
「面白いとは何か?」を徹底考察。人気作品から学ぶ、人生を面白くする方法
「最近、なんか“面白いこと”減ったなぁ…」
――そんな漠然としたモヤモヤ、感じたことはありませんか?
あるいは逆に、「この作品、めちゃくちゃ面白い!」と思ったとき、いったい何がそう感じさせているんでしょう?
今回の対話は「面白いとは何か?」をテーマに、ふたりが好きな漫画やゲームの話、昔の世界観づくりの話など、好き勝手に掘り下げるうちに、いつのまにか「面白く生きるって、どういうこと?」という根本的な問いへとつながりました。ここでは、その雑談から見えてきた“面白さ”のエッセンスを、わかりやすく整理してみます。
※この記事は、日米のIT業界で働く友人同士で対話したポッドキャストの内容を元に文章化しています。実際の音声へのリンクは最後に掲載しておきます。
好きな作品はなぜ面白い?──『進撃の巨人』をケーススタディに
意外性や伏線回収――人を惹きつける仕掛け
僕がいまハマっている漫画の一つが『進撃の巨人』。なぜそんなに面白いのかを分析してみると、以下のポイントが浮かび上がりました。
意外性
「まさかここでそのキャラが死ぬの!?」という不意打ちや、予想を裏切る展開に素直に驚かされる。伏線回収
前半に散りばめられた断片的なエピソードが、後半で繋がる快感。「あ、そういうことだったのか!」と気づけると、めちゃくちゃワクワクする。理解しやすいフォーマット + 新奇性のバランス
「見たことのある構造(ロボットアニメっぽい)」の上に、「見たことのない要素(巨人という存在)」を混ぜると、既視感と斬新さがうまく両立していて面白い。複雑なリアリティと拮抗する個性
味方同士でもいろんな思想や利害がぶつかり合い、先が読めないドラマが連発。リアリティと混沌が生まれ、「次どうなる?」の期待感が絶えない。
要するに、「意外性 × 分かりやすさ」や「予測不可能性 × 最低限の理解可能性」の掛け合わせが、作品の面白さを生む要因みたいです。完全に予想通りでは飽きるし、逆にわけわからなすぎても置いてけぼり。そこをうまく揺さぶる作品は、人の心をつかむわけですね。
人生で思い出す「面白かったこと」
“面白い”は作品の鑑賞だけでなく、私たちの実体験でも感じられるものですよね。僕が語った「面白かった思い出」をいくつか挙げると:
海外旅行
見たことのない土地や文化を訪れて、高い“予測不可能性”を楽しむ。ゲーム(RPGなど)
世界観とシステムが絶妙に噛み合っていて、「自分で物語を進める・作る」感が味わえる。音楽
意外性と心地よさが合わさる瞬間に感動する。自分なりに「構造」を読み解くのも楽しい。世界観を作る
子どもの頃や学生時代に、頭の中で物語や設定を組み立てるのが好きだった――“創造の楽しさ”がそこにある。
ここに共通するのは、「自分の頭で世界を組み立てる面白さ」。受け身で完成品をただなぞるより、自分の想像や解釈を加えながら楽しむほうがワクワク度が高い、というわけです。
「独自解釈」が面白さの源泉?
借り物ではなく、自分の感性を頼りに
今回の対話では「独自解釈」というキーワードが何度も出てきました。結局、既存の評価や他人のレビューをそのまま採用しても、自分の本当の“面白い”にはならない。自分なりの解釈や見方を生み出すことが面白さにつながる――これが今回の大きな発見でした。
借り物の意見はすぐ見破られる
有名人の感想をそのままパクっても、「どこかで聞いた話だな」と言われがち。面白みを感じない。レゴブロックの比喩
誰かが作った完成形をコピーするだけでは創造力は育たない。インプットとして参考にしながら、自分なりに組みかえてこそ“面白い”ものが生まれる。
結局「自分で考える、自分で世界を組み立てる」のが楽しい。これが“面白さ”の一つの重要な要素と言えそうです。
面白さとつまらなさはセット?
ずっと面白いだけだと慣れて飽きる
もし常に面白い展開だけが続いたら、いつかそれが当たり前になってしまい、刺激が薄れてしまう――という指摘もありました。“飽和状態”になってしまうわけですね。
波があるから輝く物語
ドラマや漫画でも、全編ノンストップでクライマックス状態にすると視聴者が疲れちゃう。むしろ平坦な日常パートがあってこそ、クライマックスが際立つように、人生も“面白さ”と“退屈”の波が必要なんじゃないか。
「9割は退屈で、最後の1割が大どんでん返し」みたいな作品は、その最後で超盛り上がるけど、途中で離脱する人も多い…バランス難しい。
いずれにせよ面白いと退屈が振り子のように存在するという話。
面白い生き方に必要なのは“自分の感性を信じること”
他人の基準だと“予定調和”になりやすい
面白さって主観的なもの。だけど、いつのまにか「世間の流行や多数派に乗らなくちゃ」とか「有名人が面白いって言ってるから面白いはず」と考えちゃうと、自分の感覚が薄れ、結果「なんかつまんない」状態に陥りやすい。
結局、自分の基準で決めるしかない
最後に死ぬとき「いやー面白かった!」と思えるかどうかは自分の感性をどれだけ信じられたかにかかっている。世間基準で“成功”しても、本人がワクワクを感じていなければ味気ないし、逆に周りからは奇妙に見えても自分が楽しいなら十分“面白い人生”ですよね。
もちろん“他人の意見は一切聞くな”という極端な話ではなく、「インプットを得たうえで、それを自分なりに再構築する」のが肝心。
まとめ
面白さを生む基本要素
意外性とわかりやすさのバランス(伏線回収、意外な展開など)
自分の頭で解釈・組み立てる楽しさ(世界観づくりや創造体験)
波があることで退屈と面白さがコントラストを生む
独自解釈の重要性
他人のレビューや評価をそのまま鵜呑みにすると、予定調和になってしまいがち
自分なりの感性で分解・再構築するのが“面白い”の源泉
ずっと面白いだけでは飽きる…
退屈があるからこそ、面白いが映える
ずっとクライマックス状態だと慣れてしまう
人生における“面白さ”
他人が決めたルールではなく、自分の感性を基準に「どう生きたいか」を組み立てる
周りから奇異に見えようが、自分がワクワクできるならそれでOK
波があるから「つまらない日々」もあるけど、それが次の“面白さ”を際立たせる
結局「面白いとは何か?」
結論としては、一言で定義しにくいものの、“自分の感性を活かし、独自解釈をする”行為が大きな核になるようです。意外性とわかりやすさのバランス、退屈との対比、そして自分が主体的に組み立てる創造のプロセス…。そうした要素が噛み合ったとき、私たちは「おもしれー!」とテンションが上がる。
人生を“面白く”するコツも、これと同じなのかもしれません。インプット(人の意見や世の中の作品)を参考にしつつ、自分の頭で組み替えて独自の道を進む。退屈を否定せずに、波を楽しむ。そんなアプローチでいけば、きっと「私の人生、面白かったなぁ」と振り返れるはず――そう思えてきませんか?
だからこそ、「面白いこととは?」を常に問うてみるのが大事。目に映るもの、耳に入ることをすぐ“当たり前”にしないで、ちょっと歪んだ視点で眺めてみる。そこから意外な発見やアイデアが湧いて、「ああ、これは自分だけの“面白さ”だな」と感じられる瞬間が増えるんです。
さあ、あなたにとって「面白い」って何でしょう? ぜひ一度、独自解釈を紡いでみてください。そこに、あなた自身の物語がある――そんな気がしませんか?
こちらの記事の、元となった対話音声はこちら↓
白米FMとは?
日米のIT業界で働く小学校からの友人2人が、最新トレンドから古の哲学思想まで気ままに語り合う人文知系雑談ラジオ。
コテンラジオ、超相対性理論、a scope等に影響を受け、一緒に考えたくなるような「問い」と、台本のない即興性の中で着地点の読めない展開が推しポイントです。
移り変わりの速い時代だからこそ、あえて立ち止まり疑ってみたい人。
他者の視点や経験を通して、物事に新しい意味づけや解釈を与えてみたい人。
自分の認知や行動を書き換えて、より良く生きる方法を一緒に探求しましょう。
※ポッドキャストの文字起こし版へのリンクはこちら(LISTEN)