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あまり嬉しくない後輩3


 それから彼は、ちょくちょく顔を見せるようになった。最初こそ一人で来ていたのだが、その後はいつも若い衆を連れていた。

 ある日、その筋系の兄ちゃんが、「しんたにさんですか?」とやってきた。
「そうですけど」
「あの、社長が下で待ってますから、来てもらえませんか?」
「社長?」
「はい」

 とりあえず下に行ってみると、彼がいすに座っていた。
「しんたにさん、忙しいところすいませんねえ。いや、今日はこの商品を買おうと思いましてね。何も言わずに帰ろうと思ったんですけど、いちおう来たことだけ報告しておこうと思いまして。ははは」
 要はまけてくれと言っているのだ。ぼくはその商品の担当者に、値引いてくれと頼んだ。

「ああ、この値段でいいらしいよ」
「しんたにさん、すいませんねえ。そういうつもりじゃなかったんですけど。ははは」
 そういうつもりである。

「ところで、これ車に乗るかなあ」
「車、どこに停めとると?」
「ちょっと大きな車なんで、路上に停めてるんですけど」
 行ってみると、なるほど大きな車が停まっている。車幅の広い外車で、1車線塞いでいる。
「ははは、すいませねえ。こんな車しかなくて」
「・・・」

 その後も、何度か彼は『こんな車』で登場し、そのたびにぼくを呼んだ。
 ま、考えてみると、彼は身なりこそ変だが、誰に迷惑をかけるわけではなく、来ると必ず買い物をするし、しかも金払いもいい。いわば上得意である。

 しかし、ぼくは嫌だった。
『来るのは勝手だが、ぼくを呼ばないでくれ』、と思っていた。
『来るのは勝手だが、その筋の若い衆を連れてくるな』、と思っていた。
『来るのは勝手だが、その不気味な笑い声はやめてくれ』、と思っていた。

 それから2ヶ月ほどして、彼はパッタリと来なくなった。来なければ来ないで結構なことなのだが、それまで頻繁に来ていたので、なぜか彼のことが気になった。
 それから、ぼくがその会社を辞めるまで、彼は店に来ることはなかった。もしかしたら、また『遠いところ』に行ったのかもしれない。 


『あまり嬉しくない後輩の話』は、2003年5月25日、26日に書いたものです。
その数年前に風の噂で彼が死んだと聞き、いつか彼のことを書いてやろうと思っていたのでした。
いったいどういう最期だったのだろう。

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