私と父のしいたけ戦争【キナリ杯】
まさかこの年になってまで、”これ”に苦しめられるとは……。今の私の表情は苦虫を嚙み潰したようなひどい顔をしていると思う。
私はベランダに陳列している”それら”を見つめた。いや、半眼だったかな。
事の次第は数時間前に遡る。
× × × × ×
父の突然の提案
今回のコロナの件で、すっかり「自粛」や「STAY HOME」が当たり前になりつつある。
それでも人は逞しいなあと感じることがあるのだ。SNSには、家での楽しみ方や過ごし方などがびっくりするほど溢れかえっている。
そして、私たち家族は自粛の名の下、できるだけ家に引きこもっていた。ただやっぱりストレスを感じるよね、私は在宅で仕事をしながらイライラと仕事をこなしていた。
そんな時だった。父が突然部屋に入ってきてこう言い放った。
「これから家庭菜園を始めるぞ!」
???
何がどうなって、その提案が出てきたんだろう?
父の家庭菜園を始める言い分がまとめると、次の2点だ。
【1】今回のコロナで、自国優先になり食料が輸出されない。食糧自給率が低い日本はたまったもんじゃない ※1
【2】バッタが大量発生してヤバい ※2
これらのことを踏まえると、食糧難になるかもしれない。
↓
じゃあ、どうすればいいか……。はっ?! 閃いた!!
↓
よし、家庭菜園を始めよう。
父の中でそのような結論になり、私の部屋に来た。一応私が学生の頃、農業系や環境系を勉強していたから参考に聞きに来たらしい。(せめて前提の話をしてくれ……!! )
「まあ、葉物じゃないかな。それかミニトマト。うちのベランダだと日当たりの関係もあるから、小松菜やサニーレタスとか? 」
と真面目に回答しておいた。だってスルーすると、あとで面倒くさいことになりそうだから。
「よし、じゃあプランターと苗、あと種も注文しよう! 」
そう言って、ウキウキしながら部屋を出て行った。私ははあっとため息をついて、パソコンに向き直った。
このとき、私は父が何を注文するのか確認しなかったことを、あとでひどく後悔することになる。
× × × × ×
数日後 それらが届いた
宅配の方から、ひどくでかい段ボールを受け取った。
「あれ、もしかしてプランターじゃなくて、植木鉢注文したのか?」と疑うくらいに重い段ボール。
「お、早いなあ。もう届いたのか。」
父が段ボールを見て、子供のように喜んだ。そして急いでカッターを使って、段ボールを開け始めた。
「……何、これ?」
段ボールの中から、二つの箱が出てきた。箱には
【しいたけ栽培キット】
と書かれている。母はその箱を見てポカンとしている。どうやら、母も知らなかったらしい。私はすぐに気を取り戻して、
「えっ、何?! しいたけの栽培キット購入したの?? ってか、なんで二つも購入しているの?? 」
「二つ購入すると、送料無料になるからさ。」
いやだからって、なんで二つも購入したんだ。育てるのが始めてなのに、なんつうリスキーだ。ってか、どこで育てるんだという疑問を持ちつつ、私は新たに登場した”それら”に顔を歪めた。
× × × × ×
私がきのこ類を苦手な理由
私はきのこ類が苦手だ。まあ、農業系の勉強をしていて、かつ食べ物の好き嫌いに厳しい親がいて、「きのこは食べません」という選択肢はなかった。
だが私のきのこ嫌いは、単なる食べ物の好き嫌いではない。
あれはおそらく、私が幼稚園生の頃まで遡る。父の祖父母の家に泊まりに行ったときの話だ。
私は早朝に目がぱっと覚めた。まだ両親も妹も祖父母も眠っていた。
もう一度寝ようと思ったが、私はどうしても二度寝することができず、諦めてリビングに向かった。小さな音でテレビでも見ようと思ったのだろう。
たぶん当時好きだった「月に代わっておしおきよ」が決めゼリフのアニメを見ようと思ったのだ。
ビデオテープの中から、ごそごそと該当しそうなビデオを探し始めた。しかしビデオテープにラベルを貼られておらず、どれがなんのビデオなのかさっぱり分からなかった。
そして私は適当にとったビデオテープを取ってしまったのだ。それがトラウマのもとになるとは知らずに。
電気を消したまま、少し小さな音でTVをつけた。少しは眠っている家族に配慮していたのだと思う。ビデオを再生すると、それは見知ったアニメではなく、映画だった。
その映画の名は、【マタンゴ】 ※3
そう昔日本の特撮ホラー映画だ。寄りのもよって、なぜそのビデオが当時人気だったアニメのビデオの中に混ざっていたのかは、今でも疑問である。
マタンゴのストーリーの最後をネタバレせずに解説すると、
7人の若者を乗せたヨットが、嵐のため無人島に漂着した。その島を探索した結果、彼らより先に、一艘の難破船が漂着していたことが判明する。
だが乗員の姿はどこにもなく、ただあたりは奇妙な形状のキノコが群生しているのみだった。やがて食料の残りが少なくなり、彼らは恐る恐るそのキノコを食し始める。
そしてそのキノコを口にした者は、人間の姿を失い、奇怪なキノコ・マタンゴへと変身していくのだった……。(引用:Yahoo JAPAN 映画)
なぜこの映画を見たのだろう、そして何故照明をつけなかったのだろう。私は今すぐ小さい頃の自分に向かって忠告してあげたい。よく分からないビデオは見てはいけませんと。
小さい頃の私は、人は本当に恐怖を感じると、悲鳴を上げられないことをこのとき学んだ。
途中でビデオを停止することもできず、けっきょく最後まで見たところで両親が起床してきた。
両親曰く、半泣きなのに泣いていないから、ひどく心配したらしい。とりあえず、私はしばらくきのこ類が食べられなくなったとだけ言っておこう。
× × × × ×
しいたけ栽培キット
流石に社会人になって働き始めた今、きのこが食べられないということはない。出された食事はしっかり食べる、それが私のポリシーだ。
だが、好きか嫌いかといわれると別問題。
なぜ今わざわざ、しいたけを栽培しないといけない?!
父親曰く、「我が家の食料対策」と言った。
なぜ食料対策でしいたけ栽培をチョイスした?! しいたけは低カロリーかつヘルシーだぞ!! 食料対策なんだよね??
返事が返ってこない、しいたけに夢中のようだ。母親曰く、「自分で栽培したかったのでしょう。困ったわね。」と呟いている。本当に困ったよね。
そしてその日から、しいたけ栽培が始まった。
× × × × ×
しいたけ栽培開始
しいたけ栽培キットはちょこんと私の部屋の横のベランダに置かれた。解せん、「なぜその場所??」 と言いながら、抗議したら直茶日光が駄目だからと言われて、何も言えなくなる。悪条件で育てろなんて、流石に言えない。だって農業系卒業しているわけだし。
だから窓から見えるのだ。しいたけの栽培キットのおがくずが。保護かつ湿度を保つためにビニールがかけられているので、まだ気分的に助かったが。
だが数日すると、しいたけの尋常ではない成長スピードを目の当たりにすることになる。
三日後、しいたけがにょきにょきとおかくずから生え始めた。ふとっ、映画の光景が頭をよぎる、私疲れているのかな……。
私とは対照に父は毎日霧吹きでしいたけに水をやりながら、小躍りしそうな勢いで喜んでいる。なんて、分かりやすい。
でもそんなしいたけが、おいしそうに見えてきたのも事実だ。なんだかすごくプリプリしている。市販のしいたけよりずっとおいしそうだ。
まだ小さいけどこりゃすぐに収穫できそうだなと、苦々しい気持ちと正反対な少し楽しみな気持ちを持った。
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栽培から八日後
予想通り、しいたけはもう収穫できる状態まで育った。いくつか市販より大きそうなしいたけが元気よく生えている。
もうこの状態で父は大喜びだ。さっそくしいたけを収穫し、台所に向かい料理を始めていた。
今日のメニューは「バター醤油のしいたけ焼きチーズのせ」
父はすぐに料理を作ると、すぐに台所からいい匂いが香ってきた。「しいたけの香りが強い、これはおいしくなる!!」と喜んで調理している。
そして、一時間後。
しいたけ料理がテーブルに陳列していた。父は
「今日も一日頑張った、かんぱーい!! 」
と言って、ビール片手に食べ始めた。何が”今日も”だ。今日はGW最終日の休日だ。というか、出勤している日も、休日に限らず、いつも言っているだろうに。私の冷めた視線に気づいたのか、
「おいしいぞ、食べてみるか? 」
としいたけ焼きがのった皿と箸を渡された。
チーズの匂いに負けないくらいのしいたけの強い香り。ぷりぷりとした大きなサイズのしいたけの上でチーズはとろっと溶けていて、本当においしそうだ。
そっと箸で取って、しいたけ焼きを口にした。バター醤油がしっかりしいたけに染みている。しいたけは大きさの割に弾力がすごくあり、噛み応えがある。チーズとあわさって、本当においしい。
・・・おいしいなあ。
私が無言で満足している様子を見て、父は大分余計な一言を言った。
「いや、最初育ててたときは、マタンゴみたいだなって思ったけど、おいしく育って良かったな。」
私は「マタンゴ」のフレーズでぴしりと固まった。しいたけ焼きから父のほうに視線を向ける。父は上機嫌そうに笑っていた。
わざとか……!!
「明日から僕出勤だから、しいたけの世話任せたぞ。」
???
待て、自分で育てるから購入したのではないのか。そうだよ、家庭菜園を始めると言ったが、父も妹も出勤している。在宅で仕事している私と母くらいだ、しいたけの面倒を見られるのは。
やっぱり、しいたけ栽培キットの購入止めとけば良かった!!
なんで、あのとき確認しなかったんだ、私……!!
とりあえず父と私のしいたけ戦争はしばらく続きそうだ。
× × × × ×
補足
※1 食糧の輸出を制限をかけ始めた国がでた。
※2 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が発生した今年前半、このウイルスの感染拡大より人目を引く災厄がアフリカ東部で猛威を振るっていた。それはバッタである。
食欲が旺盛なバッタは、特に穀物などの炭水化物を好む。穀物はアフリカ大陸の農民の主要な生活の糧だ。(引用:WIRED)
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↑二番目の記事には写真も掲載されている。虫が苦手な方は注意してください。
※3 マタンゴ:1963年に東宝が製作した怪奇ホラー映画。前年から製作されていた特撮サスペンス「変身人間シリーズ」の番外編のような扱いをされている。
物語の作りはホラー作品ではあるが、ヨットで遭難した果てに謎の無人島にたどり着いた人々が極限状態の中で飢えと情欲に苛まれ、次第に理性を崩壊させてゆく様を生々しく描き出した点も特筆点である。(引用:ピクシブ百科事典)