生まれて初めてガチの野良猫を保護した話⑨
好物は、言葉と同じ
しっぽが我が家に来てからも、心配な日々はずっと続きました。中でも一番悩まされたのは、食事をしたりしなかったりすること。早く体力をつけて、しっかり治療したいのに、食欲がある日もあれば、ほとんど口をつけない日も。これじゃあ元気になれない!
えつこさんに相談しつつ、いろんな可能性を考えました。
毛玉が詰まって食欲がないのかも、と思えば、ウエットフードに植物性の油を少し混ぜたものをあげてみたり。
鼻をぐずぐずさせているので、部屋の温度と湿度をあげてみたり。
フードも、30種類以上試しました。これ食べてくれる! と沢山買ったら、翌日は見向きもしなかったり、かと思えば、以前は食べなかったものを急に食べ出したり。
そんな中、しっぽがどんなときでも食べてくれたのが、ラシャトンのチキンペースト。
ラシャトンは、高品質な猫のおやつ。うちの猫たちもみんな大好き。でもいいお値段なので、我が家では1日1本を、2匹でシェアして食べるルール。それを気に入るなんて、やっぱり美味しいものは分かるんだなあ…。こちらを警戒しながらも、唯一ラシャトンなら手から舐めてくれます。
いいお値段、なんて書いちゃったけど、ラシャトンの存在がどれだけありがたかったことか。
エッセイにも書いたことですが、好物って、言葉と一緒だと思うのです。しっぽにどんなに「だいじょうぶだよ」「怖くないよ」と声をかけても、なかなか心には届かないけど、こうして好物を差し出せば「好きだよ」「お友達になりたいよ」って気持ちを、言葉の代わりに伝えてくれます。
食欲がないときも、フードの上にラシャトンをしぼればいくらか食べてくれました。私たちの関係を縮めてくれるのにも、ひと役買ってくれました。相変わらず食べたり食べなかったりでヤキモキする中、好物を見つけられたことは、本当に心の支えになりました。
少しずつ、すこしずつ
しっぽが相手のときは、とにかくなにをするにもゆっくりペース。たとえばケージにかけていた布一つでも、
全面を布で覆って真っ暗にした状態 →
床から数センチだけ布を上げて、外が少しだけ覗ける状態 →
下の段も上の段も、それぞれ半分だけ布で覆った状態 →
下の段だけ前面の布を取った状態
など段階を追って、しっぽが馴れるまで、同じ状態を数日間続けます。飼い猫だったら布なんて一瞬で取れるのに…。こちらを信頼していないしっぽの、このペースを理解して実践するのは、せっかちな私にはなかなか大変でした。
ただ、結果から言えば、この「猫のペースに合わせる」というのは、とても効果があったのでした。
これは、2段ケージに移ったばかりのころ。ケージの中の新しい段ボールハウス(初代のは中におもらししていたので廃棄)の奥で、じっとしてる姿。このころのしっぽは、いつでも私から目を離さず、つねに警戒体勢。私もえつこさんにアドバイスされ、部屋に入るのは1日2,3回にしていました。
そしてこれは、上の写真からさらに数日後、2段ケージの上の段と下の段を、半分ほど布で覆っていたころ。しっぽが、はじめて私の前でころんと横になった瞬間です。嬉しくて、でも怖がらせないようあくまでポーカーフェイスで、急いでシャッターを切りました。
しっぽが一歩近づくのを待って、こちらも近づく。猫の一歩は小さすぎて、永遠に距離が縮まらないような気がしちゃうけど、ぐっと我慢。そうすると数日後に、また一歩近くなる。
ずっと香箱座りで警戒していたのが、横寝の姿を見せてくれるようになった。私の前で、ちょっとだけ毛づくろいするようになった。隠れる速度がややゆっくりになった。威嚇の回数が減った。
飼い猫と比べたらごくごくささやかな、ちょっとした変化。それをじっと待つことが、仲良くなるための一番の近道なんだと、ときどき失敗しながら、私は学んでいったのでした。
ちなみにこれが2段ケージです。一階に、トイレ、ホットカーペット、爪研ぎ、お水。二階に、段ボールハウス、ごはん。この、布を上げて扉を開けた状態に持ってくるまで、50日ほどかかりました。
とは言え。このときの私はまだ、えつこさんが言う、
「猫って、ある日突然、触れるようになるの。しっぽにもその瞬間が絶対来るから」
という言葉は、半信半疑でした。だって、2ヶ月経っても一度も触ることができないのに!
でも、えつこさんの言葉どおり、本当に突然、その日はやってきたのです。
我が家の猫たちとのエピソードはこちらに。