衣料品製造業を始めてから思い続けていること
両親は軽衣料の量産工場を経営していた。父ちゃん母ちゃん株式会社という個人経営のような会社であった。小さいころからミシンの音を聞いて育っていた。小学生のころには工業用ミシンで雑巾を自分で縫っていた。パートさんから「上手だね」と言われて調子に乗って何枚も雑巾を縫い、小遣いをもらうためにシャツ穴を開ける手伝いをして、何枚開けても50円~100円もらって駄菓子屋に走って行ってたのを思い出す。毎日4時の休憩にはパートさんたちにお菓子やアイスクリームを配って休憩する。工場で遊ぶのが普通の