第2話 メッセージ
メデタは真剣な表情でアイの目を見つめて話し始めた。
「僕ら、デター。いや、人間の呼び方でゴキブリは、遥か昔から子孫繁栄を繰り返し逞しく生き延びてきた。
僕は先祖を誇りに思っている。だけど、人間達は僕らを害虫呼ばわりして忌み嫌ってきた。今でもそうだ。僕らは過去の経験を活かして種が絶えない様に強く進化してきた。ただ一つだけ変わらないものがあった。それはあるメッセージ。」
「メッセージ?」
アイは集中してメデタの話を聞いている。
「ああ、僕らの『遺伝的思考』に刷り込まれている、あるメッセージ。分かりやすく言えば『ルール』『約束』『言い伝え』のようなものだよ。」
「それはどんなメッセージなの?」
アイは興味津々で前のめりになって話を聞いている。
「そのメッセージというのは『我らは地球と人類を愛(め)で救うものなり』
僕らはこの言葉を代々受け継いでるんだ。だから人間に殺されようとも忌み嫌われようとも人間の側で陰ながら見守り続けて来た。種を絶やさぬように繁殖能力と生命力を高めて今日まで生き延びて来た。そして今この研究所でそのキッカケになる研究が行われている事を知った。だから僕らは日々情報を掻き集めていたんだ。」
「そうだったのね。わたし達人間が身勝手にあなた達を嫌っている事自体が常識になっていたけど、誰もあなた達の立場になって気持ちを分かろうとした人間なんていなかった。ごめんなさい!あなた達は私たちを見守っていただけだったのね!本当にごめんなさい!」
「アイにはとても感謝してるよ。僕に知識と情報とそしてこうして会話が出来るように言葉を与えてくれた。アイの作ったあの培養液のお陰でね。」
「メデタ、知ってたの?」
「もちろんだよ。ずっと見てたからね。」
「そうだったのね。じゃ、あの時あなたはわたしが居なくなるのを見計らって?」
「そうだね。人間になりたくてあの培養液のビーカーに入ったんだよ。そのお陰でアイの実験と同時に僕の作戦も無事成功出来た。」
「そうだったのね、でも良かった!メデタからそんな大事な話が聞けて。」
「それともう一つ。これはお願いなんだけど。この研究所で行われている昆虫達を使った実験を中止して欲しい。」
「えっ?何言ってるの?この研究は国からの依頼で人間の労働力にするための研究で。」
「分かってるよ。全部知ってる。『人間の為の労働力』でもそれは言い換えれば『人間の為の奴隷』に過ぎない!」
「そんな!奴隷だなんて!」
「聞いたんだよ!マーブル博士から!昆虫達を奴隷にする為の研究だと。僕はそれを止めるために人間になって力ずくででも昆虫達を助けようと考えた。だって、彼らにも家族や仲間が居るんだよ。何で引き離されなきゃいけないんだよ!彼らだって生きてるんだよ!」
「・・・。」
アイは何も言えずに言葉を探していた。
「だから僕が、人間になって言葉を持った今!直接マーブル博士にお願いをしたい!ねぇ、アイなら分かってくれるよね?」
「ええ、良く分かるわ。あなたは兄メデルと似てる。いいえ、メデルそのものだわ。きっとメデルも同じような事を言ってたでしょう。
よし!私も一肌脱ぐわ!今からマーブル博士に会いに行きましょう!」
「ありがとう!アイ!」
「何言ってるの?わたしの可愛い弟のお願いを聞かない訳にはいかないでしょ?ふふふ。」
メデタは満面の笑みを浮かべた。
そして2人は部屋を出てマーブル博士の居る所長室へと向かった。
アイとメデタは所長室の前に着いた。
アイがドアをノックすると中から「ほーい!入りなさい。」と気の抜けるような声が聞こえた。
「失礼します。」と同時にドアノブを回して中に入ると、そこに居たのはてっぺんだけがキレイにハゲた白髪で背の低い男性が背を向けて何やら実験作業をしているようだ。
丸眼鏡をかけた顔を半分だけ振り向かせてこちらを見た「おお、アイちゃんかね。となりに居るのは例の?」
「マーブル博士お疲れ様です。はい、お話していたメデタです。」
「メデタ君か。お兄さんのメデル君の名前に似ていてなんだかメデタイ名前じゃな。」
「ふふふ。博士ったら今日も面白いですね。」
アイはメデタと目を合わせてにこっと笑った。
「よしっ!今日はこの辺で終わりにしようかのぉ。」
マーブル博士は実験作業を終わらせた。
そして頭にかけていたメガネを目にかけた。
「それで、君がゴキブリから人間になったメデタくんかね?良く見るとメデルくんにそっくりじゃな!アイちゃんの念願が実験成功と共に叶ったわけじゃなぁ。」
「はい!」
アイは嬉しそうに返事をした。
「マーブル博士。僕はこの研究所でゴキブリとして生きている間、ずっとあなた達の事を観察していました。そしてあなたから耳を疑う言葉を聞きました。
どうか僕らを奴隷にしないで下さい!お願いします!」
メデタは博士に頭を下げてお願いをした。
「おいおい!待ってくれ!メデタくんや!会って数秒でいきなり頭を下げられたのは長い事生きてきて初めてじゃ!この研究を止めろと言うのか?」
「はい!そうです!」
「じゃがな。この研究は国からの依頼で、巨額の資金を投じて行っておる。それを無視して中止なんぞ出来ん!虫だけにな。」
「博士、私はそのダジャレを無視します。」
アイはツッコミを拒否した。
「はい、ごめんなさい。もとい、それにじゃ、わしは君らを奴隷にするなんて言うとらんぞ?」
「えっ?そうなんですか?でもたしかに『奴隷にしようか』と仰って。」
「あーぁ!分かったぞ!きっとそれは昆虫の検体を『どれにしようか』と選んでおる時の事じゃろう。『どれにしようか』を『奴隷にしようか』という風に聞き違いをしたんじゃな。」
「なんだ~、メデタのただの聞き違いだったのね。」
「えっ?そうだったんですね!なーんだぁ、それは失礼しました!でも、昆虫を人化して労働力にする事に変わりは無いですよね?」
「まぁ聞こえは悪いが、そう捉える事も出来ん事もないのぉ」
「それなら博士!僕に考えがあります。」
「考えじゃと?何じゃ?言うてみなさい。」
「僕たちゴキブリを。いえ、デターを。通貨にするんです!僕らが通貨になってお金として働きます!そうすれば他の昆虫達を労働力にする必要は無くなり、研究自体ももう行う必要が無くなります。」
「流石メデタ!元エリート銀行員だった賢いメデル兄さんの細胞が活きてる!デターをお金にするだなんて発想は兄さんらしいわ。」
「僕はアイのお陰で沢山の本を読み、沢山の事を学ぶ事を学びました。お笑いも好きですが、その中で一番興味を持ったのは、お金と経済の本でした。」
現在、世界で使われている共通通貨は紙幣と硬貨である。だが近年、クレジットカードや仮想通貨などの電子マネーが現れた影響によりキャッシュレスとなり支払いがスマートになった事で紙幣の価値が下がり現金を持ち歩く必要が無くなった。そのためこれからの通貨は紙幣や硬貨の物質的ローテクマネー時代から電子的ハイテクマネー時代へと変換していると言える。
「それを踏まえて、僕が考えたのは、人間が僕たちデターを『成長過程に数字的価値を付けて』卵から幼虫、成虫になるまで外敵から守るために『ボックスの中で大切に育てる』事でその行為自体がお金を育てるという事になります。
そして成長したデターを読み取る装置を作り、『電子マネーとして数字をチャージ』すれば、人間が生活するために必要な電子マネーとしてサービスや物と交換する事が出来ます。もし僕らを現金で交換しようよするときっと僕らは逃げると思います。お金が逃げたら困りますよね?だから僕らは現金向きでは無いので電車マネーが普及している今の時代に適した通貨とも言えます。
簡単に説明するとこんな感じです。
いかがでしょうか?マーブル博士!」
「うむ。確かに!ゴキブリ、いやデターは昆虫の中でもズバ抜けた繁殖力と生命力を有しておる。それがお金だと考えれば、これは物凄い能力じゃ!確かにデターなら通貨になり得るぞ!」
「そうよね!確かお金になる3つの条件もデターなら当てはまる!」
「そうじゃな。『価値の保存、価値の尺度、価値の交換』さっきのメデタくんの説明ならデターはこの3つの条件をクリアしておる。」
「はい、その通りです。しかも面白いのは僕らが寿命で死んだ後です。」
「本当だ!デターが死んじゃったらお金はどうなるの?」
「それも考えました。デターの数字的価値を電子マネーにチャージした後、例えばその電子マネーを一切使わなかった場合。僕らは成虫になって約200日後に寿命で死にます。いわばデターをチャージしてから約半年以上お金として機能するという事です。
そしてその期間に人間がお金を一度も使わなかったら、要するに経済に流通を起こさなかった場合、デターをチャージした電子マネーの数字が消えてしまうという事にすれば。
アイならそのお金どうする?」
「それは、デターが死んじゃったらお金が消えるのが分かってたら、その前に使おうと考えるわよね!」
「そうだね。要するにこのお金は期限付きのお金という事になるから無くなる前にみんな使うよね。期限付きのポイントの様なもので、誰もがポイントが無くなる前にもったいないから使おうとすると思います。という事はみんながお金を使う事で経済が潤う。これってとても良い事ですよね?」
「なほどな!これは面白いお金じゃな!しかもデターの繁殖力なら使ってもまた増えてくれる!」
「マーブル博士、その通りです。僕らデターは自ら生まれて成長過程で価値が上がり、期限付きの電子マネーとなりあなた方人間の生活を手助けをするお金となるのです。」
「こりゃ凄い事になったぞ!前代未聞じゃ!まさに通貨革命じゃぞ!!」
「だから、僕らが人類を救います!」
「よし!よ~く分かった!これから国の役人に研究の中止を申請してくるわい!」
「マーブル博士ありがとうございます!」
その時突然、ビー!ビー!ビー!という緊急アラーム音がなり始めた。