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Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第26話 「杞憂」

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK
https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A
『主な登場人物』
原澤 徹:グリフグループ会長。
北条 舞:イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿3部リーグ『EFLリーグ1』所属 ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。
アベル:舞がペルー🇵🇪のホルヘ・チャベス国際空港で出会ったストリートチルドレンの少年。サッカーが得意というが・・果たして。
アルベルト・マット:ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センター アシスタント・マネージャー(副総支配人)。
イバン:舞がペルー🇵🇪のホルヘ・チャベス国際空港で出会ったストリートチルドレンの少年。アベルと共に、孤児院より抜け出して育つ。
エーリッヒ・ラルフマン:サッカーワールドカップ2014優勝ドイツチーム元コーチ。現ロンドン・ユナイテッドFC監督。
エウセビオ・デ・マルセリス:元イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿プレミアリーグ2チェルシーFC.リザーブ所属。CF登録。フィオラの実兄。べニートとは、幼馴染みで共にプロサッカー選手として、国の代表選手となることを誓い合っていた。
セシリオ・ファン・レンソ:ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センター マネージャー(総支配人)。元アメリカ🇺🇸海兵隊を得て傭兵経験があり、原澤会長とは戦友。
ディディエ・ラゴール:グリフ警備保障南米支部 支部長。元アメリカ🇺🇸海兵隊を得て傭兵経験がある。
ナイト・フロイト:元ロンドン・ユナイテッドFC選手 キャプテン。OMF登録。現在、イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿プレミアリーグ所属ニューカッスル・ユナイテッドFC選手。
フィオラ・デ・マルセリス:癖っ毛の澄んだブルーアイが特徴的でエキゾチックなギリシャ🇬🇷女性。ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センター フロントスタッフ。
ベニート・サンチェス・カステホン:元ロンドン・ユナイテッド FC所属。CMF登録。故人。将来を期待された選手であったが、練習中、急性心筋梗塞により命を落とす。
ベラス カンデラ:ペルー国籍の有望選手。ペルー🇵🇪1部リーグ プリメーラ・ディビシオン所属スポルト・ボーイズ選手。CMF登録。dreamstock(ドリームストック)にて、移籍先をチームからも期待される逸材。
ホルヘ・エステバン:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。
マリオ・オッドーネ:ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センター アシスタント・マネージャー ドアマン。
マリーナ・グラノフスカイア:イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿1部リーグ所属 チェルシーFCのテクニカルディレクター。フロント主導の移籍交渉と選手契約を担うロシア人女性。舞台裏では、その商談スキルから「プレミア最大の影響力を持つ女性」と呼ばれる。
リサ・ヘイワーズ:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 事務。

アイアン・エルゲラ:ロンドン最大のギャング組織集団『グングニル』の元リーダー。ロンドン・ユナイテッドFC選手。GK登録。通称アイアン。原澤会長に"舎弟"として気に入られている。
坂上 龍樹:ロンドン大学法学部1年。元極真空手世界ジュニアチャンピオン。ロンドン・ユナイテッドFC選手。CF登録。通称リュウ(龍)。
デニス・ディアーク:元バイエルンミュンヘンユース所属、元ギャング団グングニルメンバーの在英ドイツ人🇩🇪。ロンドン・ユナイテッドFC選手。 CB登録。
ニック・マクダゥエル:イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿とナイジェリア🇳🇬の二重国籍を持つ、元難民のロンドン・ユナイテッドFC選手。DMF登録。通称ニッキーと呼ばれ、アイアンとは幼馴染み。キャプテン。
レオン・ロドゥエル:特徴的なモヒカンヘアで、表情を変えない北アイルランド人。そのクールさから"アイスマン"と呼ばれるロンドン・ユナイテッドFC選手。LSB登録。

☆ジャケット:アンデス山脈にある南米最高峰の山アコンカグア登頂に挑む、エウセビオ・デ・マルセリス。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

第26話「杞憂」

「幾ら期待の出来るプレイヤーだからって、ファンから馬鹿にされるようなら獲る価値はないだろう?なぁ?」
「間違いない(笑)。」
ここ、ペルー🇵🇪のリマ市内にある和食店"Edo Sushi Bar"では、スペイン🇪🇸1部リーグ リーガ・エスパニョーラ所属レアル・マドリード スカウトスタッフの2人が日本酒を交しながら話している。どうやら、ペルー🇵🇪1部リーグ プリメーラ・ディビシオン所属スポルト・ボーイズのベラス・カンデラについてのようだ。話のネタは、彼が如何やら"吃音"障害があり、外見的にも陰気であるとのことらしい。実に不愉快極まりない話だ。
「なぁ、舞?"きつおん"て何なの?」
彼を同じ様にスカウトするため訪れているイングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿3部リーグ『EFLリーグ1』所属 ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクターの北条 舞は、一緒に行動しているペルー🇵🇪人のストリートチルドレン アベルから質問を受けていた。彼はテーブルに頬杖を付いて、如何にもつまらなそうにしている。
「うん・・例えば、語頭音を繰り返す言い方『わ、わ、わたし』、引き伸ばしたり『わーーたし」』、つまったり『・・わたし』みたいに滑らかに発話ができなくなる状態のことかな。」
「ふーん、それって、ダメなの?」
「駄目じゃないわよ。」
「だって、背後の奴等、馬鹿にしてんじゃん!」
「お、おい!」
アベルが不貞腐れた顔をして、そのまま舞に呟いたのだが、それをホルヘが咎めた。
「何だ、おい!そこのガキ、文句でも有るのか?」
「彼の言う通りだわ、ベラス選手が知ったら悲しむでしょうね?」
「ちょっ!チーフ・・?」
「何だ〜、お前?」
アベルとイバンの背後に居た2人が立ち上がると、舞達のテーブルの前に来て凄んできたのだが、それを見たホルヘが立ち上がり間に入ろうとして、近寄ってきた1人の男に片手で退けられた。
「おい、女!文句があるなら言ってみろよ、ああ!!」
店員達が"オロオロ"しているのが見えたのだが舞は、微動だにせず彼等を見上げていた。と、彼等の背後で2人程近寄って来るのが見えた。ホルヘも気付いて舞に顔で促すも、彼女は立ち上がり涼しげな顔で話し始めた。
「私もベラス・カンデラ選手をチームに得たく、交渉に来た者です。」
2人の顔が瞬時に強張ったのだが、現地の子供2人と、スタッフ?その違和感を感じ、互いの顔を見合わせて笑い合った。
「アンタがスポーツディレクターだと?はは、本気で言っているのか?」
「中国🇨🇳の女にサッカーが分かるかよ、なぁ?」
再び、笑い合った。アベルとイバンの2人が下から睨みつけている。
「中国🇨🇳の女性を、侮辱しないであげて貰えますか?」
「仕方ないだろ、本当の事なんだからよぉ!」
「アンタ・・日本人🇯🇵か?」
唇の赤が際立つ金髪の男が、何か気付いて片方の眉根を上げ舞を見た。
「ええ。貴重なお話を聞けて良かったわ、感謝します。さ、帰ろうか?」
舞はアベル、イバン、ホルヘを促し伝票を片手に2人の男の脇を縫う様に歩いた。その際、アベルとイバンに小声で
「踏んだら、駄目だからね。」
と呟いた。そんな舞を目を丸くし、アベルとイバンが見た。中国🇨🇳や中国人に対する差別は今に始まったことではない。シノフォビア(中国🇨🇳嫌悪)は、確実に存在している。この様なことは、日常的なことと理解してはいるものの不快でならない。どの国でも、他人を差別して自らを正当化する輩は、存在するのだ。彼女は辟易する思いだった。
「ちょっと、待ってくれ!」
唇の赤が際立つ金髪の男が、再度声を掛けてきた。
「俺はアンタを見たことがある・・雑誌か?」
「さあ?私の知人で人を差別する方は居ないので、お2人のことは存じあげませんけど。」
「なに!?」
もう1人のスペイン人🇪🇸風の男が舞の腕を掴んだ。
「痛っ!?」
「な、何をするんだ!」
舞が思わず声を上げた瞬間、ホルヘが男の胸を押した。
「お!やるのか、おい。」
男が下卑た笑みを浮かべて近寄ってきた、その時だった。
「うるせぇーなぁ、大人しく食わせろや。」
「なに!?」
「久し振りの日本食を堪能してんだ、邪魔すんじゃねぇーよ。」
思わず声のした方を舞達、それに男達も見た。隣のテーブルには、縮れた黒髪を後ろで雑に束ね褐色した頬に日焼けの跡が見える革ジャンを纏った大男が居た。急な横槍を受けた男達が、戸惑っていた時だった。
「思い出した!キミは、ロンドン・ユナイテッドFC の、確か・・"舞"か?」
赤い唇の金髪男が声を上げた。舞はびっくりすると、振り返って彼を見た。
「やはり、そうだ!おい、帰るぞ。」
「なんだよ、突然?」
「いいから、再協議だ。」
「理由を言え、理由を?」
赤い唇の金髪男が、スペイン人🇪🇸風の男の腕を引いて店の会計へと向かって行った。
「チーフ・・、これは一体?」
ホルヘが横に来て、声を掛けて来た。
「さあ?」
彼女にも、さっぱり分からなかった。何故、会ったこともない"銀河系軍団"のスカウトが、イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿3部リーグのアジア女性 テクニカルディレクターに驚愕したのか?実は、これこそ原澤会長が行ったエーリッヒ・ラルフマン監督の記者会見によるシナリオが影響した結果なのだが、この時は、彼女も気付かなかった。舞は、クレームをして来た隣向こうに座って居た男性に会釈をして、その場を離れようとした時、彼は振り返らずに話し掛けてきた。
「そうか、ロンドン・ユナイテッドFCのエージェント・・貴女が北条 舞さんか。」
「えっ?」
「行くよ、舞!」
「あ・・うん。」
舞はイバンに呼ばれ、戸惑いながらもその場を離れた。会計時も何度か視線を彼に送ってみたのだが、しかし、彼は背を向けたまま微動だにしなかった。仕方なく支払いをしたのだが、その際にチップをキャッシュにて店員に「スミマセンでした。」と渡して伝えると殊の外、感謝された。やがて、店を出てホテルへと歩く道すがら、アベルとイバンが頻りに文句を言っているのを聞いた舞が、一言尋ねた。
「貴方達、彼等の脚でも蹴ってやろうとか思わなかった?」
「そうだよ!さっき、何で分かったんだ?」
「舞は超能力者か?」
「駄目よ、そういうのは。我慢して頂戴。」
2人は顔を見合わせて笑い合っていたが、アベルは急に真顔になると舞に尋ねて来た。
「さっきの奴等、舞のことを知ったら急に慌てだしたよな?どういうことなの?」
「分からないわ、さっぱり。だって、うちのチーム名まで知っていたんだもん、不思議だわ。」
「実は俺達以上に"怖い奴"だったりしてな?」
イバンが吹き出して笑うのを見たホルヘが、珍しく同調して頷いた。でも、今の彼女の頭はそれどころではなかった。先程の革ジャンを纏った大男、彼のことが気に掛かってしまい、思考がループしていた。何か引っかかるのだ。
「お帰りなさいませ。」
「やあ!」
「"Gracias por sus servicios"(お勤めご苦労さん)」
やがて、ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センターに戻って来た4人をドアマンであるアシスタント・マネージャーのマリオ・オッドーネが迎えてくれたのを、イバン、アベルが偉そうに応えた。
「スミマセン💦お疲れ様です!こ〜ら、何を偉そうにしてるのよ、アンタ達わ!」
「へへぇー、やってみたかったんだ、こういうの!」
イバンが頭の後ろで手を組み、笑いながら呟いた。
「ちょっと、そこのソファで待っててもらえる。あ、寝そべり禁止よ!分かった?」
「ちぇ!また、先読みされた。しねぇーよ。」
「うん、しない。」
舞が立ち止まって2人に"ジト目"を送る。
「だから、しないって!」
「早く行けよ!」
舞はため息をつくと、振り返って受付のカウンターへと向かった。
「お帰りなさいませ。如何でしたか?お店、お気に召しましたか?」
フロントスタッフのフィオラ・デ・マルセリスが笑顔で舞を迎えてくれた。
「ええ、ありがとう。良い思い出になったわ。」
「そうですか!良かったです。」
アベル達に振り返った彼女の目に、先程、和食店"Edo Sushi Bar"で出逢った縮れた黒髪を後ろで雑に束ねた、革ジャンを纏い大きな荷物を背負った大男がエントランスホールをこちらに向かって来るのが飛び込んできた。思わず目を見開いた彼女は、同じ様に気付いて硬直しているアベルとイバンの元へ小走りで向かうと、彼が気付いたのかこちらへと向かって来た。
「おや?君らも、このホテルに?」
「あ、はい・・こ、こちらに宿泊ですか?」
舞は、何とか引き攣りながらも笑顔で対応した。
「いや、宿泊というか・・」
「兄さん!」
舞は背後の声に反応して思わず振り向くと、カウンターからフィオラが飛び出して来るのが見えた。
「よう、フィオラ!」
フィオラは、舞の横を走り抜けて仕事中なのに彼に抱き付いた。
「心配したのよ!急に"アコンカグア"に行くなんていうから・・」
(アコンカグア!?)
アンデス山脈にある南米最高峰の山で、標高6,960.8 mある。またアジア以外での最高峰でもあって、アルゼンチンとチリとの国境付近のアルゼンチン側に位置する。登山口から山頂までの距離が長く、標高が高いので日本からの登山の場合高度障害の対策が必要不可欠となり、登山道はトレースも明確で危険な難所もほぼなく体力勝負の登山になる山だ。
「結構、高度障害には悩まされたが、無事、登頂してきたよ。相変わらず、綺麗だなフィオラ。」
彼は優しい眼差しで、愛する妹フィオラを見ている。
「特に問題は無いのよね・・兄さん?」
「ああ・・心配要らん。」
「良かった・・、本当に良かったわ。」
舞は邪魔をしない様にと、アベル、イバンの手を引いてホルヘを促し、その場を離れようとした時だった。
「北条さん、ベニートのことでは御世話になりましたね。」
舞の身体が、一瞬"ビクッ!"と跳ねた。ベニート?確かに彼はそう言った。間違いない!ベニートと!?
舞は、恐る恐るといった表情で彼を振り返った。アベルとイバンが、怪訝な顔をして2人を見つめている。
「元チェルシーFC.リザーブの"エウセビオ・デ・マルセリス"です、ベニートの親友の。」
ベニート・・ベニート・サンチェス・カステホン、ウチの所属選手で将来を渇望されていた選手だった。ナイト・フロイトが攻めの中心として中盤に君臨するとしたら、彼は守備のボックス・トゥ・ボックスとして活躍してくれる、そう期待していた。だが、2年前の冬、舞が練習を見学していた目の前で、突然胸を抑えてピッチに倒れ込んだ。当時、AEDも無く、胸骨圧迫、人工呼吸だけが手段であった。チームの医療スタッフから治療を受け病院へ運ばれたのだが、そのまま意識が戻ることはなく死亡が確認された。
「忘れる訳ない・・忘れることなんて出来ないわ。彼の事は、悔やんでも悔み切れないもの。謝罪して済むことじゃないけど、その・・」
「よして下さい、貴女は出来るだけのことをしてくれた。そして、二度と起こらないように努力もしている、そうなんでしょう?」
(お前らの責任だ!ベニートを殺したのは、フロント《チームを動かす経営陣》の責任だ!)
当時、キャプテンであったナイト・フロイトが、がなり立てるのを、舞は目の前で聞いていた。老朽化したクラブハウスに、対応の悪いスタッフ、ナイトが怒鳴るのも無理からぬ話しであろう。基本、彼はキャプテンとしてチームメイトをまとめていたのだから、当然だろう。それに、さっきまで共にプレイしていた大切なチームメイトの死は、辛過ぎる事実だ。ベニートの死因は、急性心筋梗塞と診断された。
「最善を尽くしてるわ、出来る限りのことを・・。」
「当時は、俺もあなた方を非難した。だが、亡くなったベニートが戻ることはないし、特に貴女は気に掛けてくれていた。」
「あのう・・私が、何を?」
「彼の母親から、聞いていました。ベニートを助けられなかったことをチーム関係者として個人的に謝罪すると共に、彼の死を無駄にしない為にチームとして如何していくのか、貴女は彼女を気に掛けて、何度も何度も訪問し説明し、そして励まし続けてくれたそうですね?」
舞は、俯いて聞いていたのだが、とても顔を上げることが出来なかった。彼の話しでは素敵な話に聞こえるが、実際は彼女も質素で老朽化したクラブハウスの現状を見て把握していたから、当時のイ・ユリ課長に直訴し改善を提案していたのだ。だが、結果、採用されなかった。彼女が悔いているのは、起こり得る事態が否定されたとしても、それを自分が説得出来なかったこと、追及しなかったこの事こそが彼女の後悔なのだ。顔を上げれないでいる舞の代わりに、ホルヘが後を引き取った。
「ありがとうございます、マルセリスさん。貴方は、先程"元"と仰いましたよね?では、チェルシーを?」
「ええ、辞めて暫く旅をしていました。」
「旅?ですか?」
「ベニートが居なくなった理由を、自分なりに納得したかったんですよ。何故、アイツが死ななければならなかったのかを。」
ホルヘが目を見て頷きながら聞いていたのだが、彼は再び舞へと視線を移した。
「北条さん・・実は、言い難いのですが、"忘れられない事"があったんですよ?」
エウセビオは、ホルヘではなく舞の元へと歩み寄って来ると、不思議な事を話し始めた。
「"忘れられない事"ですか?」
「お笑いになられても仕方ないのですが、アコンカグアの登山中、テントで寝ていた時にある夢を見たんですよ。夢なんて忘れるのが毎度の事なんですが、正直、その夢だけは鮮烈でした。俺が試合に出てプレイしているんですけどね、なかなかゴールを決めれないんでいたんですよ。すると、背後から俺を呼ぶべニートの声がしました。
『何で、お前はこんな所でゴロゴロしてるんだ?』
『馬鹿言うなよ!俺がどんな思いで居ると思ってやがるんだ。お前こそ・・勝手に死んじまいやがって!』
『仕方ないだろ、俺は望んでなんかいない。』
そう言って、寂しそうに微笑んで俯いたアイツの顔が、今も夢なのに忘れられない。やがて、俺を真顔で見つめてくると、こう言ったんです。
『フィオラに逢いに行くんだ。』
『どういうことだ?フィオラに何かあったのか?』
『いや、フィオラが目的ではない。』
そう言うと、あいつ背を向けて遠ざかり始めたんです。
『どういうことなんだ?おい!べニート?』
『"彼女"に逢ったら伝えて欲しい《"貴女"は何も悪くない、これは定めだったんだ。》と。』
『ちょっと待て!誰なんだよ・・その、"彼女"って?』
『行けば分かる。"彼女"がお前を待っている。』
そう言うと、べニートの奴、最後に《一言》呟いてから、消えちまったんです。
「その・・《一言》って、何て言ったの?」
舞の左隣で、ピッタリと寄り添っているイバンが彼女の服を掴んだまま問い掛けた。
「確か・・『彼の母親を見事に助けましたね、あれで俺も救われました。』だったかな?どういう意味ですかね?」
舞はビックリして両手を口に当てて目を丸くすると、その瞳から大粒の涙が溢れそうになっていた。
「エウセビオさん、その・・夢の話は、いつ頃ですか?」
ホルヘが、舞の気持ちを代弁し震える声で問い掛けた。
「1週間くらい前のことですが、それがどうかしましたか?」
「チーフ、まさか・・」
ホルヘは絶句すると、舞を見て呼び掛けた。デニスの母親エリスを助けたのが約2週間弱前のことだ。偶然?奇跡?それとも、運命?一本の糸が出逢ったこともない2人をべニートを通じて紡ぎ始めているようだった。
「北条様。」
絶句していたところを、急に低く抑揚の効いた声に呼び止められた彼女は、"ギクッ!"として呼ばれた方へと振り向いた。
「ようこそ、ザ ウェスティン リマ ホテル & コンベンション センターへ。」
「あ、はい・・あのう・・」
「総支配人!?」
舞の前に居たフィオラが、直立の姿勢をとり敬意を見せた。
「初めまして、総支配人のセシリオ・ファン・レンソといいます。お逢い出来て光栄です。」
彼はダークグレーのスーツをピシッ!と着こなし、鋭い眼光にやや額が後退した白髪まじりの髪を、オールバックにしていることで彼の真面目さ、厳しさを際立たせている様に思えた。整えられた口髭も紳士然とした雰囲気を強調している様だ。彼の背後には、アシスタント・マネージャー(副総支配人)のアルベルト・マットの姿もあった。
「申し訳ありません、エントランスですものね?御迷惑、お掛けしました。」
「御迷惑?どなたがですか?」
「え?、いえ、その・・ホテルトップの方に声を掛けて頂いたので・・。」
「なるほど、そういうことでしたか。いえ、御安心下さい、決してその様なことではありませんよ。」
舞は"ホッ"!と胸を撫で下ろすと視線を上げてエウセビオを見た。
「これから、どうなさるおつもりですか?」
「え?あ・・いや、特に考えていなかった。」
「え?兄さん、本当にべニートの助言だけで来たの??」
「・・」
エウセビオは、顔を朱に染めて頭を掻くと俯いた。フィオラが"クスクス♬"と手を口に当てて笑った。
「本当に何も考えてなかったのね?呆れたわ。」
「ホルヘ。」
フィオラを他所に、舞が真剣な眼差しでホルヘを呼んだ。
「はい。」
「チェルシーFCマリーナ・グラノスカイアの動きを調べて貰える?」
「は?グラノスカイアですか?テクニカルディレクターの?もしかして、チーフ、直接、マルセリスさんの復帰を後押しするおつもりですか?」
「あら、いけない?」
「"いけない"って・・彼方はプレミアリーグトップチームのテクニカルディレクターですよ?」
「ベラス・カンデラ選手交渉のついでよ、別に悪くはないでしょ?どうせ、交渉の途中で会うことになる訳だし。あれ?もしかして、貴方、避けるつもりでいたの?」
「当たり前じゃないですか!?」
舞はホルヘの真剣な顔を見て、思わず笑ってしまった。
「な、何が可笑しいんですか!?」
「北条さん、私も、別に・・」
エウセビオも、チーム復帰などと考えていた訳ではなかったのだが、まさか、舞が復帰へのフォローをしてくれるという言葉を聞けたことで、その気持ちが湧き上がるのを強く感じていた。だが、ホルヘの態度を見ると、それが彼女に迷惑になることも感じ得てしまい困惑したのだ。
「いいじゃん!舞の言う通りやってみれば。」
それまで、舞の隣で大人しく聞いていたアベルが突然、口を開いた。
「アンタ、親友が居なくなって落ち込んだんだろ?そんなの、誰でもある事じゃん!分かってくれるよ。」
イバンも頭の後ろで両手を組むと、ぶっきら棒に呟いた。
「そんな簡単なことじゃないんだ!もし、この事で、ウチのチームが睨まれてみろ、今後のエージェント活動に支障が・・」
「何だよ、それ?初めからプレミアのトップチームだからって、尻込みするつもりかよ!?信じらんねぇーな?」
「そんなチームに"行きたい!"なんて誰が思うんだよ!そんな思いでチームに入る奴じゃ、いざ試合になってもケツまくっちまって、試合にならねぇーじゃん!」
「初めから"perdedor(負け犬)"か、アンタ?」
「な、なに!?」
このアベルの発言に、ホルヘが目を剥いて怒った。
「アベル、言い過ぎよ。」
「言われる様なことをしてるのは、何奴だよ!」
イバンもアベルを擁護してきたのだが、2人の真っ新な思いを聞いた舞は、改めてこれからのチームの在り方、構築の仕方をフロントメンバーで協議する必要性を感じていた。
「いい?ホルヘ。貴方はマルセリスさんと行動を共にして頂戴。」
「は?何でです?どうして、私が?」
ホルへは、先程から想像を超える展開になっていることで、思わず声を詰まらせてしまった。
「"2方向"から攻めるわよ。」
「"2方向"ですか?」
「そう。私が"彼"の過去を遡るから、貴方は今を宜しくね。私の予感だと、きっと貴方が其処で遭うことになると思うんだけど。」
「な、なるほど!承知しました。では、その際は?」
「ええ、連絡して。」
「承知しました。」
ホルヘは、舞の指示を聞き姿勢を正すと、彼女はエウゼビオに向き直った。
「これからのご予定は、大丈夫でしたね?」
「先程話した通り、特には・・」
「では、私の部下ホルヘと、御帯同願います。」
「あのう、とても有難いのですが・・その、宿がまだ。」
「何言ってるの兄さん、ウチに泊まってよ。」
「いいのか?」
「当たり前じゃない!」
「・・」
エウセビオは、手持ちの金が無いことも妹に相談するつもりでいたのだ。格好がつかない現状に、彼は項垂れた。フィオラは、再び笑顔を見せた。
「フィオラ、彼をうちのホルへと同室でお願いしてもいいかしら?ね、ホルへ?」
「はい、是非。マルセリスさんが宜しければですが?」
「えっ?いいんでか?」
「勿論♬」
エウセビオが、深く息を吐いた。
「スミマセン、助かります。」
「カッコ、悪ーー!」
「情けなくねぇーか?」
アベルとイバンがエウゼビオに突っ込んだのだが、彼は頭を掻いて誤魔化すしかなかった。
「貴方達とは、違うの!」
「そりゃそうだろ!俺らは仕事の協力者ってヤツだ。」
舞は2人の顔を覗いて言った。
「マルセリス"選手"は、大切な御客様よ!分かる?」
「俺らは?」
「え?貴方達?う〜ん、そうね・・」
「出て来ねーのかよ!?」
アベルが、考える仕草をした舞を突っ込んだ。すると、彼女は微笑んで応えた。
「妖精かな?」
「妖精???」
「そう!私の落ち込んだ心を持ち上げてくれて、これからすべき事を示してくれるから。」
アベルとイバンは、思わず"ぽかーん"と口を開け惚けてしまった。邪魔者、ゴミ、蟲、そんなことしか言われたことがなかった。いいように使わられて終わることなど何時もの事だった。なのに、舞だけは他の誰とも違う、自分達を尊重してくれる。彼等は初めて信頼出来る"大人"に出逢ったのかもしれない。
「なるほど・・流石は徹だ。」
舞を観ていたレンソ総支配人が呟いた。
「は?何がですか?」
マット副総支配人が問い掛けるが、彼は周囲に目配せを行い、ある場所に懐かしい姿を見つけて微笑んだ。
「ラゴール・・元気そうだな。しかし、あの男が居るとなると、相当な入れ込み様かもしれん。本気だな少尉は・・よし!戻るとしようか。」
レンソ総支配人は、離れた場所で新聞を読んでいる男が懐かしき戦友、ディディエ・ラゴールであることに気付き、微笑むと踵を返してフロントへと向かった。
「あ!レンソ総支配人?」
舞に呼び止められたレンソ総支配人が振り返った。
「折角、お呼び頂いたのに、手前の用事を優先してしまい、大変申し訳ございませんでした。」
丁寧に会釈をした彼女を観て、レンソ総支配人は目を丸くしたが、直ぐに微笑んで口を開いた。
「先程、懐かしい御声を貴女のお陰で聞くことが出来ました。私の方こそ、感謝しなければいけません。」
「あのう・・!?」
舞は近付いて、レンソ総支配人の顔を伺って気付いた。彼のこめかみ辺りにミミズ腫れの様な深い傷があった。
「気付かれましたか?戦場で敵のナイフを喰らいましてね、もう少しで頸動脈を切られるところでしたが、なんとか生きてます。いや、活かされましたかな?貴女の大切な方に。」
やはり!この方も、原澤会長に救われた人だったのだ。今更ながらに、彼が闘い抜いた戦場の恐怖を感じると共に、如何にして救って来たのかも興味を持った。しかし、同時に気になった事が"ふと"頭を過った彼女は、彼に質問をしてみた。
「徹さんから伺ったことがあります『戦場で自らを見つけてしまった者は、ベッドでは死ねはしない、そのために戦場を渡り歩いて死に場所を探しているようなものだ。』と、あれはどういう意味なのでしょうか?」
「彼が・・貴女にその様なことを?」
「はい。」
レンソ総支配人の口元が嬉しそうに歪むのを見た舞が、息を飲んだ。
「彼が"死の恐怖"を感じることが出来た時、それこそ彼の"旅路の終着点"となるでしょう。」
「"旅路の終着点"?何ですか、それは!?」
「その鍵は・・舞さん、貴女がお持ちの様だ。」
「私が・・ですか?」
「ええ、"戦場=旅路"となれば、それは自ずと分かることかと?」
舞は、思わず目を見開いた。死を恐れない原澤会長は・・そう!未だに傭兵であり、自らの死に方、死に場所を求めているというのか?
「思い当たる節が、有りませんか?あの方が、死を恐れない時、そして、何かを警戒されている時の事を?」
忘れる訳がない!銃で武装したアイアン率いる"グングニル"を素手で壊滅に追い込み、ドイツ🇩🇪のジャズバー”Zosch(ゾッシュ)”で、初めて食事に同席した時の警戒感を。
「彼は、元傭兵として軍事インストラクターとなり、幾多にも及ぶテロネットワークの行動を阻止し、あるマフィアを壊滅させたとも言われていたが、大企業のグループ会長となられた。そんな彼を奴等が、狙わない訳がありません。」
舞の顔色が知らずに蒼ざめていた。
「なので戦友として、私は彼の未来を危惧しない訳にはいかなかったのですが・・杞憂でした。」
「杞憂?」
「"貴女を護りたい"と思ったこと。それこそが、彼の変化と言えます。」
彼の言いたいことは理解出来た。死を恐れずに、死地を求める男が"この人を護りたい!"と生を捉え死地に抗う姿、其れこそが変化なのだと。だが、同時に思った。もしかして、原澤会長は過去に"同様な境遇"から大切な人を失ったことがあるのではないか?と。"マフィアを壊滅させた"、その一言が頭から離れようとしなかった。

第27話に続く。

"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"

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