益村小説「MASUMURA 100」EP01 -Hello, New World-
「女、何故俺を目覚めさせた?」
とある研究施設。けたたましい警告音と真っ赤なランプの点滅が二人を包み込んでいた。
破砕されたコールドスリープ装置からは、緑の培養液が洪水のように溢れ出ている。
男の問いは、この装置を解除させた金髪の女に向けられていた。
女のサングラスの奥に潜む青い瞳が、男を見上げる。その視線はあまりにも鋭く、孤高さすら感じるものだった。
「説明は後。未来は、あなたの想定よりも遥かに速いスピードで崩壊へと向かっている。」
「俺になんの関係がある?」
彼は野生そのものだった。今にも食ってかかりそうな獣。そこに理性を体現するかのように、女が口を開いた。
「最悪の結果を回避するためには、あなたが必要なの。」
女は、
彼の名を、
こう言った。
「マスムラ。2222年の日本を、いいえ、世界を救って。」
"名前"を呼ばれた瞬間、マスムラはピクリと目を開いた。
ドクッ
マスムラの鼓動が、「生」を実感し始める。
己の掌を開いては閉じ、体に満ちる「脈」を循環させた。
「あなたは200年の間、この地下研究施設で冷凍保存されていた。来たるべきXデーに備えて。」
「200年!?何言ってんだ。おれは東京シャンデリア最後のライブのあと、同期と酒を飲んで、家で眠って...…」
まくしたてるよう己の記憶を反芻するも、当然その言葉は途切れた。
「早くここから出るの!奴らが来る!あなたはこの腐った世界をきっと変えれる!」
「ちょっと待ってくれ!理解が追いつかない!あんたは一体誰なんだ!」
「私の名前はーーーーーーーー」
ガンガンガンガンガンガン!!!
施設の床の金属に叩きつけられた足音の量は、2人に絶望を知らせるには容易かった。
カチャッッッッ
ヘルメットと防護服で身を包んだ兵士たちが向ける銃口、その数なんと15!
「そんな…上にいた隊員達をもう始末したっていうの…!」
女が悔しさで顔を歪ませる。スリットの中に忍ばせていた銃に手を伸ばそうとするも、それを制止するように兵士達の奥から男が声をあげた。
「抵抗は無駄ですよ。"叛逆の母"。あなたの降参で、この愚かな鬼ごっこを終わりにしましょう。」
紺のスーツに身を包んだ男は、後ろで手を組み、顎を上げ女を見下しながら近づく。
「あんたらの思い通りにはさせない…!」
「諦めも肝心ですよ、レディ。そう思いませんか?我が同胞よ。」
男が気だるそうにマスムラに視線を移す。
「どういうことだよ…!!」
マスムラの狼狽は当然だった。
「俺が二人…!?」
兵士たちを束ねる刺客の顔面は、完全にマスムラだったのだから。
「ご無沙汰しております。我が同胞…いや…兄さんとでも言いましょうか。」
同じ顔面の男二人が対峙する。
「マスムラのDNAを悪用した"レプリカ"が…!うぐっ!」
女は吐き捨てるよう言葉を浴びせるが、兵士たちによって両腕を拘束され、もはや虫の息!
「なにが起きてんだよ…俺のDNA!?おい…この夢の夢占いはどんなんだよ!?」
「Oh…そのウイットに富んだ表現!"オリジナル"に他なりませんね!」
「残念ですがここで死んでいただく。ブラザー。」
もう1人のマスムラは、右手を挙げ、マスムラに向け振り下ろした。
「やれ。」
「......…!!」
バババババババババババッッッッッ!!!!
兵士達によって無数の銃弾がマスムラに叩き込まれた!兵士たちの自動小銃の音が室内に無制限に響き渡っていく!
そのうちの1発が当たったのだろうか。冷凍保存装置に酸素を送るためのガス管が破裂し、マスムラの姿を隠すようにガスが充満するも、兵士たちは銃撃をやめることはない。
「マスムラーーーーーーーーーーーーッ!!」
彼女の叫びすらも、煙に消えていくと思ったその刹那ーーーーーー、
「やったか。」
もう1人のマスムラの安堵とは裏腹に、
煙は晴れ、
運命は動き出す。
「ほんで.…」
マスムラが首をさすりながら現れる。
無傷ッッッ!!!
圧倒的無傷!
「今の何がオモロいん?」
マスムラの右拳が開かれ、そこから無数の弾丸があっけなくポトポトと落下した。
それはすべての銃撃を片手で受け止める狂気の沙汰行為!
兵士達は思った。
これは夢ではないかと。
もう1人のマスムラは思った。
この厄介な現実をただちに破壊しなくてはと。
女は思った。
胸に湧くこの感情こそが、希望なんだと。
夢じゃないのだと。
マスムラは思った。
「..........…腹減ったなア。」
「ぶち殺せええええええええええ!!!!!」
ドドドドドドドドドド!!!!
2222年 東京、1匹の獣が解き放たれた。
つづくかつづかない