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『筆名に月をいれるな』そのような本を書いたら炎上しそう #kurukeredo

2024年10/30(水)4898



きょうの日記はほぼ全文、無料公開とします。

演劇界⋯⋯。

悲しい。悲しいです。

西荻窪、最寄駅のひとつなのに、なかなか行けない。いつも荻窪・阿佐ヶ谷方面に用があるから。吉祥寺も近年ほとんど行かない。

これは本当に凄いことだと思う。岡田索雲さんに生き残ってほしい。

いつまでも枡野浩一が選者でいるイメージあるかもしれませんが、番組レギュラーは三月までです。短歌のしめきりはもっと前です。

おお。凄そう。『筆名に月をいれるな』って枡野が書いたら炎上しそう。

So-net提供の映像番組だった。CSか何かの。

歌壇とそれ以外をつなぐ歌人として稀有な存在だったと思います。

自分の体験してきた歴史の部分だけ、まず読みました。歌壇の中で長く「いないこと」にされていた、約十万部流通した(若い歌人の誕生に少しは貢献したと自負する)代表作の短歌小説『ショートソング』が歌壇の専門誌で語られたことすらほぼない枡野浩一を無視しなかったことだけでも有り難いのですが。口を挟みたくなるところはどうしてもありました。萎縮しないでほしいと切に思いますが⋯⋯。正岡豊『四月の魚』復刊の声を直接あげて行動したのは後輩世代の歌人たちだったと私は記憶しております(支持者の穂村弘さん荻原裕幸さんは同世代とはいえ)。本書の冒頭、山階基作品の評からスタートしていますが、あの一首って「失恋」の歌でしょうか。私はそうは思いません。むしろそのように単純化して読まれないよう細心の注意を払って構築された連作の一首だったと記憶しております。また、ある性的マイノリティであることを公言している歌人への言及で「そんなにセンシティブな、否定的な評価を、そこまであっさり書く?」と、愕然とした箇所がありました。本書は私の読んだ部分だけの印象をまとめると、『近現代短歌はどう語られてきたか』といったタイトルのほうが似合う感じの一冊です。そんな中、著者ご本人が私見を言うとき、あえて断言しないほうがいいことをきっぱり断言しすぎではと感じました。歌壇の中で語られやすい、語りがいのある短歌や歌人たちが、どうしても「歴史」に残りやすいということの是非を、一人ひっそり噛みしめたいと思います。石川啄木について本を一冊書いたことがあり、正岡子規の関連本を昨今は必要にせまられて少しずつ読んでいますが、「人には必ず偏りがあり、偏りのある人によって書かれた歴史は疑わしいことばかりだ」と感嘆せざるをえません。ともあれ、本書が勇気のある一冊であるということは疑っていません。語りがいのあることについて語るのがあまり好きでないので、これ以降に読んで感じた感想は特に伝えることはしないと思います。ご容赦ください。

短歌について語ること自体、好きなわけじゃないのです。謎の使命感でやっております。でも需要すらないのだとしたら?

お笑いのほうが好きな人は、こちらを。

同期が追加合格しました。

枡野の書くことは核心をついていてもバズらないねえ。

「よい」に駐輪。
耳鼻科のあとカツカレー、コーヒー。
コーヒーおかわり、チーズケーキ。
懸案の原稿を書きました。

日記も書きました。

「毎日のように手紙は来るけれど」
https://note.mu/masuno/m/m945bf3f6d99e
まぐまぐ配信時代バックナンバー
https://www.mag2.com/m0001272552.html

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371字

教科書に短歌が載っている歌人の枡野浩一が、2011年4月から毎日ちゃんと配信してきた世にも珍しい有料メルマガ「毎日のように手紙は来るけれど」、noteに引っ越しました。表現についてずっと考えています。

短歌、言葉、その周辺の仕事。興味のあることだけやって二十数年生活してきた歌人の、あやまちだらけの毎日を知ることで気持ちがきっと楽になります…

もしお役に立ちそうな記事があれば、よろしくお願いします。