就活で死ぬことを考えたはなし
恋人に「軽々しく死にたいとか言わないで」と言われてから、「死」について語るのがすごく嫌になった。ずっとそばに居たはずの死を拒絶されて、わたしは「死ぬこと」が怖くなった。当たり前だけど。死ぬことは怖くないと思ってたのにね。だからちょっとこのはなしを書くのが憂鬱になっていたけれど、頑張って書くよ。
そんな始まり方で申し訳ないけれど、わたしなりにKodai Teraguchiさんの記事を読んで思ったことを書いていこうと思う。
Teraguchiさんは、家入一真さんのブログを読んで、「2013年度、大学生の自殺者が1000人を超え、その内150人が就活を失敗したことによる自殺」だったことに嘆いていた。
あまり声を大にして言うことじゃないけれど、わたしも就活で本気で死ぬことを考えた人間の1人である。
自分を否定されるような面接は、確かにつらい。他人と比べられて、優劣をつけられる。劣をつけられても、理由はわからない。はあ、いやだなあ。思い出すだけで嫌だ、あの面接官の目。
でもマジであぶね〜〜〜〜!!わたしも2017年度、大学生の自殺者リストに名を刻むところだった〜〜!あぶね〜〜、、今もう一度あの就活の時間に身を置いたら、多分、きっと、また自殺することを心底真剣に考えるんだろうなと思う。
でも今だから言えるのは、死ななくてよかったなってこと。もう就活終わってる人もいるし、内定を稼ぐだけ稼いでいる猛者もいるし、去年のわたしのように無い内定に焦ってる人がこれからたくさん増える。無い内定が続いて、死にてえなと思ってる人(思うかもしれない人)にとりあえず読んで欲しいと思って書く。
◎逃げるイコール死ぬじゃない
わたしの話になるけど、就活ムードがほぼ治まりつつあった9月頃、親友に「わたしはもう死のうと思っている」と相談をしたことがある。相談ができるだけ、まだマシなのかもしれないけれど。やっぱり「死ぬのはマジでやめて」と言ってほしいという思いもあるし、逃げていいんだと言ってほしい、逃げることを正当化して欲しいというかなり一方的な思いがあったんだと思う。
それで嫌な顔をする様な友達には相談するべきじゃないし、見極める必要があるけれど。そういう意味では私はかなり友人に恵まれていたと思う。
わたしはこの時、内定を一つ持っていた。一つ持っているならまだマシだと思うかもしれないが、周りを見れば内定なんて志望する会社から出てなんぼだ、みたいな大学にいたから「中小企業、しかも専門職…ありえない…」と思い込んでいた。だから就活をここで終えるのは、「負け」だと思いこんでいた。プライドだけはいっちょまえにあった。
負けるのは嫌だった。でも、就活をこれ以上続けることはしたくなかった。こんなにつらい思いをしてまで、別に生きてる必要なんてなかった。だから、死のうとしていた。就活で人生を失敗したから、もう終わりなんだと思っていた。
そんなことを友人に相談をしたら、「死ぬくらいなら、逃げて欲しい。てゆ~か、ちなみが必死で頑張ってきたのを知っているし、それでダメだったんだから方向転換したってそれは逃げじゃないでしょ」なんて簡単に言いのけやがった。そこでやっと、死ぬ・負ける以外に選択肢ができた。ありがてえ。
そうしてわたしは、この興味関心の枠から外れた中小企業の専門職で出た内定に縋るように就活を終えた。これでもしあの時、この内定すらない状態だったら、わたしはきっと自殺していたと思う。マジで。
周りは数ヶ月前に企業のロゴだけで会社名がわかる様な大企業に内定を貰っている人ばかりだったし、一人暮らしで誰にも何も言えず夜は眠れず四六時中涙が止まらなかった。拒食と過食を繰り返し、どんなに高いご飯を食べてもあんまり味はしなかった。
友人や恋人と喋っていても、「わたしはこの人たちに比べて何が足りなくて、何が劣っているのだろう」と考えては家に帰って一人泣きじゃくった。
そんなん毎日やってたらそりゃ〜〜死ぬでしょ、よく耐えたよわたし、本当にえらい、こんな思いしたんだからマジで生きてるだけで今のわたしはえらい。異論は認めたくない。おんなじような思いをしてる人、絶対100万人はいるでしょ。みんなすごいよ、生きてるだけですごい。死なないだけですごい。
そして、とりあえず今ある内定のとこに決めてさ、もう一年就活したら?とか、公務員試験だって受けられるじゃん?とも友人は言った。逃げるにしても、より細かい選択肢を与えてくれた。ついでにカウントダウンジャパン(年末にある音楽フェスです)に行ってから死ぬかどうかは決めろと言った。
そして、思ったこと、身の回りの出来事を文章にして書けと、表現しろと言った。それは諦めないでと言ってくれた。
わたしはこの友人がいたことが自殺を選ばなかった要因として大きかったと思う。こいつのせいで死ねなかった。だって、逃げるイコール死ぬだと思っていたわたしに、逃げるイコール無限の選択肢を与えてくれたんだもん。
◎辛かったら逃げてもいいんだよ
逃げることは負けだと思ってた。恥ずかしいことだと思っていた。でも、みんな逃げていいと言う。
じゃあ逃げた先のことはどうしたらいいの?って思う。
昔、『雨の降る日は学校に行かない』という本を読んだ。
いじめが原因で不登校になった主人公が、先生に「行きたくないなら学校に行かなくてもいい、嫌だったら逃げてもいいんだよ」と言われる。
いじめをする生徒はのうのうと生きているのに、これからの未来の選択肢は沢山あるのに、いじめられた主人公は、学校に行きたくても行けないという、一つの選択肢を失う。
学校に行かなくてもいい、逃げてもいいっていうけれど、逃げた先のことを何もしてあげられないと先生は嘆く、という内容だった。
自殺するほどつらいなら、逃げたらいい。ってみんなよく言う。
人間関係がうまく行かないなら学校に行かなきゃいい、学校辞めたらいい。毎日残業で過労死するくらいなら、仕事をやめればいい。
こんなアドバイスをSNSでごまんと見てきた。簡単に辞められるなら、もうとっくに辞めてる。でも逃げられない理由があるんだよ、
学校辞めてどうすんの?仕事辞めて生活していけんの?
逃げた先に対する選択肢が日本という国は無さすぎる。だから逃げられない。そりゃそうでしょ。
ある程度の学歴がないと「普通に」生きていくためのお金を稼げるような職にも就けない。学校を辞めたという過去はいつまでも付いて回る。
退職金もそれほど出ない会社を辞めて、また一から転職活動。響く退職という過去。時給の低いアルバイトで食い繋いで、保険料や税金はかさむ一方。
こんな現状で、「それなら死んだほうがマシ」って言う人そりゃ沢山いる。だから自殺者は減らない。
当たり前だよね。これは社会が悪いと思う。若い人は選挙に行かないから、必然的に若い人向けの政策を掲げる政治家はいなくなる。だって票が入らないから。だから、今いるお年寄り、お年寄りに片足突っ込んだ世代の人が生きやすいような世の中になっていく。私たち若い世代が、お年寄りに片足突っ込む頃にはどうなってしまっているんだろう。わたしは大学生活で、この危機感を感じてサークル活動を行なってきた。その話はまたしようかな。
だから、こんな先行き不安な人生で、簡単に今あるキャリアを手放して学校を辞めたり、会社を辞めたりなんて出来るわけがないと思ってしまう。だから就職活動で、「そこそこの会社に入らないとヤバイ」となってしまう。失敗したらもう後がないって思って悩んで悩んで悩んで、挙句自殺。あ~~~~生きづらい。
◎後がないわけないのにね
そう、安定した職が無くたってぶっちゃけ生きていける。
バンドマンやお笑い芸人を目指している友人は毎日アルバイトして、節約に節約を重ねてやりくりしてる。あの超有名なヒカキンさんだって夢を叶えるために低所得だったけれど、毎日200円の定食をお昼に食べ続けて100万円貯金した。あ、そういう夢がなくたって、最悪実家に居座ってニートをすることだってできるしね。まあでもいつまでも甘えてばかりじゃ居られないから働かなきゃいけないんだけど。
死ぬくらいならちょっぴり親の脛齧って楽に生きていこうよ。親は自分の子どもが身体的にも精神的にも幸せに生きてほしいと願うものよ。そのために支えになりたいと常々思ってくれているものよ。将来どうしようかと悩む方が、死なれるよりマシ。わたしの母はそう言ってくれる。ありがてえ。
朝ドラで佐藤健は言った。「親は子どもの夢が叶うよりも、自分のそばに居てくれる方が実は嬉しい」って。夢破れても、親元で元気に暮らしてくれてたら、それだけで親は正直嬉しいんだなと思った。ただしなんjにいるニート、てめーはダメだ。
就職活動を失敗(迂回)したことで、これからの人生というRPGをクリアするのは確かにつらいかもしれない。後悔や劣等感はずっと後をついて回る。自分という勇者の後ろに、失敗した過去の自分の棺桶をずっと引きずっているような感覚。この先ずっと教会もないし泉もないみたいな。ずっと薬草と言う名の現実逃避を握りしめて歩いてるみたいな。その薬草は人によって違う。わたしは恋人と会って美味しいご飯を食べること。ドラクエやったことないから例え合ってるか分からんけど。わたしは少なくともそう感じてる。
でもとりあえず逃げ場があるってことを就職活動というダンジョンを進めている勇者たちには分かって欲しい。逃げた先にだって、就活支援なんて今の時代ゴロゴロあるし、お金があるならもう一年やり直したっていいし、勉強したいなら大学院行ったり専門行ったり出来るし、正社員じゃなくても契約社員とか派遣社員とかでいきたい業界に身を置けるかもしれないってことも頭に入れて欲しい。
いろんなダンジョンの進め方があるんだって分かって欲しい。友達が攻略した電通や伊藤忠を、君は攻略しなくたっていい。いきなりひでんマシン持ってコネで入社する奴もいるし、わざマシン1248「顔採用」でスルスル〜〜っと一般職やアナウンサー職を勝ち取る奴もいる。そのわざマシンが自分のタイプに合わないだけなのかもしれないじゃん。じゃあどんなわざマシンが合うのかを見極めるのかって話。これがマジで難しい。
わたしみたいに要領が悪いダメ子ちゃんは、「ぜったいれいど」が使えると思ってフィールドに出るじゃん。そしたら「たいあたり」しか使えないの。同じフィールドに出された就活生たちは「かえんほうしゃ」なり、「ソーラービーム」なりを繰り出してくるわけ。ばったばった面接官をなぎ倒す就活生を横目に、わたしは「まるくなる」です。
「ぜったいれいど」使いてえ〜〜〜〜と思って、毎日就活してたけど、多分わたしにはこおりタイプの技なんて使えなかったんだろうなと今になって思う。実は「はかいこうせん」が打てたかもしれないのにね。
自分のタイプやひっさつわざを知る術は、インターンや自己分析だと思うけれど、あんまりあてにならないと思う。ここ、高校なり大学なりでしっかりキャリア教育をするべきだと思う。少なくとも今は、今ある支援を活用しまくって、自分の使えるひっさつわざを見極めるしかないんだろうな。
こんな自分勝手語ってるけど、わたしはこうやって考えられるようになるまで少なくとも半年かかった。それもたくさんの人に迷惑をかけて支えられて気を遣われて、ここまでこれた。上には上があるし、下には下がいる。いつだって自分が基準でいい。自分のやりたいようにやればいい。自殺したいならすればいい。自分の価値なんていつまでたってもわからないよ。生きてる意味なんて知るわけがない。高校の時仏教の先生が問いかけてきた「人はどうして生まれてくるのだと思う?」という問いに対しての「生まれてきちゃったから生きるしかないんだよね」という答えの無責任さにまだムカついてる。
だから自分の意思で死にたいと思う。でも、もう就職活動でつまづいたから死にたいなんて思ってない。就職活動で何処の馬の骨ともわからねえクソジジイのせいで自分の人生終わらせてたまるか。てめーが死んで詫びろ。自分の人生は自分で終わらせてやれよ。就職活動のせいで死ぬなんて勿体ないことしないで。社会人になったらそれなりにちやほやされるし、くだらないことで笑えたりもする、それでもつらくなったら死んじゃえばいい。少なくとも今死ぬべきじゃない。
熱くなってしまったが、次の節で最後にする。
◎正しいと言ってほしいだけでしょう?
ま〜〜〜〜たスーパービーバーかと思うだろうが、これまたスーパービーバーがグサッと胸に刺さる一言を歌詞にしていてハッとする。ヒヤリ。
『自分がわからないんです 嘘だ
どうすればいいかな 嘘だ
正しいと言って欲しいだけでしょう
ねぇ でもだれが決めんの それ』
SUPER BEAVER / それでも世界が目を覚ますのなら
中学高校とわたしの選択には誰かの「正しい」や「間違い」の点数付けがあった。未成年だったし、親の許可も必要だった。誰かの導きがあった。
大学に入って、どうぞ!この中から自分の好きな授業を取って、好きなアルバイトをして、好きなように生きて、社会に出て行ってください!と手を離される。まずこれについていけない。これは化粧とか身だしなみみたいなものにも言える。それこそ、就活なんていきなり始まる。模範解答はない。
これは怖かったな〜〜何が正解かわからない。面接は自分の解答が返ってくるわけでもなし、一夜漬けも、カンニングも出来ない。わたしは鈍臭い人間だったから、手を離されて巣立った瞬間に巣から落ちた。色んな人の手を借りてようやく飛び立てると思って踏ん張った木に、またそこに雷が落ちたような、そんな就活だった。就活でうまくやっていける、もしくは短期間でコツを掴んでいけるやつは単純にすげえや。それができない人間だと自覚するのもまあ時間がかかるし。そっからの救済はない。だって選考はソッコーで終わるから。
話はズレたけど、自分の人生に「正しい」とか「間違い」とかないんだよね、ってことが言いたい。誰かの同意を得ないと買えない洋服も、誰かに相談しないと告白できない「好き」も、この世に存在しない。
誰かに許可を貰わないと、「こうすればいいじゃん?」って言われないと出来ないことなんてない。やりたいことやればいい。逃げたいなら逃げればいいし、その内定先に決めたらいいし、死にたいなら死ねばいい。後悔しないならそれは正解だと思う。
わたしはこれが出来なかった。自分で何もかもを決めているように見えて、そうじゃなかった。お母さんになんでも相談して、そうしなよ、と言われないと出来ないことが多かった。でもわたしみたいな人って意外と多いなあと思う。自主性のあるなしって、やっぱり小さい時の親の接し方に本当に左右されると思う。わたしは小学校の時まで母親に毎日服を選んでもらっていたし、選んでもらうまで服を着なかった。相当ヤベーガキだった。人生あまちゃんだった。
だから、「死のうと思っている」と相談した。「もう逃げたい」と言った。そうすればいいという言葉が欲しかったから。自分の思っていること、やりたいことに、誰かの「それは正しい」という言葉が欲しかったから。そんなあまちゃんに、就職活動は鞭を打ってくれたのかもしれないと、全てが終わった今思う。
だから、就活中のわたしにもし一言言える制度があるのなら、「自分の人生は自分で決めなさい」と言いたい。正直、まだ自分の人生を自分で生きているとは言えないと思う。現に今、「わたしには夢がある!だからこんな会社に勤めてる時間が勿体無い!辞める!」と言って入社して2週間でシンガーソングライターの夢を叶える為に辞職した同期の女の子をちょっと羨ましく思っている。そんな無責任なことは出来ない、と思いながらも、そんな思い切りの良い決断が出来たら人生変わっているだろうなと考える。結局決断しない言い訳を考える毎日なんだな。
今の人生で、誰かの「その行動は正しい」という言葉を待っていないといえば嘘になる。自分の行動を肯定してほしい、そうじゃなきゃ自信がない。でも、自殺しちゃうくらい勇気と決断力のある人は、多分こんなわたしのことをバカに出来ちゃうと思う。でも就活で死ぬ人をわたしはバカにしちゃう。だって、そんな自分の人生を自分で終わらせられるくらい勇気のある人が、どうしてこれからのことをもっとちゃんと目を開けてみれないのかなって思うから。わたしは死ぬ勇気がなかった。生きて逃げる道を選んだ。それじゃだめかな、って思う。だめなんかな。
こんなグズなわたしが何言ったって、日本の就活制度が変わるわけはない。自殺しようと決めてる人を止められるわけもないかもしれない。ただの自己啓発本と言ってることはおんなじかもしれない。つかこんなこと言ってる奴いるあほくせ〜〜て笑ってもらうために書いてるって言った方が正しいかもしれない。何万人っている就活生で死ぬほどつらい思いをしてるのはほんの一握りだってこともわかってる。わたしはそのほんの一握りの人に届けばいいと思ってる。わたしの文章を読んだって世界は変わらない、内定が出たりするわけじゃない。現にわたしはこんな文章を書いてたって不採用のメールが届き続けてる。ふざけんな。内定くれ。
ベラベラ自分のことを書いてきた。全部わたしが今思うこと全てだ。就活していた時に自殺しておかなかったことに後悔することもあるけれど、別にまあ、逃げたんだから多少つらいのも仕方ないと思える。就活の時よりマシだなって思える。家族や友人のありがたみもわかった。どうしようもなく劣等感に苛まれるときもある、でも、『足りないところを数えて嘆くよりもたった一人のわたしをもっと伸ばせる』と教えられた。伸ばすところはこれから見つける予定!予定は未定!
自分語りおつかれさま!わたしはこの文章を自分で書いて、自分で自分を殺さない為に読み返す。そんな自己肯定感の上げ方で良いじゃん。死ぬくらいならわたしに一言言ってから死んでほしい。そしたらちょっと笑わせてあげられると思う。そんだけです。言いたいのは。だから死ぬんじゃないよ〜〜
おしまい。おやすみ。
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