うと言うのかい?」
「彼等のしたことを、謝罪させて下さい。ほら、貴方達も謝って?」
「ご、ごめんなさい。」
舞、アベル、イバンは、店主に謝罪した。それを受けた店主は、腰に手を当てて口を開いた。
「そうかい?そこまで言われちまったら、こっちは何も言わんよ。今後、同じ様なことをしないでくれよ、俺にも家族が居るんだからな。」
店主は、屋台に戻ると"ブティファーラ"と呼ばれるサンドウィッチを作り始めた。これは、ちょっと小腹が空いたなっていうときにはもってこいの食べ物で、子どもから大人までブティファーラの包み紙を持って歩いている人が、リマには大勢いる。"ブティファーラ"とはスライスしたローストポークとレタス、玉ねぎをパンで挟んだ料理で、味付けにマヨネーズ、トウガラシ、そして酸味の効いたライムのドレッシングがよく使われる。ハンバーガーに近いように思われるが、いずれにせよ、お昼にもおやつにもおいしく食べられるオールマイティーな料理なのだ。アベルとイバンの2人は、準備される料理を口を開けたまま、かぶり付いて観ていた。
「あいよ、お待ちどうさま。コーラはサービスだ、飲んでくれ。」
2人が奪い合う様にして"ブティファーラ"を受け取ろうとすると、舞が声を掛けた。
「"ありがとう"をちゃんと言ってちょうだい。」
イバンは店主から奪う様に受け取ったが、アベルは店主を上目遣いに見ると、
「ありがとう。」
と小さい声で言った。イバンは、振り返ってアベルの動作を見ると大きな声で、
「ありがとう!アベル、早く食おうぜ!!」
と急かした。アベルは、舞を振り返って、
「ありがとう、舞。」
と泣きそうな顔で呟いたのを見た彼女のハートが、"キューン!"と締め付けられるようだった。
「アベル、向こうのベンチで食べようか?あのう、ありがとうございました。」
少年達に声を掛け、彼女は店主にお辞儀をして御礼を言った。イバンはダッシュでベンチに向かったが、アベルは舞の側を離れようとしない。
「子供達にとって、アンタは女神さまなんだね。何処の国の人かな?」
店主が後片付けをしながら聞いてきた。
「日本人ですが、ロンドンから選手をスカウトする為に来ました。」
「スカウト?もしかして、サッカーかね?」
「はい。私は、イングランド🏴3部リーグ『EFLリーグ1』所属 ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクターの"北条 舞"と言います。」
「ほう・・、どこのチームの選手を狙ってるんだね?」
「"スポルト・ボーイズ"に所属している"ベラス・カンデラ"という選手です・・ご存知ですか?」
舞は、ホルヘから聞いていた情報を答えた。
"スポルト・ボーイズ"は、ペルー🇵🇪サッカー1部リーグに在籍し西部の都市カヤオを本拠地としているプロサッカークラブチームである。
「舞!サッカーチームの関係者なの!?」
「そうよ〜。今回はねぇ、如何してもうちのチームに彼が欲しくて交渉に来たの。」
アベルが"ブティファーラ"とコーラを持ったまま、舞を見上げて問い掛けている。その眼差しは、羨望としてキラキラ輝いていた。
「自信はあるのかね、お嬢さん?」
「それが・・著名なチームが交渉に来ているみたいで、お先真っ暗なんですよ。」
「著名なチーム?」
「プレミアリーグのチェルシーとか、恐らくリーグ・アンのリヨンも、かと。」
「そ、それは・・凄いな。」
舞は悲しい表情をすると、アベルを見た。
「食べようか?それでは、失礼致します。」
舞がアベルを連れて、イバンの下に向かうのを店主のホセ・カンデラが見送りながら、そっと呟いた。
「北条 舞・・ロンドン・ユナイテッド FCか。」
アベルは、食べることを忘れてるみたいに話し掛けてきた。
「舞は、クリスティアーノ(ロナウド)、リオ(メッシ)、クラウディオ(ピサーロ)に会ったことはあるの?」
「残念だけど、無いわね。アベルは、FW(フォワード)の選手が好きなの?」
「舞。アベルは、めっちゃ、サッカーが上手いんだぜ!」
イバンがベンチに座り、脚をぶらぶらさせ"ブティファーラ"を頬張りながら自慢気に言った。
「そうなんだ?サッカーが好きなの?」
「ここでは、"それ"しかやる事がないからだよ。」
「でも、ロナウドやピサーロのこと、聞いて来たじゃない?」
「別に・・興味ないから。」
アベルは、そう言うとベンチへと歩いて行った。その俯向き加減で歩く姿に舞のハートが再び"キューン"と締め付けられる。
「舞、ここに座りなよ!」
ベンチの中央に座っていたイバンが、舞のために右に動いて開けた。
「ありがと〜♬ちょっと疲れたから、凄い嬉しいわ!ありがとね♬」
舞がイバンの座っていた場所に腰を降すと、その隣にアベルも腰を降し3人並んで"ブティファーラ"にかぶり付いた。
「う〜ん!ほいひい(美味しい)ね、これ?」
「だろ?だから、勧めたんだぜ!」
「お前、食べたこと無いだろ?」
「食べたことねぇーけど、旨そうなのは分かてたぞ!」
「まあまあ!美味しく食べようよ、ね?」
舞の説得で、再び2人が"ブティファーラ"にかぶり付くと、舞のスマホが鳴った。
「はい、もしもし・・」
「チーフ・・一体、何処に居るんですか?」
「あ!ごめんごめん、今ね・・あれ?ここ、何処だっけ?」
「ミラフローレス区のケネディ公園だよ。」
アベルがコーラをストローで飲みながら、ぶっきら棒に応えた。
「あ、そっか!だって、ねぇ聞こえた、ホルヘ?」
「聞こえましたよ!まだ、子供達と一緒なんですね?今からタクシーで迎えに行きますから、待っていて下さいよ!いいですね?」
「分かってるわよ、もう!ちゃんと居ますよーだ・・て、あれ?ホルヘ??・・切れてる?」
ホルヘは舞と話し終えたと判断すると、直ぐに通話を切ってしまった。
「さっきの奴?迎えに来るのかよ?」
「うん・・ちょっと、怒ってるみたい・・。」
「あんまり迷惑掛けない方が、いいと思うよ。」
「あ、はい・・(汗)。」
アベルの冷静な一言に、思わず反省した舞だった。
「俺、手、洗って来る!」
イバンは食べ終えると、走って洗い場に行ってしまった。
「舞・・?」
「なーに?」
「この後、スカウトに行くのか?」
アベルが、コーラを飲みながら聞いて来た。
「と、思うけど・・今後の事、ホルヘから聞くの忘れちゃったのよねぇ〜。」
「バカだな、ホント。」
「あ!そこまで言わなくても、いいじゃない!」
舞が、膨れっ面してアベルを見た。彼は、初めてだったのかもしれない・・飾らず自分に対して接してくれる大人(?)の女性に会ったのは。
「ねぇ、アベル。時間とか大丈夫なの?」
「別に・・大丈夫だよ。」
「そう・・。」
「俺達、帰るって言ったって、家ねぇーしな!」
戻って来たイバンが"ニッ!"と笑顔を見せて微笑んだ。
「どういう・・こと?」
舞が、目を見開いて問い掛ける。
「俺達、"ストリート・チルドレン"だから。」
「路上で、生活してるの?」
「結構、快適だぜ、な?」
イバンが胸を張りアベルに答えると、彼は再び噴水の方へと走って行ってしまった。
「最初は、孤児院に居たんだ。でも・・俺が施設で色々あってさ、出る時にイバンに言ったら『俺も出る!』って。その時から、ずっと、2人で居るよ。」
「そう・・アベル、施設で一体何があったの?」
「話したくないよ・・。」
アベルが噴水の所で、はしゃいでいるイバンを観ながら、ベンチで脚を"ぶらぶら"させて呟いた。
「あ、ごめんなさい・・私、失礼だよね?」
大人である舞が謝ったことに、アベルは振り向いて目を白黒させた。謝る大人を、初めて見た気がする。
「いいんだ。聞いて欲しい気もするし、恥ずかしい気もするから・・自分でも、よく分からないよ。」
「そうなんだ・・力になれるか分からないけど、話す気になったら言ってね。その時は、ちゃんと聞くから。」
アベルは、自分を見ながら語り掛ける彼女を視界の端に捉えたまま、ベンチの足下から視線を外さずに頷いた。
「アベル、来いよ!!」
イバンの呼ぶ声に顔を上げたアベルは、
「何だよ!」
と嬉しそうに返事をすると、駆け寄って行った。そんな噴水の前で話し合っている2人を観ていると、舞は力になれない自分の立場を唇を噛み締めて悔やんだ。
「どうしたら、いいの・・?」
「チーフ!ここに居られましたか、探しましたよ!」
舞を迎えに来たホルヘがやっと合流した時、誰もが心揺らいでしまう、そんな舞の半泣き顔がホルヘを見上げ、そして迎えた。
「どうされました?タクシー、待たしてますけど・・返しますか?」
「直ぐ、必要?」
「予定では・・はい。」
「そう・・。」
舞が噴水近くに居る子供達に視線を移すと、ホルヘも彼等を観た。
「ストリートチルドレンですか?」
「うん。」
「チーフは、ご存知ですか?私の母国パラグアイ🇵🇾が有数なストリートチルドレンを有する国であることを。」
「そうなの?」
「はい。」
ホルヘは、再び彼等を観てから舞に視線を移し、問い掛けてきた。
「チーフ、彼等に金銭を渡しましたか?」
「ううん、奢っただけよ。何で?」
ホルヘが俯向き、そして、ため息を吐いた。
「いいですか?彼等の様な子供達は、食事に困らない物乞いに味をしめ、毎日、物乞いに明け暮れるんです。それで十分食べていけますからね。毎日路上で物乞いをし、10人に1人でもお金を恵んでくれたら、生きていけますよ。その結果、大人になっても仕事をせず、他人に頼る生き方しかできなくなる。頼る人がいなくなれば、やがてスリや窃盗などの犯罪者になり、女の子なら売春婦となるでしょう。」
舞はホルヘの言葉を聞くと、姿勢を正し眉を八の字にして表情を曇らせた。
「ご、ごめんなさい・・。」
「街を歩いていてストリートチルドレンと出くわしたとき、可哀想と思ってお金を恵む。そうすると周りの子供たちが大勢寄ってきて、あなたに手を出してくるでしょう。
『私にもお金ちょうだい!』
その数は数十人。拒否すれば、
『なぜあの子にはお金をあげて私にはくれないの?』
と思われます。お金をあげることで自分の心が傷つき、彼らの将来にも悪影響を及ぼしてしまうんですよ。」
ホルヘの言葉は、彼女の胸を握り締めた。得たお金をすべて食べ物に費やし、着るものや住まいに使わないため、みすぼらしい恰好をしているだけなのだろう。アベルとイバンは、物乞いから窃盗に移行し始めている?そういう事なのだろうか?
舞は顔を上げ、ホルヘを見上げた。
「彼らが求めているのは何?物売りや物乞いをしていれば、今日食べていくだけのお金は稼げるから安心?でも・・それって、学校に通えないので将来が不安じゃないの?このまま一生、同じ生活をしていくの?自分が大人になって家族が出来た時に、もっと稼いで楽にさせてあげたい!だから、学校で学びたい!これが彼等の本心じゃないの?」
「確かに、そうだとは思います。彼等の境遇には同情しますが、それとこれとは別ですよ。チーフ、彼等に対する行為は、決して"平等な行為"では、ありません。彼等を支援するには、正規の支援団体を援助する等、うちのグループがしているはずですから、心配しなくていいんですよ?」
舞はホルヘの言葉を反復してみた。自分は同情だけで、彼等に接したのだろうか?いや、それは違う!胸を張って言える。でも、それは根拠のない言い訳でしかない。と、思った時、彼女の脳裏に仏教のある言葉が浮かんだ。
「"袖振り合うも多生の縁"」
「は?」
「人との縁はすべて単なる偶然ではなく、深い因縁によって起こるものだから、どんな出会いも大切にしなければならないという、仏教的な教えに基づくものよ。"袖振り合うも多生の縁"とはね、知らない人とたまたま道で袖が触れ合うようなちょっとしたことも、前世からの深い因縁であるということなの。」
「彼等とその様な縁があったと?」
「分からないわ。でも・・彼等に会った意味があったと、今は思うの。」
「そんな、バカな。」
舞の言葉に、ホルヘは顔を歪めて首を振った。
「何時まで待たせるんだよ!もう、他を当たってくれ!」
待たせていたタクシーの運転手が痺れを切らし、啖呵を切ると車を走らせて行ってしまった。
「あ!ちょ、ちょっと!!」
ホルヘが数歩追い掛けたが、ため息を吐いて戻って来た。
「舞。」
声のした方に彼女か振り向くと、アベルとイバンが立っていた。
「なに?どうかしたの?」
「2人で話したんだけど奢ってもらった分、仕事をくれないか?」
「仕事?」
「そう!」
舞は目を見開いて2人を見た。
「君達2人に、頼むことはないよ!向こうに行きなさい。」
「待って、ホルヘ!」
舞はホルヘを睨んでいるイバンと、真っ直ぐな瞳で自分を見つめるアベルに向かって座り直し2人を見上げた。
「ありがとう。本当にお願いしてもいいの?」
「ああ、俺達に出来ることならね。何でも言ってくれよ。」
「そう・・よーーし!」
ホルヘは舞の顔を見詰めて、ため息を吐いた。そう、あのキラキラした瞳と顔をしているからだ。こんな時の彼女は、もう止められないことを彼もよーく、熟知しているのだ。
「先ずは数日、タクシーをチャーターしたいわ。信用のおける、そんな方は居る?」
2人は顔を見合わせて話し合った。
「居るよ、舞。任せてくれ!」
「そうね・・取り敢えず、3日!お願いするわ。拘束は、基本・・8時〜20時で、どう?」
「"拘束"って何だよ?」
「その時間は、一緒にタクシーで移動するってことさ。」
「なるほど・・。」
考える仕草をするイバンにアベルが説明し、舞に問い掛ける。
「幾らで交渉するんだ?」
「そうね・・」
舞がスマホを取り出すと検索し、計算を始めた。
「3日で・・350米$でどう?」
「ヌエボ・ソル(ペルー通貨)だと幾らだ?」
イバンがアベルに問い掛ける。
「1ドル = 3.56ソルくらいだ。」
「1,246ソルね。これで交渉をお願いしてもいい?」
「分かった、やってみるよ。」
「もし、ごねたら、燃料代を別にしてみて。」
「なるほど・・分かった。」
アベルはポケットから、ボロボロの手帳を取り出すと番号を探した。
「舞、ちょっと小銭貰えるかい?」
「え、良いわよ・・これで、足りる?」
「サンキュー!」
「え?ちょ、ちょっと、チーフ!?」
「なに?」
アベルは舞から小銭を受け取ると、公園の公衆電話へと向かった。ホルヘが止めに入ろうとしたのだが、彼女は冷静な目で彼を見詰めた。
「ホルヘ、スケジュールを話して頂戴。」
「あ、はい!明日ですが、ベラス・カンデラの小学校時代の恩師と彼を教えていたサッカーチームコーチに会う予定です。明後日は、所属チームに行き、アルバイト先の店長にも会う予定です。明々後日は、彼の御家族と会う予定です。」
「そうしたら明々後日に、ペルー🇵🇪サッカー連盟も入れてもらえる?」
「ペルー🇵🇪サッカー連盟・・ですか?」
「そうよ、会長はエドウイン・オビエド。連盟本部はリマにあるペルー国立スポーツ村ね。」
「しょ、承知しました!」
ホルヘが慌てて、連絡先を調べ始めた。
「舞、ペルー🇵🇪サッカー連盟って?」
「ペルーにおけるサッカーを統括する競技運営団体のことよ。略称はFPF。国際サッカー連盟(FIFA)と南米サッカー連盟(CONMEBOL)に加盟していて国内プロサッカーリーグであるプリメーラ・ディビシオン等の管理・運営を行って、更にサッカーペルー代表を組織しているのよ。」
「そ、そんな所に行くのかよ!?」
イバンが目を丸くして舞に尋ねた。公衆電話では、アベルが頻りに交渉している。
「ええ、行くわよ。」
ホルヘがハンカチで汗を拭きながら、舞の下に戻って来た。
「チーフ、大丈夫です。なんとかアポイント取れました。」
「ありがとう。ねぇ、ホルヘ?明日のベラス・カンデラの小学校時代の恩師と彼を教えていたサッカーチームコーチなんだけど、場所は大丈夫なの?」
「ええ。ここカヤオ特別地区にあるカヤオ近郊だったと思います。」
カヤオ(スペイン語: El Callao)は、ペルーの首都リマ西部に位置する、国内最大で主要な湊町であり、カヤオ特別地区の中心地である。
「イバン、カヤオ付近って安全かしら?」
「舞にとってか?」
「私達にとってかな?」
イバンは、顎に手を当てて考える仕草をした。
「ホルヘ・チャベス国際空港周辺ってさ、買うのに物が安いから、お金が無い奴らが多く住んでいて、それ目当ての犯罪が多いんだよ。」
「そう・・。」
「舞、ガソリン代は別になったけど、🆗だってさ。」
アベルが戻って来ると、イバンの背後から手を差し出し残った小銭を手渡して答えた。
「ありがとう!頼りになるわ。」
「・・それと、ガソリン代別だから300米$でいいって。」
「凄いじゃない!交渉、上手いのね?」
アベルは頭を掻いて照れたが、本当のところは、少し違っていた。舞が褒めていなかったら、彼は差額の50米$を頂こうか・・そう、思っていたのだ。それだけに、自分のした行動に首を傾げる思いだった。『舞に褒めて貰いたい!』自然とその想いがもたらしただけなのだ。他人に褒めてもらえる、そのことの素晴らしさを彼等は、気付いていないだけなのだ。それこそが、環境故の悲劇がもたらした人としての真実なのかもしれない。
「ホルヘ、明日、明後日の訪問箇所を教えて貰える?」
「分かりました。」
舞の指示でホルヘは、場所を説明した。
「結構ヤバめな所だよな、アベル?」
「そうなの?」
「行かない方が、良いと思うよ。」
イバンがアベルに確認を促すと、彼も眉間に皺を寄せて頷いた。
「もしだけど、貴方達と一緒だとしたら、状況は変わるかしら?」
「俺達と一緒?」
「そう、どう思う?」
「どうって・・なあ?」
「舞、俺達を雇うというのか?」
「うん、ツアーコンダクターみたいに、かな?ねぇ、一緒に来ない?」
アベルとイバンは、互いの顔を見合わせて目を丸くした。正直、夢想だにしないことだった。だが、アベルは真剣な顔で舞に応えた。
「俺達は、ストリートチルドレンだぜ。一緒になんて無理だよ?」
「チーフ、流石にそれは・・。」
ホルヘが小声で助言をして来ると、舞は上目遣いで彼を見た。
「私達には、彼等が必要なの!アベル、イバン、お願い出来る?」
イバンが腕を頭の背後で組んで呟いた。
「俺達を幾らで雇うんだ?」
「雇う?」
ホルヘが目を丸くして、イバンを見た。
「だって、そうだろ?ツアーコンダクターだっけ?無料でする仕事なのかよ?」
「その通りだわ、イバン。3日間、幾らなら🆗出来るかしら?」
「え?あ、幾らか・・おい!アベル、ど、どうする?」
「条件は?」
「3日間、行動を一緒にしてもらって、案内を頼もうかな?宿泊、食事、それと身形も整えて貰う必要があるけど、それらは私が払うわ。」
「え?マジか!?お、おいアベル?」
「分かった、言い値でいいよ。決めてくれ。」
「お、おい!何言ってるんだよ!?言い値だなんて・・」
「身元不明の俺達ガキを、そこまでしてくれるなら、出来る限りの協力をするよ。だろ?イバン?」
イバンはアベルに問い掛けられると、目を丸くして見た。言われてみたら、こんな割のいい仕事は初めてな気がした。
「い、幾ら・・だい?」
イバンが遠慮がちに舞を見て聞いて来た。
「10米$ 日/人でどう?衣食住別よ、悪くないんじゃない?」
「さ、30米$だと・・」
「106.8ソルかな。」
「ど、どうなんだアベル?なあ!?」
「ベース(基準)は?」
「ペルーの最低賃金よ。」
「俺はお願いしたいね、是非!」
「あ、アベルがいいなら、俺もだよ!」
「分かったわ。支払いは、1日の終わりにしようか?」
「それでいいよ。」
アベルは、1つ返事で了承した。
「よし!そうと決まったら先ずは買い物ね。2人の服を選びましょうか♫それから、シャワー浴びて。お願いだから(泣)。」
「臭いか?」
「ええ、とってもね。そのままだと、どんなに素敵だって女性にモテそうもにないわよ。」
舞が"ふふふ!"と微笑むのを見て、2人は顔を見合わせた。やがて、舞は彼等と共に露店を見つけると服、靴を選ばせた。
「ホルヘ。」
「はい?」
「ホテルに連絡して、彼等の寝床を確保してもらえる?」
「あ、はい・・でも、本気なんですね?」
「そうよ、何で?」
「い、いえ、スミマセン。」
「舞!俺達、舞と同じ部屋がいいんだけど?」
服を選びながらアベルが、呟いた。店主は垢まみれの彼等を見て、露骨に顔をしかめている。
「な、何を言ってるんだ!?そんなの・・」
「いいけど・・襲わない?」
「チーフ!?ば。馬鹿を言わないで下さい!!」
ホルヘは、舞の返答に両手を広げ、目を見開いて驚いた。
「色々と聞きたいことがあるんだ。」
「聞きたいこと?」
「うん。」
「ふ〜ん・・そっか、ホルヘ、3人宿泊可能な部屋を頼むわね?」
ホルヘは、口を半開きにしたまま呆然とするしかなかった。
「あ、待って!ホテルって、確か・・ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センターで良かったっけ?」
「ええ、まぁ・・そうですが?」
「ロンドン・ユナイテッドの北条、エステバンで予約?」
「はい。」
「そう、分かったわ。私から連絡してみるわね?」
舞は、そう言うと、スマホで電話をして何やら交渉をし始めた。やがて、アベルとイバンの服や靴、バッグ等を購入した4人は、ホテルへと到着した。
「チーフ、彼等とは私が寝ます。貴女は・・」
「ありがとう、ホルヘ。大丈夫よ、気にしないで。」
彼は、未だに彼女の行動が理解出来なかった。アベルとイバンの話だと彼等は13歳、男として女性に興味があって当たり前の歳だ。舞ほどの聡明で美しい女性が何故???彼は、首を頻りに傾げていた。
「なあ、舞・・本当に、ここでいいのか?」
「ん?そうよ♬ここ、ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センターは、素敵なんだから。館内はねぇ、気品があってセキュリティが万全で安心して滞在できるファミリー向けのホテルなの。是非、泊まっていって。」
アベルとイバンは、口を"ポカン"と開けてホテルを見上げている。舞は入り口に立つホテルのドアマンに近寄って行くと声を掛けた。
「すみません。本日から宿泊する"北条"と申します。周りの宿泊客にご迷惑掛けない様に受付を済ませたいのですが、可能でしょうか?」
ドアマンは、一瞬驚いた顔をしたが舞からチップを握らされると、直ぐに笑顔になった。
「暫くお待ち下さい。」
そう言って、何処かに連絡を入れた。
「舞、本当にこんな凄いホテルに泊まるのか?」
「そうよ。」
アベルとイバンが恥ずかしそうに周りを"キョロキョロ"と見回している。そこに、ドアマンが通話を終えて振り向いた。
「こちらへ、どうぞ。」
一行は案内されるままに付いていくと、ホテルの裏口から地下の駐車場を通り、階段を経由して小部屋へと通された。
「こちらで、お待ち下さい。」
「ありがとう。」
ドアマンが部屋から出て行くと、アベルが舞に話し掛けた。
「俺達が一緒だと、やっぱり迷惑だよな?」
「迷惑?さっきから、何言ってるの?」
「いや、だって・・」
「大丈夫よ。貴方達がお風呂に入って着替えたら、誰も文句を言わないわ。」
落ち着かない2人を他所に、舞はソファに腰掛けスマホのメールをチェックしていると、入り口の扉が開き身形の良いスーツ姿に白髪混じりの紳士が入ってきた。
「ようこそ、起こし下さいまして。アシスタント・マネージャーのアルベルト・マットです。」
「マット副総支配人、突然の我儘を申し訳ございません。」
舞はスマホを閉じて立ち上がると、マット副総支配人の元に歩み寄り手を差し出し握手をし、自分の方から"Bacio(バーチョ)"という挨拶をした。
「これは・・素敵な御挨拶を賜り恐縮致します。」
「失礼致しました。私の我儘で、部屋の御願いをしておりますが、如何でしょうか?」
「伺っております。クイーンベッド2つの御部屋で御座いますね?大丈夫です。」
「ありがとうございます。」
「ですが・・其方のお二人は、そのままエレベーターにお乗せすることは出来ません。」
「やはり、そうですよね・・では、低層階で結構です。変更は可能でしょうか?」
「階段で行かれますか?」
「はい。」
「承知致しました。変更させて頂きますが、5階のお部屋で景色が・・」
「結構です。」
「承知致しました。では、御案内致します。御荷物は?」
「ホルヘ?」
「ホテルマンの方に預けています。」
「承知致しました。こちらへ、どうぞ。」
外にいたドアマンが、扉を開けるとマット副総支配人は軽く頷き、彼の前を通った。
「君、御婦人の御荷物を507号室に、こちらの紳士の御荷物を508号室へ御運びしなさい。」
「畏まりました。」
「あのう、お名前を伺っても?」
「はい、マリオ・オッドーネと申します。」
「オッドーネさん、凄く助かりました。ありがとうございます。」
舞はドアマンのマリオに謝礼を述べ、会釈をして前を通り部屋を後にした。一方、アベル、イバンの2人はマリオの顔を見て、軽く頭を下げると小走りに舞の後を追い掛けた。廊下を歩きながら、舞はマット副総支配人に歩み寄った。
「マット副総支配人、色々とすみません。」
「いいえ。当ホテルは、お客様に快適な旅をして頂くのが目的です。御望みに叶うことを、出来る限り協力させて頂きますのが、私どもの勤めですから。」
「そう言って頂けると、助かります。」
「少し、階段を上がりますので、足元にお気を付け下さい。」
「すみません。」
地下2階に相当する小部屋から通った舞一行は、内部階段で上階へと目指し目的の5階へと辿り着いた。
「お部屋は、こちらになります。」
「何から何まで御丁寧にして頂き、本当にありがとうございます。」
「いえ・・ですが、北条様、くれぐれも・・。」
「はい、承知しているつもりです。」
「失礼致しました。では、何か御座いましたらフロントまで、ご連絡下さい。良い旅を。」
マット副総支配人は、そう言うと507号室の部屋から出て行った。
「チーフ、この後は?」
「そうねぇ〜、シャワーを浴びたら食事にでも行きましょうか?」
「承知しました。御希望はここで、ですか?」
ホルヘが舞に、片眉を細めて問い掛けた。
「外にしましょう。それと、明日以降のことをその時に再確認してもいい?」
「それは、勿論。あ、でもチーフ?」
「はい?」
「くれぐれも、お気を付け下さい。彼等は・・」
「ありがとう、ホルヘ。大丈夫よ。」
そう言って舞はホルヘに微笑むと、部屋へと入って行った。それを見た彼が軽くため息を吐くと、首を傾げて自分の部屋へと入って行った。
「す、すげぇーー!」
イバンが外を観に窓辺へと走り出したが、アベルは舞の顔を眺めていた。
「ん?どうしたの、アベル?」
「凄いな、舞。俺達みたいなのと話せたと思ったら、こんなホテルの偉い人とも話せるんだから・・。」
「何言ってるのよ・・て、コラーー!イバン!!絶対にベッドへダイブしたら駄目だからね!?」
ベッドにダイブしようとしたイバンを見とめ舞の怒声が室内に響くと、イバンは肩を竦めて身構えた。久し振りにほのぼのとした空気に、彼女の焦ら立つ心が癒される。明日からの行動は、果たして無駄足となるのか?アベル、イバン、2人の笑顔を見ることで、気持ちを払拭する舞が居た。
第25話に続く。
"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"