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和牛の用語集(歴史を始めいろいろな用語をまとめてみました)


和牛の歴史や肥育方法、流通、等級、部位、おいしさなど、和牛のことがざっと分かる用語集です。


○和牛の歴史

・和牛のはじまり
 日本の牛は、昔から農耕のための役用(えきよう)として、または食肉用として飼育されており、役肉用牛と呼ばれていた。役肉用牛は、時代とともに農耕での役割を終え、肉用牛として改良され始めた。明治時代には、日本固有の在来種と外国種との交配が始まったが、肉質が不評であり、短期間で中止された。当時、ほとんどの牛が外国種の影響を受けてしまったが、奇跡的に、兵庫県北部の山奥に純血種(現在の但馬牛の祖先)が残っていたため、これを元に肉質に優れた和牛の改良を進めることが可能となった。

・和牛の改良
 1920年に鳥取県で始まった登録事業が、1937年から全国的に普及し、1944年に黒毛、褐毛、無角の3品種が正式に認められた(日本短角種は1957年から)。1948年には全国和牛登録協会が設立され、現在は、兵庫県の肉質に優れた但馬牛の系統(田尻系)と、増体に優れた鳥取県の気高系、岡山県の藤良系の3系統で、改良が進められている。


○和牛について

・和牛と国産牛の違い
 和牛には、日本固有の黒毛和種、褐毛和種、日本短角種、無角和種の4品種がある。現在、和牛のうち9割以上は黒毛和種となっている。国産牛とは、原産地を表すもので、日本で肥育されたものが国産牛と言われる。JAS法により、肥育期間が最も長い国を原産地とするため、海外産の牛であっても、日本の肥育期間の方が長ければ国産牛と言われる。国産牛には、和牛以外に、ホルスタイン種などの乳用牛、和牛と乳用牛を交配させた交雑種などがある。

・和牛4品種について
 2015年時点で、黒毛和種は157万1863頭、褐毛和種は2万653頭、日本短角種は8409頭、無角和種は183頭である。無角和種や日本短角種は、海外種との交配により作られ、肉量や頑健性という点では優れているが、肉質の面では黒毛和種や褐毛和種には劣ると考えられる。褐毛和種は、熊本県で放牧に適する牛として改良された系統と、高知県で韓牛との交配で改良された系統があり、それぞれ、赤身肉としての食味に優れた品種と言われている。和牛4品種の中で、黒毛和種のみが、脂肪交雑(霜降り)と、それに伴う軟らかさ、ジューシーさ、風味の良さを持つ。

・黒毛和種の系統
 現在の種雄牛は、兵庫県の田尻系、鳥取県の気高系、岡山県の藤良系の3系統に分けられる。これらの系統をバランス良く交配することで、増体や肉質に優れた和牛が生まれる。

・海外産WAGYU
 1970年代に日本の黒毛和種2頭が米国に輸出された。1990年代には日本から米国に黒毛和種114頭(14頭の雄と100頭の雌)が生体で輸出され、その後、米国から約1,000個の受精卵が豪州の畜産農家に渡った。その後、ヨーロッパ(ドイツ、イギリス、スペイン)や、中国へと広がった。海外産WAGYUの多くは交雑種(黒毛和種×アンガス牛など)である。一方で、豪州やドイツでは、full blood と呼ばれる純血種の生産も行われている。脂肪交雑はA3からA4等級程度。


○ブランド牛

・地域銘柄牛
 日本三大和牛は、神戸牛、松坂牛、近江牛(または米沢牛)と言われている。歴史的には、神戸牛は黒船来航のころ、松坂牛は文明開花のころ、近江牛は戦国時代からなど、いろいろな逸話が伝えられている。地域銘柄牛は、1999年は139銘柄、2009年は250銘柄、2019年は367銘柄と年々増えている。

・神戸牛(神戸ビーフ)
 1853年の黒船来航をきっかけに、横浜を訪れたアメリカ人が長旅の不足を補うために牛肉を求めるようになった。当時、牛の飼育は関西地方が盛んであったことから、関西方面の牛が神戸港から横浜港に運ばれ、神戸牛のおいしさが横浜に居留するアメリカ人の間で広まり、これが世界中に広がるきっかけとなった。

・松阪牛
 江戸時代から農作業のための役牛として、但馬から連れてきた牛が、元になっている。明治以降、肉用に肥育し、松阪牛が生まれた。伊勢参りに来る人々が松阪牛のすき焼きを好んで食べ、安定的な人気に繋がった。

・近江牛
 江戸時代には「生類憐れみの令」により、牛を殺すことが禁じられていたが、近江の彦根藩では、牛肉の味噌漬けや干し肉が病気を治す養生肉と考えられ、公然と牛のと畜が行われていた。そのため、近江牛の歴史は日本三大和牛の中で最も長い400年と言われている。近江牛は、神戸牛と同様に、神戸港から横浜港に運ばれていたが、1890年に東海道本線による東京への直輸送が始まったことをきっかけに、近江牛としての知名度が広がったとされている。

・米沢牛
 米沢藩主の上杉鷹山が起こした藩校に赴任していたイギリス人の英語教師(チャールズ・ヘンリー・ダラス)が、米沢の牛肉のおいしさに感動し、横浜の居留地に牛2頭を持ち帰ったことから始まった。米沢では、農作業のための役肉用牛を家族同様に大切に飼っており、炊いた米なども与えていたことから、自然とおいしい牛肉になったと考えられる。

・GI認定牛
 地理的表示(GI:Geographical Indication)は、産地と品質の証明として使われる。特に和牛を海外に売り出すときに、他産地との差別化のために有効である。GI保護制度は1900年代の初めにヨーロッパで創設され、和牛では2015年に但馬牛と神戸ビーフが認定された。その後、特産松坂牛、米沢牛、前沢牛、宮崎牛、近江牛、鹿児島黒牛、比婆牛、くまもとあか牛(褐毛和種)、10銘柄が認定されている。これらは、産地と品質、およびその結びつきが認められたブランドと言える。

・生産者ブランド牛
 生産者ごとに、エサ、血統、肥育期間、育て方など、様々な工夫が行われ、多様化が進んでおり、産地の中から、こだわりの生産者ブランドが誕生している。(例:宮崎の尾崎牛など。)その牛肉は、フランス語のドメーヌ(個人のワイン生産者が所有する区画)という言葉を使い、ドメーヌ牛とも呼ばれる。


○和牛の生産と流通


・和牛の生産の流れ
 野菜や米などに比べて、和牛の生産の流れは複雑である。子牛を生産する繁殖農家と、成長した子牛を肥育する肥育農家がある。子牛生産から肥育までを一貫して行う一貫農家もある。

・繁殖農家
 素牛(もとうし)農家とも呼ばれ、子牛生産のための母牛(繁殖雌牛)を飼い、1年1産を目標に子牛を生産する農家である。一般的に、交配は雄の凍結精液を人工授精することで効率的に行う。生後9ヶ月齢前後で、子牛は子牛市場に出荷される。

・人工授精
 繁殖雌牛に優秀な種雄牛の凍結精液を交配させることを人工授精と言う。人工授精師や獣医師が行う。自然交配よりも良い点はいくつかあり、例えば、凍結精液は全国各地に運ぶことができるため、優秀な種雄牛の精液が広く利用できることである。自然交配に比べ、交配の際に牛が怪我をするリスクや感染症のリスクが少ない。

・子牛市場
 全国で約40の主要な子牛市場があり、生後9ヶ月前後の子牛が取引きされる。子牛市場に子牛を出荷するのは繁殖農家であり、肥育農家が子牛を購入する。
競り(セリ)により、子牛取引価格が決定される。

・肥育農家
 子牛市場で約9ヶ月齢の素牛(もとうし)を購入し、肥育に向けた準備(飼いならし)の後、肥育を開始し、30ヶ月齢前後で出荷する。肥育農家は、子牛市場で好みの素牛を買いそろえることができる反面、良い素牛は取引価格が高く、子牛市場全体の価格高騰の影響を受けることもある。

・一貫農家
 子牛生産から肥育までを一貫して行う。同じ場所で飼育するため、牛にとってストレスが少なく、子牛の育成から肥育開始までをスムーズに移行させることができる。

・和牛肉の流通
 野菜や米などに比べて、和牛肉の流通は複雑である。30ヶ月齢前後まで肥育された和牛は、と畜場に出荷され、併設した枝肉卸売市場で競り(セリ)にかけられる。枝肉卸売市場は、食肉公社や食肉センターが運営主体のことが多い。卸売会社等に競り落とされた枝肉は、食肉処理施設で部分肉となり、卸先の精肉店や飲食店でさらに細かく分けられ、スライス肉等の精肉となる。

・と畜場
 牛や豚などの家畜をと畜(屠畜)する施設。全国に約200箇所ある。と畜場法や食品衛生法に基づき、適切な解体処理が行われている。

・枝肉
 と畜場での解体処理の過程で、牛や豚などの、頭、足、皮、内臓、その他(血液等)を除き、半身に分け、洗浄したものを枝肉と呼ぶ。

・枝肉卸売市場
 と畜場に併設しており、と畜の翌日から約3日後の間に枝肉の競り(セリ)が行われる。定期的に開催される枝肉共進会や枝肉共励会では、チャンピオン賞、優秀賞、優良賞、等の褒賞が授与され、枝肉が高値で取引きされる。(例:米沢牛枝肉共進会は毎年12月に開催され、70頭の中からチャンピオンを決める。)

・枝肉単価
 競りによって決められる枝肉1kgあたりの単価(例:2,500円/kg)を枝肉単価と言う。枝肉の格付評価結果、つまり肉質や歩留りから決定される枝肉の等級(A4、A5等)や、詳細な格付明細の数値(BMS No.12、ロース芯面積100cm2、等)、枝肉の脂肪の質、全体的な枝肉の作りなどから、枝肉単価が決定される。

・枝肉価格
 枝肉単価×枝肉重量で枝肉価格が決められる。(例:2,500円/kg×500kg=125万円)

・食肉処理施設
 食肉公社や食肉センター、卸売業者内にあり、競り落とした枝肉を部分肉にする。処理場によって異なるが、牛部分肉取引規格に基づき、ロイン、もも、等の14ブロックの部分肉に分けられる。

・個体識別番号
 国内の牛には、両耳に黄色い耳標(イヤータグ)がついており、個体識別番号と呼ばれる10桁の数字が記載されている。個体識別番号で管理されている情報としては、生年月日、性別、品種、所有者の氏名と住所、飼養場所と飼養を始めた年月日、と畜年月日の情報である。スーパー等の精肉売り場では、商品のラベルに個体識別番号が記載されている。家畜改良センター「牛の個体識別情報検索サービス」のウェブサイトでその番号を入力し、検索ボタンを押すだけで、その牛肉の生産情報を見ることができる。


○和牛の飼料について

・飼料の種類
 大きく分けると粗飼料と濃厚飼料があり、それぞれ牛の主食とおかずに例えられる。牛の成長に合わせ、給与する量やその割合を変えていく。産地や生産者によって、飼料の種類や量は異なる。飼料は、血統とともに、肉質の違いを出すための重要な要素となる。

・粗飼料
 草食動物である牛が健康的に育つために必要な、繊維質を多く含む飼料である。肉牛に与える粗飼料の代表は稲わらである。その他、スーダン、チモシー、アルファルファのような輸入乾草や、ヘイキューブ(アルファルファをキューブ状に固めたもので蛋白源にもなる)、サイレージ(牧草等を発酵させた保存食)がある。

・濃厚飼料
 とうもろこしや大麦などの炭水化物などが豊富なエネルギー飼料と、大豆粕などのタンパク質飼料がある。その中間的な飼料として、米や麦を精白する際に出るヌカ類(米ヌカ、フスマ)や、ビールの製造副産物であるビール粕などがある。

・飼料用米
 人の食用米に比べ、飼料用米は稲穂や茎葉が大きく、収穫量が多い。飼料用米の作付け面積は2005年の45haから、2012年には34,525haへと増え、牛や豚、鶏などの家畜に与える機会が年々増えている。粉砕米、圧片籾米、稲WCS(ホールクロップサイレージ)、SGS(ソフトグレインサイレージ)、膨潤発酵玄米などがあり、加工法によって、牛の嗜好性や、エサの消化性、牛の体や肉への影響が異なる。

・サイレージ
 夏から秋に刈り取った牧草をサイロ等で密封し、発酵させたもの。サイレージは牛の保存食であり、牧草の漬け物とも呼ばれる。牧草以外をサイレージ化した場合、サイレージの前に穀物の名前をつけ、デントコーンサイレージ、稲WCS(ホールクロップサイレージ)、稲SGS(ソフトグレインサイレージ)などと呼ぶ。

・サイレージの作り方
 一般的なサイレージは、ラッピングされた牧草ロール(1~2mの円筒状)の状態で作られる。コンバイン、ロールベーラー、ベールラッパー、ラッピングマシーン等の農業機械で、刈り取った牧草を円筒状の牧草ロールとし、包装する。いずれの機械も自走可能な農業機械であり、牧草地での効率的な作業が可能である。北海道などでは、ラッピングされた牧草ロールが、そのまま牧草地に点在する光景を見ることができる。

・サイロ
 北海道などでよく見られる高い円筒状の飼料貯蔵庫(サイロ)のほか、水平型と呼ばれるバンカーサイロ、地下型(トレンチ)サイロ、グランド(スタック)サイロがある。作業効率(飼料の詰め込み、密封、圧密、取り出しやすさ)、サイレージとしての品質、経済性でそれぞれ長所と短所がある。

・稲WCS
 稲WCS(ホールクロップサイレージ)とは、収穫した飼料用稲全体、すなわち籾米を含む稲穂と茎葉部分を発酵させた栄養価の高い粗飼料。

・稲SGS
 稲SGS(ソフトグレインサイレージ)は、稲発酵粗飼料とも呼ばれる。収穫した飼料米の籾米(もみごめ)部分をサイレージ化したもの。

・膨潤発酵玄米
 玄米を高温高圧で処理し、乳酸発酵させた飼料。「炊いたご飯を牛に与えれば、脂肪の質が良い美味しい牛肉が生産できる」という米沢牛生産者の経験則を元に開発された。

・エコフィード
 食品産業で廃棄されるものや食品残さを有効活用したものがエコフィードである。ワイン用ブドウの絞り粕や、清酒粕、キノコ廃菌床、パンくず、などの他、くず大豆などの規格外穀物も家畜に与えられる。


○肉質の制御

・ビタミンAコントロール
和牛肉の脂肪交雑(霜降り)度を高めるために、肥育中期から後期にあたる20ヶ月齢前後の時期にビタミンAを制限する方法。これにより、筋線維と筋線維の間にある、脂肪細胞の素となる細胞(脂肪前駆細胞)の数が増える。これが分化して脂肪細胞となり、脂肪細胞内に脂肪が蓄積していくことで、脂肪交雑(霜降り)度が高まっていく。

・バイパスビタミンC
ビタミンCは、筋線維と筋線維の間にある脂肪細胞の素となる細胞(脂肪前駆細胞)が、脂肪細胞に分化することを促進する。脂肪細胞内に脂肪が蓄積していくことで、脂肪交雑(霜降り)度が高まっていく。ビタミンCは本来、水に溶けやすく第一胃で分解されるが、バイパスビタミンC製剤は、第一胃で分解されずに小腸で吸収され、効果を発揮する。


○肉質評価

・格付評価
と畜した翌日以降に、日本枝肉格付協会による枝肉の格付評価が行われる。

・等級
歩留等級(A、B、Cの3段階)と肉質等級(5, 4, 3, 2, 1の5段階)を組合せたもので、全部で15等級(A5,B4等)となる。

・歩留り等級
A、B、Cの3段階があり、競りにかけられる枝肉から骨や余分な脂を取り除いた後にどれくらい, 肉が残るかの歩留まり率を表す。Aは72%以上、Bは69%以上72%未満、Cは69%未満である。最近は歩留まり率80%以上の牛も増えてきている。

・肉質等級
5, 4, 3, 2, 1の5段階があり、脂肪交雑(サシの入り方)、色沢、肉の締り具合ときめ、脂肪の色沢の4つから決定する。

・BMS No.
脂肪交雑の程度を表す基準値は、BMS(Beef Marbling Standard、ビーフ・マーブリング・スタンダード)No.と呼ばれ、脂肪交雑が無いもの(No.1)から脂肪交雑が極めて多いもの(No.12)まで12段階で評価する。BMS No.1は肉質等級1に、BMS No.2は肉質等級2に、BMS No.3~4は肉質等級3に、BMS No.5~7は肉質等級4に、BMS8~12は肉質等級5に分類される。したがって歩留等級がAで、BMSが10のものはA5となる。なお、歩留等級がAで、BMSが8のものも12のものも同じくA5となる。


○牛肉の部位

・牛部分肉取引規格
枝肉を分割した部位の数は13部位とされており、まえ部分として、ねっく、かたロース、かたばら、かたの4部位、ロイン部分として、ヒレ、リブロース、サーロインの3部位、もも部分として、うちもも、しんたま、らんいち、そともも、すねの5部位、これに、ともばらを加えた13部位である。実際は、これを元に、さらに細分化された規格で流通・商品化していることが多い。例えば、らんいちを、らんぷ、いちぼに分けた場合、合計14部位となる。関東と関西で部位の数や呼び方が異なる。

・サーロイン
牛の背中側の肩から腰にかけて長く走る筋肉(ロース)のうち、腰側をサーロインと呼ぶ。16世紀のイギリスの国王であるヘンリー8世が、この肉のおいしさに感動し、栄誉称号であるサーを与えたことをきっかけに、この名前が定着した。ロインは腰の肉を表す。サーロインは、牛肉の王様、ステーキの王様、等と呼ばれ、脂肪交雑が多く、やわらかい部位である。

・リブロース
牛の背中側の肩から腰にかけて長く走る筋肉(ロース)のうち、胸側をリブロースと呼ぶ。リブロース芯はサーロインに比べ、脂肪交雑がやや少なく、味が濃い傾向である。

・ヒレ
サーロインに対し、肉の女王、赤身肉の女王、等と呼ばれる。牛が生きている間にあまり動かさない筋肉であることから、筋線維が細く、その中にきめ細かい脂が入り、やわらかい。頭側からテート、シャトーブリアン、フィレミニヨンの3つに大きく分けられる。

・シャトーブリアン
ヒレの中心部に位置する。ヒレの赤身の中にきめ細かい脂が入り、やわらかく、見た目が美しい部位である。諸説あるが、19世紀初めに、フランスの政治家フランソワ=ルネ・ド・シャトーブリアンがこの牛肉部位を好んだことが由来と言われる。また、農業や牛の飼育が盛んなフランスのシャトーブリアンという都市から名付けられたという説もある。シャトーブリアンという都市は、11世紀にブリアンという人物が城(シャトー)を建設したことが起源である。


○熟成と保存

・熟成
店頭の肉のほとんどは、既に10日~2週間ほど熟成させたものである。熟成が進むにつれて、酵素の働きにより、やわらかくなり、アミノ酸や糖等の呈味成分が増える。熟成前のやや不快な生鮮香気(乳酸様の酸臭や血液臭)は熟成が進むにつれて無くなり、一方で、芳香(熟成香)が感じられるようになる。

・熟成香
赤身と脂肪が混在した和牛肉では、熟成が進むにつれて、特徴的な芳香(熟成香)が感じられやすい。熟成香は、生牛肉熟成香、煮牛肉熟成香、焼牛肉熟成香、熟成牛肉発酵臭の4つに分けられる。特に生牛肉熟成香は、和牛肉に特徴的な香りであることから、和牛香とも呼ばれる。

・生牛肉熟成香
熟成した生肉を鼻先で嗅いでわかる、ミルク臭に似た甘いラクトン様(桃、ココナッツ様)の香りで、加熱肉でも感じられ、おいしさに寄与する。

・ウェットエイジング
サーロインやランプ等のブロック肉を真空包装し、0度前後の温度で熟成させる方法。鮮度の良い状態で流通でき、冷凍することで保存もきくことから、広く普及している。

・ドライエイジング
真空包装せずに、ブロック肉を乾燥熟成する方法。温度と湿度が管理された熟成庫で、適度に風をあてながら熟成させる(例:温度0~1℃、湿度70~80%)。肉の水分が飛んで乾燥していくと、アミノ酸が凝縮される。風をあてることで表面に微生物が付着し、その働きでナッツのような香ばしさや、ミルクやチーズにも似た独特の熟成香が増す。脂肪交雑のある牛肉よりも、赤身主体の牛肉の方がドライエイジングに適している。枝肉そのものを乾燥熟成する方法は、枯らしまたは吊るし熟成とも言われ、日本の伝統的な熟成方法として知られる。

・保存方法
冷蔵と冷凍の2種類あり、数日以内に食べるのであれば、冷蔵(冷蔵庫に保存)が適している。真空パックの状態であれば、2週間程度まで品質を維持しながら冷蔵保存できる場合もある。数日以上であれば、特別な真空パック以外は、基本的に冷凍して保存する。自分で冷凍する場合は、アルミトレーの上に置くなど熱伝導率の高い(=すぐ冷える)ものの上に置くほうがいい。保存可能期間は、冷凍庫の出し入れ頻度が低い場合など、温度変化が少ない場合は、半年ほど持つ場合もある。

・解凍方法
調理の24時間前に冷蔵庫に移し、24時間かけて徐々に解凍する。常温に戻す際にドリップが出る場合は、適宜ドリップをクッキングペーパーなどで拭き取ることで、ドリップが肉に戻ることを防ぎ、肉の変質を防ぐことができる。ステーキの場合、調理前に冷蔵庫から常温に戻すことで、調理時に中まで熱が通りやすくなる。一方で、常温に戻さずにそのまま焼くことで、調理時のドリップが出づらくなり、おいしく焼けるという意見もある。


○調理方法

・カッティング
サーロインやヒレ等をステーキ肉として使う場合、事前に肉表面の余分な脂や膜などを取り除き、食用部分を切り出す必要がある。この作業は、カッティング、トリミング、整形、商品化、肉磨き、等と呼ばれる。調理用にさらに小さくカットする場合、繊維の固さを少なくするために、繊維と垂直に切るのが基本となる。柔らかい肉はあえて繊維に沿って切り、食べ応えを残す方法もある。赤身と脂身の割合によって、加熱した際の収縮度合いが違うので、反り返りを防ぐために筋切りする方法がある。筋の大きさにもよるが、片面に2〜3センチおきに1センチほどの切り込みを入れる。

・鉄板焼き(ステーキ)
リブロースやサーロイン、ヒレなどの厚みのある牛肉を鉄板で焼く調理方法である。鉄板が厚いほど、肉を置いた際の温度低下が少ない。鉄板焼き店によっては、3cm以上の鉄板もある。熱く温度や時間によって、レア、ミディアム、ウェルダン、等に分けられるが、和牛肉ではミディアムレアが一般的におすすめとされている。和牛肉は加熱し過ぎると、脂が流出し、赤身部分の蛋白質が凝固し固くなるためである。表面をカリッと焼くことで、肉汁が閉じ込められ、また、肉表面でアミノ酸と糖のメイラード反応が起き、甘く香ばしい香りが生成する。

・しゃぶしゃぶ
日本の鍋料理の1つである。和牛肉のしゃぶしゃぶはスライスしたリブロースやウチモモ等を使う。沸き上がったお湯に、スライス肉を数回くぐらせて加熱する。和牛香と呼ばれる香りのうち、生肉でも感じられる甘く脂っぽい熟成香は、しゃぶしゃぶで感じやすい。しゃぶしゃぶの名称は1952年に大阪の肉料理店で命名され、その後商標登録された。

・すき焼き
スライスしたリブロースやウチモモ等の肉を具材や割下とともに煮る日本の料理である。地域によって調理の手順は違い、発祥の地である近畿地方では、「すき焼き」の名前のとおり肉を焼いた後、砂糖と醤油で味をつけ、野菜などの具材を加えて煮ていく。東京や横浜では、「牛鍋」が元になっており、割下を鍋に入れて肉や野菜などを同時に煮る。甘く脂っぽい和牛香成分の1つであるラクトン類は、80℃加熱でもっとも生成しやすいというデータがあることから、焼かずに煮る調理方法では、ラクトン類は生成しやすいと考えられる。焼いてから煮る調理方法では、初めに高温で焼くことで、肉表面でアミノ酸と糖のメイラード反応が起き、甘く香ばしい香りが生成すると考えられる。


○和牛肉の科学

・和牛肉の特徴
和牛肉の中で特に黒毛和種牛肉は、赤身と脂が交互に細かく入る脂肪交雑(霜降り)に優れている。これは海外品種の牛肉には無い特徴であり、脂肪交雑(霜降り)が、軟らかさ、ジューシーさ、風味の良さに影響する。また、脂肪の量だけではなく、脂肪の質が良いことも黒毛和種牛肉の特徴である。

・和牛肉の脂肪の量
リブロースやサーロインの脂肪交雑部分の脂肪量は、30~60%程度であり、個体差がある。脂肪の量が多いほど食感が軟らかく、ジューシーであり、和牛香(甘く脂っぽい香り)が感じられやすい。一方で、脂肪の量が多いと赤身(筋肉)部分が少なくなるため、赤身の良い香りや味が弱い傾向がある。

・和牛肉の脂肪の質
枝肉市場では、冷蔵庫内で冷やされた枝肉の外見(色や光沢)、触感(軟らかさ、しまり、ねばり)から、脂肪の質が評価される。保冷庫内で冷えても固まらない脂肪は、融点が低く、和牛らしい良質な脂と考えられ、高く評価されやすい。脂肪の融点は、脂肪酸組成で決まる。

・脂肪酸組成
脂肪交雑した牛肉の脂肪部分は、トリグリセリドと呼ばれる脂質が大半を占める。トリグリセリドは3つの脂肪酸とグリセロールでできている。脂肪酸は大きく飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分けられ、不飽和脂肪酸の割合が多いほど、脂肪の融点が低くなる。

・オレイン酸
不飽和脂肪酸には、オレイン酸、パルミトレイン酸、ミリストレイン酸、など、いくつかの種類があるが、その中で大半を占めるのがオレイン酸であり、和牛肉の食味指標の1つとして注目されている。国内のいくつかの産地では、「オレイン酸割合55%以上」といった基準を定め、その基準を超える牛肉に付加価値を付けて販売している事例もある。オレイン酸は、口溶けの良さに影響する成分であるとともに、和牛香(ラクトン類)のもとであるという説もある。

・流通現場でのオレイン酸分析装置
携帯型の光学測定装置があり、枝肉市場で広く活用されつつある。枝肉の格付切開面のロースに近い筋間脂肪部分にプローブを当てるだけで、1頭あたり10秒程度で、オレイン酸割合が推定できる。

・イノシン酸
と畜後に、筋肉中のATPが分解されてイノシン酸となる。イノシン酸は、グルタミン酸との相互作用により、うま味の強さに影響する。グルタミン酸などのアミノ酸は、熟成に従って増加するが、イノシン酸はその分解酵素の影響で、熟成に従って徐々に減少していく。

・イノシン酸分解酵素
と畜後の熟成過程でイノシン酸は減少していくが、その減少スピードには個体差(遺伝子多型の違い)がある。イノシン酸分解酵素の働きが弱い個体では、熟成中にイノシン酸がゆっくりと減少するため、うま味が強い牛肉となる。

・メイラード反応
和牛肉を高温で加熱することにより、赤身肉部分に主に含まれるアミノ酸と糖のメイラード反応が起き、甘く香ばしい香りが生成する。加熱する温度が高く、時間が長いほど、この反応は起きやすいが、一方で焦げた香りも生成するため、ステーキや焼肉では適度に加熱することが必要である。

・和牛香
和牛肉特有の甘く脂っぽい香りのことであり、脂肪に由来する。いくつかの化学成分が知られており、ラクトン類は、甘く果物様の香り(桃様、ミルク様、ココナッツ様)、ジアセチル、アセトインは、脂っぽい香り(バター様、脂のにおい)である。

・分析型官能評価
和牛肉の食味分析には、理化学分析機器による評価と、実際に食べて行う官能評価がある。官能評価には消費者型と分析型があり、分析型では事前に訓練されたパネリスト(評価者)が行う。パネリスト5~10名で、1つの牛肉を評価し、やわらかさ、ジューシーさ、うま味、風味の強さ、和牛らしい香り、等の点数づけを行う。牛肉部位や切り分け方、調理方法を統一して行う。


○衛生管理

・食中毒
食肉では、主にサルモネラ菌、病原性大腸菌、カンピロバクター等の細菌が食中毒の原因となる。それらの細菌で汚染された食肉を食べた人の体内で、細菌が増殖し、食中毒の症状が出る。ノロウイルスが原因となる食中毒もある。

・食中毒予防
食中毒の原因菌を付けないこと、増やさないこと、そして加熱殺菌することが予防の3原則である。増やさないためには、迅速な作業や低温管理が重要である。

・生食
2012年7月から、食品衛生法に基づいて、牛のレバーを生食用として販売・提供することが禁止された(ユッケ等)。その他については、法律に基づく規格基準に適合したものに限り、販売等が認められている。ただし、子供、高齢者など抵抗力の弱い人は重篤な食中毒となる恐れがあるため、生食を控えることが好ましい。現在は、生食の新基準に適合した生食用加工認定工場と処理方法により、ユッケや牛刺し、牛たたき用の肉が製造されている。具体的には、生食用の肉を密封し、湯につけるなどして肉の表面から深さ1センチ以上の部分までを60℃で2分以上加熱・殺菌する。飲食店は、生食用の場所や器具を使用しながら、加熱部分はそぎ落とす「トリミング」をして客に提供する。

・HACCP(ハサップ)
元々は、NASAが宇宙食の安全性を確保するために開発したシステムである。現在は、食肉の処理施設や加工センター等で、微生物汚染を防ぐことを主な目的に、このシステムが導入されつつある。Hazard(危険)、Analysis(分析)、Critical(重要)、Control(管理)、Point(点)の略称であり、牛のと畜から食肉の加工に至るまでの各プロセスで、発生する恐れのある微生物汚染などの危害について、調査分析し、安全性確保に必要な重要管理事項を定め、食肉の安全性を保証する。


○官能表現手法

・たち香
牛肉の部位の切り分けや、調理を行う時に、たちあがる香りのこと。鼻先で感じる香りであり、鼻先香、オルソネーザルアロマとも言う。

・あと香
牛肉を口に入れる前に感じられる香り(たち香)に対して、口の中に入れてから咀嚼し、飲み込むまでに感じられる香りを、あと香と言う。あと香は、口の中から香りが鼻に抜ける時に感じられるため、咀嚼中に鼻をつまむと感じられない。口中香、レトロネーザルアロマとも言う。


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