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母への親孝行

母は買い物が大好きだ。特に理想の洋服探しに目がない。

モールに出かけると必ず一通りの洋服屋をめぐり、品を手に取り鏡に当ててみては、これはちょっと短すぎるわね。色が合わないな。もっと真っすぐのシルエットのが欲しいのよ。襟首がもっと上がったデザインのが良いな。
こうしたらスタイルよく見えるでしょ。と、ああでもない、こうでもないとつぶやきながら品定めをする。

私はと言うと、それほど洋服にこだわりがないものだから、ふーん、そうねー。あぁそう、今はそういうのが流行ってるの?とまあ気のない返事をするのが常。時々あまりに私が上の空だから、あんたつまんないわねぇ、と母は漏らす。自分の母なんだけれど、なんだか妹の買い物に付き合わされているような気分になる。

実家を離れて今年で16年になる。海外で暮らしてきた私は里帰りも頻繁ではない。2年に1度ぐらいだろうか。でも昔はよくこうやって買い物に付き合った。今はもっぱら近所のモールになってしまったけど、当時は電車に乗ってちょっとおしゃれな元町・三ノ宮エリアや、ときには大阪まで出ていって買い物ツアーをしたものだった。私も若い頃はそれなりにファッションに興味があったから、母にとって良い「買い物友達」だったのかもしれない。

しかし時が経つにつれ、たまに実家に帰っても昔の友だちに会ったりパートナーと旅行したり、となかなか時間が取れなくなっていた。私自身の好みもだんだん変わってしまい、母と買い物に出かける機会はほぼなくなってしまった。

それが今年、急に1ヶ月以上実家にいることになった。もともと日本で別の用事があり、そのための一時帰国だったのだが、その用事が先にずれ込んでしまったためである。私にとっては予期せぬ空白の時間。少々体調を崩していたので休息期間にあてられるのは良かったが、久しぶりの実家暮らしである。生活のリズムは噛み合わないし、知らない間にできた「おうちルール」みたいなものに戸惑ったり、またいろんなことへの考え方が違いすぎてちょっとイラッと来てしまう瞬間もあったりする。

それでも何もすることがないので家事を手伝ったりする。今日もモールへの買い物に付き合った。食料の買い出しを手伝う、という名目ではあったが、ちょっと待って、この店覗いていくわ、といつものように一通りいろんな店を見て回る母に、えーまたー?と付いていく私。そして家に帰って今日の戦利品を見ながら、このタイプのTシャツ欲しかったのよー、このスカート今の季節に良さそうでしょ、安かったしね。と満足の様子。

ずっとこんなふうに話をしている母を見ながら、ああ、そうか、母はこうやって娘である私とお喋りしながら買い物するのが嬉しいんだな、と思った。商品を見て回りながらご近所さんの噂話をしたり、父の文句を言ったり、ちょっとお茶していく?ってカフェに誘ったり。まるで女子高生がそのまま年を取ったようになんだかキラキラしている。

遠く離れて好きなことして、長い間実家のことを考える時間もなかったけど、だからこそこうやって一緒にいるだけで親孝行になるのかもしれない。まだまだ元気だとは言え、会うたびに確実に年をとっていく母。
母のキラキラした世界にもっと付き合ってあげなきゃな、と思う。


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