5月の傘
バスに持ち込まれた濡れた傘
5月の濡れた傘
シャツの袖を湿らせる
狭い車内
どうしようもなく
愛嬌ない5月傘
骨組みを伝う雫
誰かの惣菜の匂いや
または背広の臭いや
逃げられない生活の酸っぱい臭い
静かに目をつむる
バスのドアがひらく音
5月傘は閉じられ
しわだらけ
濡れたまま
持ち込まれる
皮膚は湿気は
長い小雨が窓を打つ音を静かに見ていた
前の人の萎れた新聞
遠い国のニュースを小さく報じている
濡れたシャツの袖口や
濡れた傘が
真夏の海だった
光っていた
海の底
ここは日本だった
にっぽん
平和は怖い
防波堤を築こう
石を積もう
竹を削ろう
平和な日本の光景は
生活の酸つぱさのにおい
日本の海は深い
夏は特に 光つて
次の停留所で降りた
5月の傘を開く
どうやったって
どうしようもない愛嬌もなく
打ちのめされたことにふと気が付く
誰も人の事情のことなど理解することは出来ないのだから
5月傘は
太陽の光で蒸発を欲しがった
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