見出し画像

「君の青い車で海へ行こう」

新車を購入した。車ではなく自転車だ。
しかも色は青でなくゴールドがかった黄色。Monarkというメーカーのもので、街ですれ違う婦人用自転車の2台に1台はこのメーカーじゃないかと思うぐらい良く見かける。フレームの数か所にメーカー名のロゴがついている。

(どうでも良いが「モナーク」ってパチンコ屋さんの名前みたいと思ったのは私だけだろうか)

今まで乗っていた自転車はまだ動くし、乗るだけなら問題はない。でも片道30分の自転車通勤で重い荷物を載せることも多く、しっかりした自転車が欲しくなった。それに、なんとなくテンションをあげたい、という理由もあって「清水の舞台から飛び降りる」気持ちで購入を決めた。

たかが自転車で清水の舞台とは大げさな、と思われたかもしれないが、ここは物価の高い北欧である。まともな自転車を新車で買おうと思うとそれなりの値段になってしまう。(レート計算すると日本円にして7万円ほどだった)

でも良い。すごく満足している。あまりの快適さに驚いているほどだ。
どれだけ快適かというと、まず、
・ブレーキの効きが良い(こちらの自転車は基本的に足ブレーキ。逆向きにペダルをそっと漕ぐと止まる。ブレーキのかかり方がとてもスムーズで感激)

・前後にランプが付いている(ランプはオプション、というのもこちらでは一般的。スーパーでもどこでも取り外しのできる小さなランプが売っている。しかし今回の新車には最初から装備されていて嬉しい)

・スタンドが付いている(これまで乗っていた自転車には付いていなかった。もしくは壊れていたため、どこかにとめる時は壁や街路樹に立てかけていた)

・カゴが固定されている(これまで乗っていた自転車は、取り外し式のカゴが付いていたので、重い物を入れるとグラグラ揺れていた)

書いてみると、何だ、普通じゃないかと思われるかもしれないが、これまでのものが中古で古かったので、それに比べるとそれはもう大きな差なのだ。


ところで、これまで乗って来た中古自転車は3台だった。ちょっと訳アリで入手経路はあまり大きな声で言わない方が良いかもしれない。でも敢えて言うと、

1台目は拾った。いわゆる放置自転車である。
コペンハーゲン市内のお堀の土手に転がっていたのを見つけた友人が拾ってくれた。その友人には自転車マニアの友人がいて、その人が自転車を普通に乗れるようにメンテナンスしてくれた。ボロボロのサドルは余っていた中古のサドルに代わり、変速機まで付いて私の元にやって来た。マルメに引っ越したときも電車に乗せて連れてきた。
やたらと重い車体で、持ち上げるのが一苦労だったが、その分ちょっとやそっとでは壊れない気がして結構気に入っていた。
でもある時駅の駐輪場に一晩停めておいたら無くなった。新しめのサドルが魅力的だったのか、理由はわからないけれど欲しかった人に持っていかれたらしい。

2代目は中古自転車屋で安く手に入れた。アパートの1階の角のスペースを無理やり店舗にしたような、人間2人以上は入れなさそうな穴蔵みたいな店の中、中東系の色の黒いおじさんが丸椅子に腰掛け、同じく中東系の若者が半分体が店からはみ出たまま立っている、そんな店だ。どうやってこの店を見つけたかは覚えていない。
買った自転車は見た目も古びて、これは誰にも狙われないだろうというものだったが、数年後に寿命が来た。ペダルを踏むごとに金切り声みたいな音がして、自転車屋も修理したがらなかったので(面倒くさかったんだろう)手放すことになった。

そして3代目。またコペンハーゲンで拾った、と言うか見つけた。10台ぐらいの自転車が、警察によって道の端に集められ、「撤去します」と書かれたテープが貼られていた。付近にあった放置自転車を集めたものだろう。
当時私はその通りにあった日本食レストランでバイトをしていたのだが、料理人のボス(デンマーク人)が見つけて知らせてくれた。私の自転車に寿命が来たという話を知っていた彼は、「どうせ引き取りに来る人もいないんだし、警察署に持って行って結局売られるんだから貰ってもいいんじゃない?」と親切に(?)その自転車に付いていた鍵を壊して(!)私に渡してくれた。そしてそのまま、1台目同様、国境を越えて連れてきたのである。

と、あまり自慢できない遍歴であるが、そんな背景があるからこそ、ついに正当なルートで手にした自転車に乗るのが余計に感慨深いのかもしれない。


通勤途中、海岸を通る。青い海を見ながら自転車に乗っている時にいつも思い浮かぶのがスピッツの「青い車」なのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?