【コラム】令和アイドルと成長物語
アイドルカルチャーには様々な楽しみ方があります。ライブの雰囲気を味わう。特典会や配信を通してコミュニケーションを楽しむ。MVや楽曲の世界観に浸る。そして、推しの成長物語を追いかける。
私はこのアイドルの成長物語が大好きです。AKB48の総選挙やラストアイドルのオーディションで描かれた人間ドラマ。ももクロが紅白歌合戦の出場を決めたときの鳥肌。そういう場面に立ち会うたびに「これが推す醍醐味だよなぁ」としみじみ幸せを嚙みしめたものです。
以前、ここのnoteでも「少女よ、神話になれ」というコラムで、”アイドルは成長ストーリーを描いてこそアイドルだ”という内容を書かせていただきました。しかし、平成から令和に移り変わり、どうやら成長物語を紡ぐことが難しい時代になってきているようなのです。無責任になんでもかんでも感動ドラマを求めてはいけないぞ、と。
今回のコラムでは令和のアイドルが成長物語を紡ぐことの難しさを3つの観点から考察していきます。
①CDの衰退
ひと昔前までライブアイドルの物販では当然のようにCDが売られていました。大手のアイドルでなくても物販テーブルでチェキ券やTシャツとともにCDが並び、眺めているだけでも楽しかったものです。
ところが、昨今の音楽サブスクサービスの普及により、リスクを負ってまでCDを制作する必要はなくなりました。配信専用でシングルをリリースすることも可能になり、少なくとも地下業界からは形あるCDという存在が令和に入って大幅に減ったように思います。
そして、CDの衰退にともなって、我々はもうひとつ大きなものを失いつつあるのではないでしょうか。それはCDとともにアイドル活動の歴史を区切って、ファンの記憶に思い出を残していくということです。
私は初めてももクロのファンになったとき、彼女たちは「Z女戦争」という楽曲のプロモーション期間でした。Z女戦争の衣装は制服にメカニックな装飾が付いたかなりゴツいもので、どの番組に出演するときも邪魔くさそうでした。そのインパクトのある衣装は記憶にはっきり残っていて、今でもオタク1年目の初々しい思い出として心できらきらと輝いています。Z女戦争のジャケット写真を見るたびに昔を思い出すのです。
CDが衰退すると、アイドルの歴史をわかりやすく蓄積していくことが困難になります。ワンマンライブは円盤化でもされない限り、その場に足を運べなかった人と思い出を共有し、物語として紡いでいくには不十分なのです。やはりCDがあってこそ、「○○の時期はああだった」というファンの記憶が助けられ、成長物語の概形がよりわかりやすくなります。
②SNSと配信アプリの普及
現在はSNSの発展にともなって、情報を発信する媒体がブログからXに移り変わりました。10年前はライブの告知も、その日の日記も、全てブログに集約されていたのですが、それがXに取って代わられたかたちです。
基本的にブログもXもアイドル活動において果たしている役割は変わらないのですが、一点大きな違いがあります。
それは情報が時間とともに流れていってしまうことです。Xは常に新しくて短い情報がどんどん更新され、情報の蓄積という観点ではあまり優秀とは言えません。例えば20××年×月付近の活動状況をざっと確認したいとき、ブログの方が圧倒的に整理されていて機能的です。
これによって、新規のファンと古参のファンがグループの軌跡を共有することのハードルがまたひとつ上がってしまった気がします。そして、この動きにさらに拍車をかけているのがSHOWROOMやミクチャなどの配信アプリです。
今まではブログやメディア取材のネタとして、後からアクセスしやすいかたちで蓄積されていったエピソードの数々が刹那的に消費されていってしまうようになりました。せっかくの面白いトーク内容も配信ではその場にいる人しか共有することができないんです。ラジオ、雑誌、トークイベントなどお金に変わるコンテンツになりうる可能性があるものを垂れ流しにしてしまっているのはもったいないなと感じてしまいます。
③ファンの慣れ
これはとても単純なことなのですが、ファンがアイドルの成長物語に慣れてしまい、陳腐なストーリーではドラマティックに感じられなくなってしまったということです。
アイドル戦国時代の黎明期は、個々のグループの成長物語は今以上にアイドル業界全体の関心事でした。地下のライブハウス出身のアイドルがテレビに出るだけでも話題になったものです。
しかし、今ではライブの箱の規模感の違いもファンの間で認識されるようになってきて、「この箱でワンマンをしたら、次はこのくらいのキャパかな」みたいな予測が立つようになってしまいました。武道館でさえ推しグループでなければ「○○が武道館きまったらしいねぇ~」くらいのテンションになってしまった気がします。
なので、目が肥えたアイドルファンを感動させるストーリーを紡ぐには、よりコストと戦略が必要になってきたのです。いつか来る武道館に向けて、初期から伏線を張っておき、鮮やかに回収してみせるほどのシナリオが描けないとアイドル史に残るような伝説の公演とは呼んでもらえないでしょう。
まとめ
以上のような理由で、アイドルにとって令和はアイドルが成長物語を紡ぐのが難しい時代になっています。地上アイドルは今でも比較的おもしろいストーリー展開を見せてくれていますが、それは資金とノウハウのあるグループの専売特許になっていくのかもしれませんね。地上と地下の戦い方の違いがより一層はっきり分かれる、そんな時代が到来する予感がします。
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