小説『OWARAI SAMURAI』EPISODE:SHIBUYA
渋谷109のネオンが酸性雨で濡れたアスファルトを妖しく照らす午前零時過ぎ。かつて若者の街と呼ばれたそれは見る影も無く、風が砂埃と人々の悲しみを運んでいた。
『ネオ渋谷居住特区は区民の皆様の安寧の日々を保証いたします。』
何の意味もない文字列を浮かべるAR広告が、彼のサイバネティクスゴーグルを介して雪崩込んでくる。あいも変わらず五月蝿い街だ、と男は旧世代の紙タバコをネズミの群れに放り投げる。シケモクすら我よ我よと捕食しようとするネズミ達をよそに、男はある場所にたどり着いた。
「シブヤムゲンダイホール…。」
そう呼ばれていた劇場だ。核戦争が起きる前、そこでは毎日さまざまな演目が行われていたらしい。
「オワライ…。ねえ。」
この時代にとっては忌まわしい意味を持つ四文字の言葉。何故か?その意味を体現する存在が、男の背後に蛇めいて接近していた。
「オワライ…いかがですか…クケケケッ…!」
「へぇ、今日は何がオモシロイんだい?」
背中越しに言葉を贈る。常人ならば、背後の異形の姿に失禁し逃げ惑っていることだろう。だがしかし、彼はタバコに火をつけた。何たる余裕だろうか?
「本日は…私め道化がぁ、お客様の四肢を使ってモノボケを披露させていただきます!それが今日のオモシロだァーーーッ!!」
鎌のようなものが男の背中に迫る。これはただの鎌ではない。ノコギリのような返しがその残虐性を表現しているエンターテイメント用武具「虚慟具(こどうぐ)」に他ならない!なぜこのような蛮行がまかり通っているのか?それはこの異形が「オワライ」芸人だからに他ならない!
「あれェ…?」
その刹那、異形がその大きな目玉をギョロギョロと動かし、己の腹部に打ち込まれた銃撃を見下ろしていた。一体何が起きたと言わんばかりにもっと激しく目玉が痙攣を始めている。
「スベってんだよ。」
男が背後を取っている!尚且、即座に異形の腹に叩き込んだ二発の銃弾。この狂った街において、ただの人間が眼前の殺意にマウントを取っているこの状況を説明する言葉は存在しない。この男「神亡蝶時(じんぼう ちょうとき)」の圧倒的オワライ戦闘能力の高さを除いては!
「言ってくれよォ、お客さん、シロートじゃないねえ。クククッ!」
オワライを会得していない一般市民を意味する「シロート」がこの男に当てはまる訳がない。ズズズ…と小気味悪い肉音とともに、血濡れた異形の傷がみるみるうちに回復してゆく。何ということだろう。オワライ芸人に傷を与えていること自体、奇跡に等しいことだというのに。
「ーーーーーーー!」
神亡が体を大きく翻し、向かいの「G」「U」と書かれた建物側に身を置く。ご覧頂きたい。神亡が先程までいた空間がまるで漢字の「凹」のように抉れている!
「どっから来たノ?ジムショはどこ?ゲイレキは?マンザイ?コント?」
鎌の虚慟具を振り回しながら、にじり寄る異形に恐れることなく、一発、二発のマグナムを叩き込む神亡。汗が、額から顎に落ちる。
…当たっていない!
敵は何処へ!神亡の汗が地面に落下したその刹那ーーーー直撃ッ!
「ギリギリで受け止めたか…。早く答えろよォ。コウハイだったら今以上にぶっ潰すぞォ?」
マグナムの銃身のギリギリのところで敵の斬撃を受け止め、その一瞬にマグナムを投げ捨てることでその威力を軽減し受け流したが、それでも重傷は免れない。神亡は頭の流血を押さえながら、こう問う。
「ご挨拶ーーーーーーーよろしいでしょうか?」
異形は待ってましたと言わんばかりにニヤつき始める。互いのゲイレキと名前を伝え合う、それがオワライ芸人に唯一残された秩序とルールなのだ。
「オメーみたいにつまんねぇセンパイに名乗る名前なんて無ェ。」
ドンッッッ!!
神亡の拳が、風を切って異形の顎に直撃した!
「もうええわ。」
OWARAI SAMURAI
EPISODE:SHIBUYA
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この物語はフィクションであり、実在する組織、団体とは関係がございません。